ホットドリンク(ファンフィク) 本日のキャンプ地であるこの場所は、星がとても綺麗に見えることで有名らしい。
山の上にあり街の明かりからも遠い。
澄んだ空気の先にある星空はとてもよく見えると書いてあった。
そのポスターを見かけて、レジャー隊のみんなが寝た後にこっそり二人で見てみようと提案したのは、ニキが先だった。
なんとなく、星空を眺めるなら二人がよくて、示し合わせたように他の人は誘わなかった。
きっと外は冷えるから、防寒着をこれでもかと着込んでテントから出た。
外はシンと冷えていて、この時間特有の澄み切った空気で満ちていた。
日中に漂う淀のようなものがすべて地に落ちて、包み込むような冷ややかな夜がすべる世界。
街中で感じるものとは違う、装飾を削ぎ落とした荒削りな暗闇。
聞こえる音も見えるものも、どこか鋭利でその鋭い美しさは冬の夜特有のものだった。
寒くて嫌になるのに、それでも憎めないのは何故だろう。
ニキは先に準備をしていると言っていた。
きっともう先に行っていて、こんな寒い中待たせてしまっては申し訳ない。
観測にはこの毛布が必要なはずだ。
マヨイは二人で使おうと毛布を持ち、見慣れない景色の中、待ち合わせの場所へ向かった。
進むあぜ道を覆うように木々並んだ。
冷たい空気が、耳を指を撫でていく。
しんしんと冷える夜は、しんしんとふける。
「マヨちゃん」
両手マグカップを持ちマヨイを見つけたニキは顔を綻ばせた。
目星をつけていた場所に座るとすぐ隣をぽんぽんと叩き、指定された位置にマヨイも座った。
持ってきた毛布をお互いにかけるとニキはマグカップに手に持っていた水筒から湯気が上る液体をそそいだ。
仕上げに白い粒をぱらぱらと散らせる。
「あったかいうちに飲んだほうが絶対いいっすよ」
「ありがとうございます、椎名さん」
湯気が上るマグカップを手渡され、マヨイが中を覗き見ると、とろりとした液体に無数の小さな白い塊が浮かんでる。
手袋をつけた両手で包むとぬくもりが伝わってくる。
(……あたたかい。
そして、甘い……香り……)
暗闇で色はよくわからなかったが、それでもこの香りには覚えがあった。
「ホットココアにマシュマロを浮かべてみたっす♪
やっぱ、寒い日はこれっすね」
にこっと人好きのする笑顔を向けられてマヨイも思わず微笑み返した。
月明かりが眩しくて、隣にいる人がよく見える。
見たら嬉しいものは、どうせならよく見えたほうがいい。
ニキはマグカップを両手に持つと口をつけて一気に煽った。
湯気がたつカップは熱いはずなのに、ニキは気にならないみたいだ。
それが本当に美味しそうなので、マヨイもそれに習うことにした。
さっきまで冷たくなっていた指先はすでに暖かくなり、反動でじんじんする。
そのぬくもりがニキから分け与えられたものだと思うと、不思議と嬉しくなった。
ふうと息を吹くと、湯気は方向を変える。
(……甘い)
口をつけるとココアのまったりとした甘さが口の中に広がって、ニキが言う通りじわじわと身体の中があたためられていく。
「……美味しいです」
「よかった。
こういう寒い日の夜に、一緒に飲めるの最高っすね」
「……はい」
ニキの心遣いで熱々で用意されたココアは、マヨイには少し熱く何度もふうふうと息を吐いて冷ましながら飲んだ。
水面に浮かんだマシュマロが、そのたびにくるくる踊り、じわじわと溶けていく。
湯気が上る先を視線で追うと、先ほど見たポスターと同じような星空が広がっていた。
実物はもっと。
(……綺麗……。
降り注ぐよう……)
人工的な光の見えないこの場所では、星が瞬く音すら聞こえそうだった。
大きな星、小さな星、塵のようにみえる光、その全てが頭上に広がり、観測者たちを見守っていた。
「……綺麗、ですねぇ」
息を呑んで見守っていた時間がどれくらいだったのだろうか。
ようやく我にかえり、ニキに同意を求めると隣から返事はなく、その代わりに安らかな寝息が聞こえる。
マヨイの肩を枕にして、気持ちよさそうに眠るニキが冷えないようにかかる毛布を引き寄せた。
「……こんなところで寝たら、風邪をひきますよ」
起こすのも忍びなくて、マヨイは囁くような声でそう言った。
一応忠告はしたのだから、あとはこの甘えられているような少しむず痒い状況のままでもいいだろう。
(……こんなに綺麗なのに……)
マグカップの中のホットココアをちびちびとすする。
甘くて温かくて幸せな味がした。
未だ星空は綺麗で、変わらずに広がっている。
(……椎名さんにとって、星の観測なんておまけだったんですね。
現金な人……)
マヨイは微笑むともう一度マグカップに口をつける。
星は綺麗だし、ココアは美味しい。
隣に感じる人の体温も心地よいのだから。
せめてもう少しこのままで。
マグカップの中が空になるまでは。