ニキマヨ ドロライ「ケーキ」「ニキはんは、毎朝どこいってはるの?」
こはくがふと思いついたようにそう聞くと、それを聞いた他のメンバーも自分も気になっていたと相槌を打つ。
部屋にもいない、連絡をしても繋がらないない、空白の時間がニキにはある。
もともとまめな性格ではないから、一度だけなら気付かなかったかもしれないが、これだけ頻繁になれば何かあると気づいてしまう。
こはくにじっと見つめられて、ニキは少し考えた後に素直に応えることにして向き直る。
「朝ごはんを作ってるんすよ」
「さよか。
なんだ、もっとけったいな理由かと思ったわ。
いつも連絡しても繋がらないやろ……てっきり誰かといるのかと……」
「あっ、一緒にいるっすよ!
マヨちゃんと」
ニキがなんでもないことのようにそう言うと、燐音やHiMERUの視線まで、ニキに集中した。
「毎朝、礼瀬と一緒にいるのですか?」
「ん〜そうっすね。
どっちかの予定が合わない日は流石にやめてるっすけど、マヨちゃん食が細いんで、朝から何か食べて欲しいなぁって……」
「ってことは、マヨイちゃんの健康のためにメシ作って食べさせてって、それを毎朝ッてことかァ……?」
勢いよく聞いた燐音の声がだんだん小さくなっていく。
あまりにも普通じゃない状況に、違うと言って欲しかったが、ニキは特に否定することなく頷いている。
「そうっすよ!
美味しいって食べてくれると僕も嬉しいっす」
ニキがあまりにも嬉しそうに笑って肯定するので、後に続く言葉が誰も出てこなかった。
本当はどう言う関係と聞きたかった。
母親代わりのつもりなのか、恋人気取りなのか。
ニキは何も思っていないようだったが、側からみれば、普通じゃない。
問い詰めて、自分がきっかけにニキが目覚めてしまう、それが怖かった。
「……いつから、だ」
だから、こそ何も聞けず、その異常状態はいつからなのか。
状況のみを確認することにした。
「そうっすね。
秋になる前からなんで、半年以上っすね」
ニキがあっさりそう答え、思ったよりも深刻な状況に誰も何も言えなくなった。
当の本人は、まったく気にしていないのだが。
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「……マヨさん、最近朝ちゃんと起きてるみたいで偉いよねェ。
旧館にいたころは、全然起きれないか、人の寝顔みたりする不審行動ばっかりだったのにィ」
「そ、そうですねぇ。
最近は朝起こしていたたけますし、お楽しみが増えましたからぁ」
「そうなんだァ。
友也先輩、優しい♪」
にこにこと応えるマヨイに、同じ部屋の何気ない日常を想像して、藍良は楽し気にそう返事した。
その言葉を聞いて、マヨイは何気なく否定する。
「あっ、起こしていただけるのは椎名さんです」
予想していた状況が裏切られた、藍良はマヨイの方をまじまじと見た。
「えっ……なんでェ?」
マヨイとニキが同じサークルであることは知っていたし、二人で話をしているところも見たことがあった。
ただ藍良が予想しているよりもずっと親密な関係で、思わずそう尋ねていた。
「私が朝食べられないという話をしたところ、私にも食べられるものを作っていただけてまして……。
今日のメニューのお知らせと同時に電話をいただけるように……」
「え!?」
予想の斜め上をいく回答に藍良が身を乗り出した。
「そういえば……マヨイさんは、最近は朝をちゃんと食べていると言っていましたな。
そんな経緯が」
「そ、そうなんですよぉ。
椎名さんのご飯は美味しくて、つい食べ過ぎてしまいまして……顔色も良くなったし、なら僕のご飯どんどん食べてって、最近は夕飯もご馳走に……」
「夜も!?」
「ま、毎日ではありませんよぉ!?
で、ですがぁ……お、お弁当をいただける時もありますぅ」
藍良の勢いに、何か間違ってしまったのかと狼狽え、ちょうど今日の朝用意してもらったニキ特性のお弁当を机の上に取り出した。
可愛らしい布で包まれた、こぶりな弁当の中にはかわいいおにぎりやタコの形に切られたウインナー、飾り切りで彩られた野菜がちみっと詰まっていた。
「美味しそうなお弁当だね!」
「は、はぃい。とても可愛らしくて、美味しいので♪
私でも完食できます」
「……す、すごすぎるゥ」
にこにことありのままを報告するマヨイに、藍良は恐る恐る尋ねた。
「マヨさんは……」
付き合ってるの?
それでいいの?
その辺りのことを聞きたかったはずなのに、きっとどれを聞いたところで、予想通りの反応は来ない気がする。
それどころか予想もしない方向にいってしまう気がして。
「……なんですか?」
じっと言葉の続きを待っているマヨイを見て、藍良は慌てて首を横に振った。
「なんでもないよォ!
それよりももうすぐマヨさんの誕生日だねェ?!
どんな誕生日会になるのか楽しみだよォ」
「わ、私なんかのために皆さんのお時間を奪うのも……と、思うのですがぁ。
こんな私でも、お祝いしたいと言ってくださる方がいますので。
いまはそれを素直に受け止めて、当日を迎えようと思います」
一時期のマヨイを知るものからすれば、憑き物が落ちたような晴れやかさだった。
自分という存在を肯定しきれなくても、この状況を受け止める術をしった。
それが感じられるたびALKALOIDのメンバーも、晴れやかな気持ちになった。
ずっとマヨイにはそう思って欲しいと願っていたから。
本人がそう言ってくれるのは、胸をあたたかくした。
マヨイを見つめる視線が暖かい。
それを受けて、はにかんだ笑うマヨイは、ふと思い出したかのように言った。
「そういえば、当日は椎名さんがご飯もデザートも腕によりをかけてくださると言っていました♪
ケーキのリクエストを聞かれて、かわいいケーキが良いとお願いしたのですがぁ……当日が楽しみです」
「そうですか、それは楽しみですね」
「うむ!
椎名先輩の料理は美味しいから、僕も楽しみだよ!」
和気藹々と盛り上がる3人を見て、溜まっていた唾を飲み込んだ。
(とんでもないものがでてくる気がするよォ)
きっと悪気なくてなく、純粋にマヨイのためを思って。
きっといまの状況もニキにとっては、理由のないやりたいことであり、マヨイのためなのだろう。
それが腕によりをかけて、作り出される時、どんなものが出されるのか。
心境としては、ほぼ怖いもの見たさになっていた。
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「お誕生日おめでとう!
マヨちゃん」
「ひぃいッ!?
……って、椎名さんですかぁ。
どなたかと思い、びっくりしましたよぉ」
大勢の人がいるパーティ会場で、開始早々に声をかけられ驚いたマヨイはすぐにその態度を緩める。
いまだ、声をかけられることには慣れなかったが、そうされることに慣れてきた人はいる。
そんな数少ない存在の一人がニキだ。
ニキはそんなことを知ってか知らずか、飄々とした態度でマヨイの手元を見た。
「マヨちゃん、料理まだ取りに行けないっすね?」
「あ、はい……プレゼントをいただけたり、お祝いの言葉を頂けたりで……」
「僕が取ってこようか?」
早く食べさせたくて落ち着かない態度のニキが好ましくて、マヨイはくすっと笑った。
「いえ、一緒に。
盛り付けも料理の内だって教えてくれたのは、椎名さんじゃないですか」
温度も食べるタイミングも体調も、見た目も素材も全部整えて、美味しいをくれる。
そのためにどれだけ心遣いと労力があるのかはよく分かっていた。
そんなマヨイの気持ちが嬉しくて、ニキは嬉しそうに笑った。
「んじゃ、マヨちゃんの好きなものいっぱい作ったんで、僕が説明してサーブしてあげるっす。
一緒に取りにいこ」
「はい」
これだけ大勢の人を満足させる料理を作るなんて、どう考えても大変なのに、それを実現して、さらに所々に自分のためを仕込んでくれる。
以前おいしいと言ったものや、今度食べたいと言ったものが、かくれんぼするように紛れている。
(……本当に、最高のプレゼントですねぇ)
こんなに心を尽くされたことがあっただろうか。
その重みを実感して噛み締める。
ただ美味しそうなだけではない、もっと特別な。
何かに気づきそうになる寸前で、多くの人の話し声が聞こえた。
壁の一角につくられたデザートコーナーを見て、みんなが口々に何かを言っている。
「これは、マヨさんから取らなきゃ誰も取れないよォ」
そこにあったのは、大きなケーキで。
一つ一つ丁寧に作られた可愛らしいマジパンで彩られていた。
一番上にある、あれは。
「僕の考える最高にかわいいを表現してみたっす!
味ももちろん、美味しいっすよ!
切ってあげるんで、マヨちゃんのお皿貸してもらっていいっすか?」
胸を張るニキを見て、初めて恥ずかしいという感情が込み上げてきた。
どう考えても、あれは自分で。
(わ、私は可愛らしくなんてありませんがぁ!?)
頂上に座る自分を模したマジパン人形は、確かにとても可愛くて。
(……椎名さんには、もしかしてこう見えてるんでしょうか?)
ふとそう思ってしまったら、まともに目が合わせられなくなった。
お皿の上に綺麗に切られたケーキがサーブされ、先程のマジパンがちょこんと乗る。
「改めて、お誕生日おめでとうっす♪
マヨちゃん。
僕の気持ち、全部っすよ」
「あ、ありがとうございます……大切に、いただきます」