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    D4 脱獄から東都までの道中。

    Sea Glass監獄の爆破、高い壁を突き破るようにして脱獄を果たしたあの夜。

    あれから早5日。中王区のお膝下、東都まで高速道路など順当な経路であれば2、3日で到着するところを、各所に配置された検問を掻いくぐりながら物資調達、情報収集などを行っているうちに今日を迎えた。現在地はイバラキ。
    脱獄直後からトウホクエリアへの道中は、追手が昼夜問わず現れるせいで碌に休息もとれなかったがそれも今では大分落ち着いた。

    海沿いを有馬の運転で走る車中、参謀役の燐童を中心にこれからの計画を話し合う。そんな中、後部座席に座る谷ケ崎は窓の外をぼんやり眺めるばかりだった。
    「伊吹、そんなに海が珍しいですか。」
    乳白色の糖分をたしなみながら、隣でその様子をうかがっていた時空院から声がかかる。
    この逃亡劇の中何度か海沿いを走ってはいるが、緊張感が勝り今の今まで谷ケ崎の目に入っていなかったようだ。

    谷ケ崎伊吹は海を見たことがなかった。
    シングルマザーの母親は子供を養うために複数のパートを掛け持ちしており家族で出かける余裕などなく、年の離れた兄は小さいうちこそ遊んでくれていたが、青年期を迎え徐々に非行に走るように。そこに大戦も重なったことで、谷ケ崎の少年時代の思い出は常に寂しいものだった。

    「今日はこのくらいにして休みましょうか。ちょうど近くに海水浴場の駐車場もありますし。」
    地図を見ながら燐童が言う。冬の日は短く、そろそろ日が暮れ始めるころ。
    「おいおいまた窮屈な車ン中かよ。そろそろベッドで寝てェ。」
    そう言いながらも車はスムーズに海岸方向へ左折していく。

    陸風の吹きすさぶ浜辺には自分たち以外に誰もいない。「寒ィからパス。」と車内に残った有馬以外の3人で歩く砂浜。歩を進めるたびに足は乾いた砂に沈みスニーカーを汚す。
    「この海がココアだったらどんなにいいでしょう。」
    「時空院さんなんでも糖分に絡めるのやめてください。ただ汚いだけでしょ。」
    お世辞にも綺麗とは言えない海。同行している2人の掛け合いを聞きながら、谷ケ崎は砂浜のどこかで夕日を反射した何かに目をやる。拾うと緑がかった半透明の小片。
    「これは…ガラスか。」
    「伊吹いいものを拾いましたね。飴玉みたいで素敵です。」
    「だから…谷ケ崎さん、それはシーグラスっていうんですよ。」
    時空院の言動に呆れながらも燐童が補足してくれる。
    ビンなどのガラスの破片が海流にもまれ、角がとれることによってできる海からの贈り物。科学技術の発展により飲料ボトルはガラスからプラスチックに置き換わり、シーグラスの希少性も増しているという。
    「すごいな、綺麗だ。」
    そう言いながら谷ケ崎はその場にしゃがみ込み、周辺の流木や小さな貝殻などを手に取る。よく見ると、シーグラスと一口に言っても茶色や緑など多種多様なことに気づく。貝殻に至っては魅力も千差万別だ。窮屈そうに、しかしいつもの仏頂面の中に好奇心の色を滲ませている。まるで年端もいかない少年のような姿に時空院と燐童は微笑ましくもありながら物悲しい気持ちになった。

    数分のうちに谷ケ崎の手には厳選された拾得物の数々。
    「そろそろ日も落ちますし車に戻りましょう。」
    「ああ…。」
    燐童から声がかかる。時間経過とともに強くなる風に、身体はいつの間にか芯から冷え切っていた。

    さて、どうしたものか。初めての海で拾ったそれらを捨てるのは少し名残惜しい。ズボンのポケットに突っ込もうとする谷ケ崎を黒い爪の手が制す。
    「ちょうどいい、伊吹、ぜひこれを使ってください。」
    そして差し出されたのは空になったドロップの缶。ありがたく受け取り、少しコツのいるふたを閉める。
    「またどこかで宝物を見つけたら、これに入れればよろしい。」
    その言葉にふと我に返った谷ケ崎は、これではまるで思い出作りの旅行だなと自分の行動を嘲笑する。4人は今追われる身、仲間ではない。利害の一致で徒党を組んだに過ぎない。兄の死の切欠となった山田一郎に対する復讐の炎は、今も煌々と谷ケ崎の心で燃え盛っている。これまで幾度も絶望を経験した心は満たされることはない。
    しかし、なぜだか今は穏やかな心境だ。

    3人が車に戻ると、あれだけ寒さを嫌がっていた有馬は車のドア部分に寄りかかり、短くなったたばこを足蹴にしていた。吐き出した煙が宙に霧散する。
    「おっせェんだよ。おいおい谷ケ崎砂まみれじゃねェか。砂のお城でも作ってきたかよ坊ちゃん。」
    谷ケ崎に一瞥くれた有馬は、車乗るなら靴ン中まで砂落としてからにしろよ、と釘を刺す。潮風で暴れ、軋む髪を撫でつけながら、谷ケ崎はひっそりと口許を緩めた。

    今後、この缶の中身は増えていくのだろうか。それともいつしか存在を忘れ去りこの記憶ごとなきものとなるのだろうか。
    先のことは何もわからない。だが再びこのタカラモノを見るとき、今日の穏やかな気持ちを思い出せたらいいと思えた。

    きらめく海からの贈り物。こんな俺でも、綺麗な思い出を懐であたためる権利は、あるだろうか。
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