もしも…。ごうごうと燃える炎が、ウタの瞳に赤く紅く映る。
「シャンクスー!!!!!」
ゴードンに海に落ちないようにと捕まれ、それでも置いていくなと叫び喚いて涙を流し続ける。
「どうして!!どうしてー!!!」
シャンクスたちがこちらに背を向け、酒を掲げ海を進んでいく。
海軍が逃げる海賊を追いかけ大砲を打つ。
後ろのエレジアが燃える炎の熱さと眩しさ、海の向こうの暗闇に溶けていく船たち。
これほどの絶望を、ウタは知らない。
これほどの虚しさを、ウタは知らない。
これほどの怒りを、ウタは知らない。
これほど悲しさを、ウタは知りたくなかった。
「シャンクス!!!!!」
手を伸ばしてハッと気がつく。
見覚えのある天井、嗅ぎなれた大好きな人達と船の匂い。
「はぁ……はぁ…」
起き上がり、胸に手を当ててキョロキョロと部屋を見回す。
「ここ、は…」
見慣れた自分の部屋。
あれは夢だったのだと確認した途端、涙がぼろぼろと流れ声を上げた。
「ぅああぁぁぁ…」
「ウタ?!」
「どうした!大丈夫か!」
ドタバタと音をたてて、バン!とドアを開けてくるシャンクスと船員たち。
それを見て安心したウタがベッドから降り、シャンクスに抱きついた。
「シャ…ぐず…ゆめ……嫌な夢…」
「夢を見たのか?大丈夫だ、俺たちはここにいる」
「ゔん」
ふにゃ、と気の抜けた笑顔を見せるウタに全員安堵する。
なかなか泣かないウタがここまで泣くのだ、かなり酷い夢をみたのかもしれない。
「ウタ、思い出したくないだろうが、あとで夢の内容を教えてくれるか?」
「え…」
「無理にとは言わないが、話した方がスッキリするだろうしなにかしら安心するだろ?」
話した悪夢は二度と訪れないとも言うし。
誰かが言ったこの一言でウタも少しだけ安心できたのか、ぽつりぽつりと話しだす。
エレジアという島のこと、その島が炎に包まれる中自分だけが置いていかれるということ。
夢の内容を思い出しだしてまたぼろぼろと流れる涙を、シャンクスは指で優しく拭ってやる。
「エレジアか…丁度ウタにいいと思って行こうとしていた島だ…」
「?! やだ!行きたくない!」
ウタの言葉にシャンクスは頷く。
「あぁ、だから行かない。かわりにまたルフィに会いに行こう」
「いいの…?」
「いいも悪いもあるか。お前が嫌な場所には行かないさ」
安心させるようにゆっくりゆっくり、頭を撫でてやる。
最後にギュッと抱きしめ、抱き上げた。
「外の空気を吸いに行こう。そのあと飯でも食おうか」
「うん」
きゅっとシャンクスの服を握りしめる。
船員たちにウタの朝食を用意させるよう言い渡し、シャンクスとベックマンが一緒に甲板へと出る。
海風が外に出た3人を歓迎するように、優しく朝の光とともに吹く。
ウタの背をとん、とんとあやすようにし、ゆっくりゆらゆらと歩いていく。
普段なら「子供扱いしないで!」と怒ってくるのだが、そんな余裕すら無さそうだった。
「少しは落ち着いたか?」
「うん」
「水飲むか?」
「のむ」
ベックマンが手に持っていたコップを手渡す。
こくりくこくりと飲み干すところを見ると、相当喉が乾いていたらしい。
空になったコップをベックマンが受け取る。
「まだ飯は時間かかるだろうから、少し目を瞑ってな」
「やだ」
「別に置いていったりしないさ、このままそばにいる」
「ほんとう?」
「本当だ」
シャンクスの体温と鼓動に安心したのか、うつらうつらしていたウタはすぐに二度寝をし始める。
「どう思う?」
「2つ目の悪魔の実を食べた記憶はない。けれど、すぐ目の前のエレジアを前に見たとなると…」
少しの沈黙に首を振るベックマン。
「ただの予知夢しちゃ具体的で、島の名前やら人の名前が出た。…あそこには余り関わらないほうがいいだろう」
シャンクスはそれにひとつ頷き、まだ甲板にいると伝える。
「わかった、飯が出来たらだれかしらに呼ばせよう」
「ああ」
離れていくその背中を見送る。
手すりに身を預けて、海を眺める。
はるか彼方、薄ぼんやりと見えるエレジアの影を睨んだ。
ぼんやりと、陽炎のような黒い霞がゆらゆらと揺れている。
「悪いが、この子はやらん。もし手を出そうとするなら…」
殺気を飛ばされた霞が一瞬、怯んだように見えた。
どこからとも無く、舌打ちがひとつ聞こえたような気がした。
静かになると、うみねこたちが何事も無かったかのように鳴き始めた。