血濡れて暗い路地裏、少女は見ている光景を信じることが出来なかった。
地面に広がる赤い液体、倒れている人影、そしてそれに覆い被さるようにしているもう一つの人影。
「……っ」
恐怖でカチカチと小さく口の中で鳴る歯を止められる訳もなく、ただ呆然と見ているしか無かった。
じりじりと後退を試みるが、思うように足が動かずについにジャリっと音を少し大きくしてしまった。
その音が聞こえたらしい人影が、ぴくりと反応して起き上がる。
顔がこちらを向いた。
なぜわかるか。
光る紅い瞳が一対、こちらを向いたのだ。
「あ〜…見られちゃったか、…どうしようか」
低く掠れた男の声が路地裏に響く。
どうしようと頭をかくその影を尻目に、少女は闇の中を駆け出した。
(普段入らない路地裏なんか、入らなければよかった!)
忙しなく動かす足が、走ることを想定していないヒールのせいで痛み出す。
なんだあれは、それしか考えられなくなる。
「そんなに急ぐ用事でもあったの?」
すぐ真横で聞こえる掠れた声に、驚愕して思わず止まってしまう。
顔を向けると、下半身を霧のようにした先程の紅が目の前に。
「っぃ」
引きつった悲鳴は喉の奥に飲まれ、まともに声をあげられない。
「あ、ごめんねびっくりさせるつもりなかったんだけど」
急に走り出すからさ、とおどけたように言うその男が霧を四散させて足が出てくる。
それだけで、腰が抜けてぺたりと地面に座り込む少女。
(もう終わりだ。)
そう思い涙が勝手に溢れ出す。
「え、なんで泣くの?!そんなに怖い?ごめんごめん」
溢れ出した涙を、何故か必死に服の袖で優しく拭ってくる。
拭っても拭っても溢れ出る涙を、何を考えたのか男はぺろりと舐めとった。
「え」
不意打ちを食らった少女の涙が止まる。
「………、止まってよかった」
舐めとった涙を咀嚼するように口の中で転がしていた気がしたが、男はにこりと人が好きそうな笑顔を向けてくる。
「あんなところ見たら誰でも怖いよね、大丈夫あれはもういらないんだ」
顎に触れ、親指ですり…と唇をなぞる。
瞳が怪しく昏く深い紅に光った。
その眼を見ていると、なんだか…。
「今日はもう遅い、うちにおいで」
「………はい」
なんだかこの男の声が、心地よく聞こえる。
そこで視界が暗転する。
「大丈夫、きみは大切に大切に…」
一滴残らず。
最後に聞こえた声は、とても穏やかだった。