馴れ初め3人の出会いは、完全にウルの気まぐれだったんだと聞かされた。
「なぁお前ら、男に言い寄ってなにが楽しいんだ?」
それともそういう趣味持ってんのか?と聞いた。
ロビー近くの路地裏、薄暗い場所。
イカのボーイ3人がスズキを囲んで、言い寄っていた。
タコの言葉を聞いたそのボーイたちが、ぎょっとしてスズキをまじまじと見た。
目元の縁模様を見ながら、なにかとこそこそ喋っていた。
そんなイカたちをギッと睨むスズキ。
「……何見てんだ」
付けたマスクの中から底から響くような、とても低い声が辺りに響いた。
それを聞いたイカたちが仰け反って、さらに驚いた顔を見せた。
「ま、マジで男だったんだな…」
「悪いか」
「い、いや…」
イカボーイがしどろもどろになっているところに、もう1人タコが小走りでやってくる。
「ウル〜いきなり歩き出してどうし…本当にどういう状況?」
ウルと呼ばれたボーイにそっくりなタコ。
息を切らして、その場をぐるりと見てなんとなく状況を察したらしい。
「女の子と間違えてナンパしてた感じ?」
「?!」
ウルのみならずこのタコも間違えずに言うか、と絡まれていた本人が1番驚いていた。
「悪いか!」
イカボーイ3人のうち1人が声を荒らげた。
それを横目に見ながら、ウルがスズキの腕を引っ張り守るように背中に隠す。
「おうおう荒っぽいねぇ…そりゃモテないわ」
「な、なんだと」
「ウル喧嘩売らないの」
だって本当のことだろ、とやれやれと肩をすくめた。
スズキはとても動揺していた。
自分の性別を間違えなかったのもそうだが、同じ男とわかりながら護ろうとしたこと。
今までこんなことは無かった。
男とわかったら暴言を吐き捨てたやつ、男とわかりながらも関係を迫ったやつ。
もっと最低なことをしたやつもいた。
いろいろいたが、ナンパから助けて貰ったことなど1度もなかった。
だから余計に。
「なんで護ろうとするんだ?」
つい、出た言葉だった。
ぽろりと出た言葉は戻すことは出来ずに、その場に響いた。
ハッと息を飲んだのはスズキ自身だった。
それに気づかずか、ウルが少し考える素振りをしたあとにけろりと答えたのだ。
「なんとなく、気まぐれだよ」
たった、それだけだった。
「それだけで?」
「なんで?ダメなの?」
よくわからないとでも言いたげに頭をかいた。
「うちの兄がごめんね」
頬をかくタコが、本当に申し訳なさそうに声をかけた。
「なんで謝るんだルフ」
「わからないウルには教えない」
ルフと呼ばれたタコがウルの肩を叩いた。
「いてっ」
叩かれた肩を擦り、口を尖らせる。
そんな余裕とも取れるやり取りに、わなわなと肩を震わせたのは先程声を荒らげたイカだった。
「こっちを無視して話し込んでんじゃねえよ!」
拳を振り上げて襲いかかってきた。
スズキはそれを見て硬直。
一瞬それを見たウルが拳をいなして、その勢いを上手く使いイカを投げ飛ばした。
「考えなしに突っ込んでるとそうなるんだよ、学んだか?」
「おぉ」
思わずルフは拍手を送る。
喧嘩慣れしているのはわかっていたが、いざその場面に会うと惚れ惚れとしてしまう。
「すご…」
そう零すスズキに、ルフが誇らしげに笑う。
「うちの兄貴カッコイイでしょ」
「…そう、だな」
ひとつ頷き、ウルとルフを見つめる。
ウルがイカを相手にする時、ルフが代わりにとばかりにスズキを後ろに守る体制に入っていた。
互いにやりたいことがわかっていたようだった。
そんな2人を、呆然と見つめた。
「お前らは?やんの?」
空気となっていた残りのイカ2人に、ウルが挑発をかけた。
けれど、リーダー格だったらしきイカが倒されて勢いが削がれたのか首を横に振るだけだった。
「なっさけねぇなあ」
はぁ、とため息を零した。
投げられたイカは伸びて転がっていた。
「こいつの介抱よろしくね」
ルフがウィンクしながら言う。
もうなにもかもが怖くなったのか、首が取れそうなほど縦に降ったイカ2人。
それを流し見て、ウルとルフがスズキに向き直る。
「送る、家どこだ」
「あ、いやバイトがあるから」
「もしかしてすぐそこの?」
質問するルフにスズキがそうだ、と頷く。
「休憩中だったんだ」
『あぁ、なるほど』
重なる声に驚きながらも、少しズレたマスクを付け直す。
「だから送るのは大丈夫だ」
「じゃあ迎えに来てやるから、終わる時間教えろ。というかフレコよこしな」
「え?」
「ウル」
ウルの言葉にまさかこいつもか、という考えが浮上してしまう。
少し警戒するスズキに、ルフがウルを咎めるように名前を呼ぶ。
「あー…また絡まれるのいやだろ。俺らを傍に置いとけば大丈夫だ」
「なんで、そこまでするんだ」
スズキの言葉にまた困ったように腕組みする。
ルフもなんと言おうか迷ったようであった。
「……なんか放っておけない、から…か?」
「本当にそれだけか…?」
「本当にそれだけだよ、安心して。もしよければだけど、フレコ交換しない?同じタコのよしみで」
はい、と渡されるフレンドコード。
それをなんとなく受け取るスズキ。
受け取った手に捩じ込むように、ウルが自分のコードを入れた。
「まぁ、追加するしないはお前の勝手だけど…困ったことがあれば連絡よこしな」
「今日も帰る時、よかったら連絡ちょうだい?夕飯奢るよ」
ルフがにこりと笑いかける。
「へんなやつら」
ふいっと顔を背けるがなぜだか少し、胸が温かく感じた。
スズキが安堵して胸を撫で下ろす。
それを見た2人は数秒アイコンタクトをした。
「すぐそこだろうけど、送る」
「……ありがとう」
正直スズキもこの短い道でも、また声をかけられるのでは思ってしまった。
毎日のように声をかけられるのだから、変に慣れてしまったのだ。
だから素直にお礼を口にした。
「どういたしまして」
さぁ、行こうかとエスコートするルフ。
女じゃないんだが、と思いながらも特別嫌に感じなかった。
なにかを喋るわけでもなく、なにかするわけでもなく。
けれど嫌悪感を感じない沈黙だった。
(……初めてだな)
なにもかもが、と口にせずここまで安堵したのは本当に初めてだった。
少し歩き、オレンジ色の格子を前に止まる。
『それじゃ』
2人が声を揃える。
「あぁ、ありがとう。なにからなにまで」
「いいんだよ」
「なにかあったらまた助けてやる」
また、の言葉にふわりと心地良い熱がスズキの胸に灯る。
「また、来てくれるのか」
「お前がいいならだけど」
「兄さんはお節介だからね、迷惑だったら言うんだよ」
「おい」
2人の会話に思わず、小さく小さく笑った。
「あ、やっと笑ってくれた」
ルフの言葉に驚く。
表情が乏しい自分の小さな変化に気づき、笑いかけてくる。
そんな顔が眩しく見えた。
「笑えたんだな」
「失礼だよ」
ウルの頭にルフがチョップする。
今度はふっと息をこぼすような笑いを落とす。
そんなスズキにウルがニヤッと笑う。
「俺らの前だけでも、楽しかったら笑えよ」
「初対面によくそんなこと言えるな」
「似たようなやつが昔馴染みにいるからな」
「あの子も大変だったよねぇ」
しみじみと言うあたり、苦労していたのだろう。
ため息混じりにお互いを見やって、懐かしんでいた。
「あ、そういやお前の名前聞いてない」
「おれはルフ、こっちはウルっていうんだ」
「…スズキだ」
『よろしく』
ニカッとウルが笑い、にこりと優しくルフが笑う。
「よろしく」
マスクを弄りながら返す。
少しくすぐったいこの気持ちはなんだろうかと、でも眩しすぎるそれを見て見ぬふりをする。
「タコ同士仲良くしようね」
「気が向いたら」
「それでいい」
ウルの言葉に思わず「えっ」と声をこぼす。
「あまり絡まれるの好きじゃないだろ?さっきも言った通り、お前みたいなやつがそばに居たからわかる」
「そうそう〜良く仲良くなれたよねって感じ」
「だからスズキもあまり好きじゃないと思ったんだ。本当にお前の気が向いた時でいいんだよ」
「……」
2人の顔を見やる。
本当に何気なく、ただのタコ同士として言ってくれている。
それが嬉しかった。
(こいつらだったら)
そばにいてもいかも、と思った自分に驚きながらも表に出さなかった。
「じゃ、そろそろ行く…本当にありがとう」
『どういたしまして』
2人が手を振るのに、スズキも小さく手を振り返した。