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    harunoyuki

    20↑腐 フィガファウ/ブラネロ いつもありがとうございます

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    harunoyuki

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    フィガファウ/クールでダーティな中学生フィが、ふしぎな本屋の店主に会う話/円満寿命転生(←直接描写なし)の現パロ、ちょっとだけフォ学

    #フィガファウ
    Figafau

    魔法使いの本屋魔法使いの本屋ふと気づいた時には、すでにその店はそこにあった。
    看板も何もない。通学路の途中、木々に囲まれた狭い路地の奥に立つ、こぢんまりとした古民家。薄暗い店内には所狭しと本棚が並び、上から下まで、骨董品みたいな本が詰め込まれている。
    不思議なのは、その本だった。周りの人間は皆、それを白紙だと言った。装丁がお洒落だよね、何を書こうか?そうそう、この本で交換日記をすると恋が叶うんだって!──なんて同級生の女子は笑っていた。
    けど、俺には見えていた。そこに書いてある文字が。どの本の、どのページも、知らない言語の知らない文字で埋めつくされている。読めはしないけれど、手書きの、綺麗な筆跡だった。

    店員は、奥の座敷に座っている、店主らしい青年がひとりだけ。
    亜麻色の柔らかそうな癖っ毛で、いつも長い袖で長い裾の黒い服を着ていて、その隙間から覗く肌は蒼白なほど。室内でも色の薄いサングラスをかけているから、顔はあまり見えない。
    そういえば声も聞いたことがない。からん、とドアのベルが鳴って客が入ってきても、逆に出て行っても、身じろぎひとつしない。さすがに代金をもらう時は無言じゃないんだろうけど。とはいえ、そんなんじゃ万引きされたって気づかないんじゃないか、と心配になるくらいには、一心に──書机に向かって、いつも何かを書いている。傍らでは、黒猫と白猫が思い思いに寛いでいた。

    ちょうど──全部がつまらなかった時期だった。
    地元の中学に入ったばかりだったが、つまらない授業、つまらない友達、つまらない家族。成績だけはよかった(まぁ周りも酷かったが)、街中の書店で気まぐれに手にした大学受験の参考書を見て、今すぐ受験したって受かるだろう、というくらいには。
    だから目立たないところで何をしていようと、教師にも家族にも何も言われなかった。殴り合いの喧嘩は日常茶飯事、早々に酒も煙草も女も経験したが、どれも夢中にはなれなかった。極端な話、あらゆる物事が自分の想定の範囲でしか動かないように思えて、何もかもが面白くなかった。
    だからか、その店には、ひどく興味を惹かれた。不思議な本にも、読めない言葉にも、風変わりな店主にも。

    その日はたまたま、ちょっと派手な喧嘩をした。
    俺は寝た覚えのない女がそいつの彼女だったとかどうとかで、要は売られた喧嘩を買っただけなのだが、相手が複数でナイフを持ち出してきたものだから若干手こずった。それでも腕を切られたくらいで後は全員地面に這いつくばらせたが──ああ面倒だな、喧嘩はともかく、傷のことが親にバレたら──つまるところ俺はむしゃくしゃしていた。
    その帰り道、また、あの本屋が目に留まった。こんな気分で入っていい場所じゃないとは思うが、それでもあの空間にいる時だけは、煩わしい物事全てから解放されて、ささくれ立った心が凪いでいくような気がしていた。だからその店を訪れてひとり、目についた本の、意味は知らないけど綺麗な筆跡をなぞり、いつもなら適当なところで黙って帰るのを──思い切って、声をかけた。

    「……あの、」
    さらさらと羽根ペンを操っていた細い手が止まって、店主がこちらを向いた。その両目は閉じられていて──だからサングラスなんだろうか?
    「…やあ、いらっしゃい」
    意外と高めの、少し掠れた、柔らかい声だった。
    ずっと、話すことができたら、聞いてみたいことがあった。今の声音に、邪険にするような印象はなくて、それならばと、その手元にある本が目に入って──確信した。俺だけに見えるらしい文字と同じものが、そこにも綴られている。まさに今しがた、このひとの手によって。
    だから、長いこと不思議に思っていたその問いを口にするのに、迷いはなかった。
    「──ここにある本。全部、あなたが、書いてるの?」
    「……、見えるのかい?」
    それだけで、俺の言わんとすることは伝わったらしい、と分かる。
    けれど店主は、さほど驚いているようには見えなかった。
    「…知らない文字だけど。でも、他の人は皆、白紙だって言う。魔法か何か?」

    ややあって──店主は、ふわりと、口の端を上げた。

    「……想い出を、綴ってるんだ」
    「おもいで…?」
    「そう。大切だった人のことを、忘れないように」
    「これ、全部?」
    「そうだね。それがあの人の願いだったから」
    「……その人は?」
    「死んだよ。もうずっと昔に」

    知らないけど、伝わってくる。この人は本当にその人が大切で、それはきっと、相手も同じだったのだろうということが。彼の声が、所作が、表情が──それらすべてに載る色がそれを物語っていた。

    「…いいの?そんな大事な本、売っちゃって」
    「そうしたら、また書くだけだよ。……ああ、でも、」
    店主はそこで、再びペンを手に取って、先ほどのページに何事かを書き込んだ。短いものだった、たぶん一文だけ。
    「これで、ようやく、終わりにできそうだ」
    そう言って、ぱたりと本を閉じると、深い青色の表紙をゆっくりと撫でた。宝物にそうするみたいに。

    にゃう、と傍の黒猫が鳴いた。
    その頭をひと掻きしてやってから、おもむろに店主はこちらに向き直った。
    「──もし、きみが、嫌でなければ。僕に、触れてくれないかい?」
    「……え?」
    「僕はもう、目が見えないから」
    そういえば、目が不自由な人は、触って物を確かめるんだったっけ。でも。
    「…でも、あなたは、字を書いてる」
    「ふふ。触れているものだけは見えるんだ」
    「それも魔法?」
    「そんなところ。内緒だよ?」
    しー。ね?
    俺も子供だけど、そう言って唇に指を当てて笑う店主こそ子供みたいだった。理屈はよくわからないけど、深くは考えない。秘密がある、っていうのはそれだけで面白いから。

    「……じゃあ、手。触るから」
    「ああ」
    カウンターの上に置かれた、しろくて細い、でも骨ばった、大人の手。その甲に、そっと、自分の掌を重ねる。
    なんとなく、氷みたいに冷たかったらどうしよう、なんて思ったけど、ちゃんと人肌の温かさが伝わってきて、ちょっと安心した。まぁ、幽霊じゃあるまいし。
    「……見える?」
    半信半疑で尋ねれば、店主は片手で丁寧にサングラスを外した後、ゆっくりと瞼を持ち上げて──遮るもののない、初めて見た彼の眼は、宝石みたいな紫色をしていた。
    「……ああ、思った通りの…緑の星だ…」
    「……?」
    「僕は、ファウスト。ファウスト・ラウィーニアだ。きみの名は?」
    「……フィガロ。フィガロ・ガルシア」

    その時の、店主の表情といったら。それはもう、本当に花が綻んだみたいだった。相手は男で、俺だって男なのに、こっちがどぎまぎさせられるくらいには。大人って狡い。

    「ありがとう、フィガロ。
     今日の出逢いに感謝と、祝福を──《サティルクナート・ムルクリード》」
    「なに?」
    「魔法だよ、とっておきの」

    ごろごろと喉を鳴らして、今度は白い方の猫が店主にすり寄ってきた。
    応えてやるべく店主の手が俺のそれから離れてしまうと、紫色の眼はいつの間にかまた瞼の奥に仕舞われて、サングラスも定位置に収まっていたけれど。今日ここへ来るに至った荒れた気分は──というより、ずっとずっと心の奥底にわだかまっていたつまらない気持ちは、きれいさっぱり消えてなくなっていた。

    「──ファウスト!」

    帰り際、ドアノブに手をかけた時に思い立って、振り返った。

    「また会いに来てもいい?あなたの本を、読みたいんだ」
    「ああ──楽しみにしているよ、フィガロ」

    猫を抱いた店主に、手を振ってから店を出た。見えてはいないだろうけど、別にいい。足取りは軽かった。だって、新しい目標ができたから。そっか、ファウスト、ファウスト・ラウィーニア、それが彼の名前。次からは、あの文字を覚えて、意味を調べて。棚いっぱいの本を読んで、そして知りたい。彼と──彼の大切な人のことを。

    服の下に隠れた切り傷も、裂けていた袖の布地も、きれいに元通りになっていることに気づいたのは、家に帰り着いてからだった。

    ***

    けれど結局、彼の本を読み解く機会は、ついぞ訪れなかった。
    その日を境に、その店が、忽然と消えてしまったからだ──というか、張り切って翌日そこを訪れた時には、全く別の、ただのガラクタ…もとい骨董品屋になっていた。移転でもしたのかと驚いて、店主らしい老人に問い質しても、先代からもう百年以上ここで店をやっている、本屋のことなど聞いたことがない、と言われる始末。ちょうど居合わせていた客に尋ねても、それこそあの店で買った本を見せてくれた同級生に電話をしても、皆一様に知らないと口を揃えた。
    誰も何も、まるで覚えていないのだ。俺だけが夢を見ていたみたいに。これも魔法だっていうのか。楽しみにしてた、あなただってそう言ってくれた、俺の名を呼んで。なのに、どうして。何か事情があったとしても──約束じゃなかったとしても、せめて、一言だけでも。
    ……言ってくれればよかったのに、と。肩を落として店を出て、どうしようもない呟きが、吐いた息に溶けて消えた時。

    ──にゃあ、と鳴き声がした。
    はっと顔を上げると、店の裏手の草むらから、黒い尻尾がぴょこん、とのぞいていた。まさか。飛ぶように走った。猫だ。猫がいる。黒い方のそれは、悠々と、川べりにある一本の桜の樹の根元に近づいてゆく。その先で、白い耳が見え隠れした。やっぱり!黒猫と白猫。店にいた、あの!
    二匹が鼻を擦り合わせた。白い方は雌だったらしく、腹に仔猫を抱えていた。二匹いる。まだ産まれたばかりなのだろう、白っぽいのと黒っぽいのが、乳を探してもそもそと身じろぎしている。
    傍の小川に、はらはらと桜の花びらが舞い散って、ゆっくりと流れていった。

    ***

    「なんてことも、あったっけな……」

    桜の時期になると思い出す。魔法みたいな出来事だった。
    結局、猫は四匹とも連れ帰って、案の定呆れ返った家族を、自分が世話をすることと成績を維持することを条件に説得して、餌代や病院代はバイトと称してちょっと表立っては言えないようなことで稼いだりもした。その縁で早々に独り立ちし、今はなぜか私立学園の保健医をしているのだから、人生何が起こるか分からない。親猫は数年前にそれぞれ看取って、ちんちくりんだった仔猫は今や立派な黒猫と白猫に成長した。

    今朝は出勤直前になってやたらとその二匹に絡まれて、普段はそっけないだけにそれがまたかわいくて、学校業界において最も重要な行事のひとつと言っていいであろう入学式に、遅れます、と(適当な理由をつけ加えて)連絡を入れた。それから散々構い倒して(構い倒されて?)なお後ろ髪を引かれながらも何とか家を出て、校門をくぐったのがつい先ほどのこと。
    先に自らの定位置である保健室へと向かい、デスクに投げてあった式次第を見れば、終了予定時刻まであと十分もない。こうなればもう出席しなくとも同じだろう、担任としてクラスを受け持つわけでなし。まぁでもバレたら懲戒免職かなぁと他人事のように独りごちながら、からりと大きく窓を開けて、ちらちらと舞い落ちてくる桜の花びらを横目に、煙草の封に指をかけた。

    今まさに式が終わろうとしているのだろう体育館から、遠く、朗々とした声が風に乗って耳に届く。

    『──以上、新入生代表、ファウスト・ラウィーニア』

    瞬間、煙草の箱ごと放り投げて保健室の窓から飛び出した。
    人生で一番、そう、いつか猫を追いかけた時と同じくらい全力で走ってる──いま、そこにいる、きみに会うために。

    さあ、本棚からあふれるくらいの想い出を綴ろう、これから、ふたりで。


    魔法使いの本屋

    「──スノウ、ホワイト。
     ああ、無理をしないでくれ。皆それぞれに予言を授けて、疲れているんじゃないのか。僕のことなら、いつでもいいし」
    「……おお、ファウストや…、待っておったぞ。我らに残された時間は少ない、おぬしにこそ、今、伝えておかねばならぬ。おぬしさえ、我らの予言を拒まぬというのであれば」
    「それなら──、僕は、あなたがたの言葉を受け取りたいと思う」
    「そうか…、おぬしはやはり、やさしい子じゃのう」

    「《ノスコムニア》」

    「──はじめに言っておく。ファウストや、おぬしの未来には、ひとつだけ、大きな分岐点がある」
    「分岐点……」
    「そう遠くない未来、おぬしは、ある魔法使いの石を手に入れるじゃろう」
    「──!!」
    「その石を喰らうか、喰らわぬか。それによって、おぬしの未来は大きく変わる」
    「……ッ、」

    「その石は、大いなる魔力を秘めておる。じゃが、それがおぬしを害することはない。口にすれば、おぬし自身と混ざり合い、身も心も祝福し、その生涯を、途方もなく長いものとする。そしておぬしは、最後の厄災を共に戦った魔法使いたち全員を、見送ることになるじゃろう」
    「そんな…、僕よりずっと若い、子供たちもいるのに?」
    「彼らが早う逝くのではない、それほどに、おぬしが長寿となるのじゃ」
    「……!」
    「そして、人間と魔法使いの共存する世界、その栄枯盛衰を見守ってゆく、その命の続く限り。他の誰も知り得ぬ、魔法使いですら気の遠くなるほどの長久を」
    「……」
    「そして、その永遠とも思えた生がやがて終焉を迎えるまさにその日、おぬしは、己の天命を手にするじゃろう」
    「──!!」

    「……わかった。ありがとう、スノウ、ホワイト。
     その言葉、これからの僕の、支えにさせてもらう」
    「……ファウストや、」
    「……はい」
    「礼を言うぞ、我らの愛おしき弟子…あやつと共に生きてくれたことを」
    「それは…、僕が自ら望んだことだから。さあ、今日はもう休んで」
    「やさしい子よ、ファウストよ──おぬしの道行きに、我らの力の限りの祝福を……」



    「──フィガロ、ここにいたのか」
    「……ああ、ファウスト。東からここまで大変だったろう。双子先生と話はできた?」
    「ああ。予言と、祝福を授かったよ」
    「……そう、」
    「……フィガロ。今日は、オズと共に、双子についているつもりなんだろう。僕も、おまえの傍にいていいか」
    「…え?」
    「何かあった時に…、僕にもできることがあるのなら、力になりたい」
    「……、うん…、そう…そうしてもらえると助かるな。……ありがとう」

    「……ファウスト、」
    「なんだ」
    「いつか、話をしたよね。
     たくさんの想い出があれば、きっと大丈夫だから、って」
    「……言っておくが、足りないからな、全然」
    「ええ、うそ?けっこう貯まったかなって思ってたんだけど…」
    「お金みたいに言うな。いくらあってもいいものだ。東の執念深さを舐めるなよ」
    「いや、それもお金でしょ……」

    「……きみはさ、俺のこと、……」
    「……、食べてほしいのか?」
    「……あ、……、…うん…」
    「他には?」
    「え?えっと…、忘れないで、いてくれたら…嬉しい、かな…」
    「そう」
    「……ええ、それだけ?」
    「約束はできないだろう。誰の教えだと思ってる」
    「それは…そうだけどさ。もうちょっと、こう、情緒というか……」
    「……書庫を、」
    「うん?」
    「北にある、おまえの書庫。
     どれかひとつでいい、書庫とその中の蔵書、僕にくれないか」
    「どうしたの、急に。そんなの城ごと全部、きみにあげるよ、今すぐに」
    「いい、ひとつだけで充分だから」
    「相変わらず無欲だなぁ。いいよ、どれでも好きなのを」
    「……じゃあ、白猫と黒猫の絵が鍵になってる部屋」
    「ふふ、きみが昔よく寝落ちしてたところだ。……ね、何に使うの?」
    「──内緒だよ。
     ……そろそろ、戻ろう。双子も、オズも、きっと僕たちを待ってる」
    「……うん。行こうか、ふたりで」


    魔法使いの本屋/完
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    harunoyuki

    DOODLEフィガファウ/魔法舎のフィが、二千歳のファが暮らす未来に迷い込む話/魔法舎では付き合いたてで、まだ何もしていないふたり
    きみが幸せだなって思うとき「…………あれ?」

    ふと気付くと、鬱蒼とした森の中、赤い屋根の一軒家の前にいた。
    見知った場所ではあった。東の果て、呪い屋…というには些か清廉にすぎる魔法使いがひっそりと居を構える、嵐の谷。だが珍しく雷雨でも暴風でもないらしい。穏やかな夕陽で、家の壁も傍の木々も、茜色に染め上げられている。素朴な絵画にでもありそうな、いたってのどかな情景だ──平時ならば呑気に感嘆していられるのだが。

    (おかしいな、俺、診療所にいたはずなんだけど……)

    今回の帰省は常よりも多忙を極めた。
    夕刻に任務から戻って来たかと思えば今度は深夜、南で経過観察をしていた妊婦が予定より早く産気づいたとの一報を受け、取るものも取り敢えず箒を飛ばし、明け方無事に元気な赤子を取り上げたのはよかったものの、そこから休む間もなく、やれ子供が転んで膝を擦りむいたとか、老婆が散歩から帰って来ないとか、しまいには機嫌を損ねた飼い牛が牛舎に入ってくれないとか云々、我ながら引く手あまたの人気者だった。ああ、あと川沿いの土手が大雨で崩れていたのを、応急処置もしたんだったか。
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    DONEほしきてにて展示していた小説です。

    「一緒に生きていこう」から、フィガロがファウストのもとを去ったあとまでの話。
    ※フィガロがモブの魔女と関係を結ぶ描写があります
    ※ハッピーな終わり方ではありません

    以前、短期間だけpixivに上げていた殴り書きみたいな小説に加筆・修正を行ったものです。
    指先からこぼれる その場所に膝を突いて、何度何度、繰り返したか。白くきらめく雪の粒は、まるで細かく砕いた水晶のようにも見えた。果てなくひろがるきらめきを、手のひらで何度何度かき分けても、その先へは辿り着けない。指の隙間からこぼれゆく雪、容赦なくすべてを呑みつくした白。悴むくちびるで呪文を唱えて、白へと放つけれどもやはり。ふわっ、と自らの周囲にゆるくきらめきが舞い上がるのみ。荘厳に輝く細氷のように舞い散った雪の粒、それが音もなく頬に落ちる。つめたい、と思う感覚はとうになくなっているのに、吐く息はわずかな熱を帯びてくちびるからこぼれる。どうして、自分だけがまだあたたかいのか。人も、建物も、動物も、わずかに実った作物も、暖を取るために起こした頼りなげな炎も。幸福そうな笑い声も、ささやかな諍いの喧噪も、無垢な泣き声も、恋人たちの睦言も。すべてすべて、このきらめきの下でつめたく凍えているのに。
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