シャツのボタンに手を掛ける。瞬間、何かがよぎった気がするが、アルコールに浸されたカインの脳みそではうまく捕まえられなかった。少しだけ考えて、結局、まあいいかと再び指を動かす。暑くて堪らなかった。
飲み会ではいつもそうだ。ふわふわして気持ちよくて楽しくて、体に纏わりつく服が鬱陶しくて暑くて。服を気にするより一緒にいる同僚との時間を大切にしたくて、いつも我慢が出来ずに脱いでしまう。そういえば、いい加減にしろと言われていたっけ。……誰に?
「痛っ」
シャツを脱ぎ捨てようとして、一瞬走った痛みに動きが止まる。カインが怪我をするのは珍しいことではなかったけれど、ここ最近は病院の世話になることもなかったはずだ。何かあったかと首を傾げて、痛んだ場所をそっと指でなぞる。少しだけ背中寄りの、肩のあたりだ。微かに痛みを感じて手を離す。
こんな場所を怪我していただろうかと考えても、思い当たる節がなかった。痛みの程度から考えても、恐らく無意識にひっかいてしまったとかそんな傷だろう。そう結論付けても、どうしてかこれ以上ボタンを外す気にはなれなかった。
気分でも悪いのかと声をかけてくる同僚に何でもないと笑顔を返すが、ますます心配そうな顔をされてしまった。
「本当に大丈夫か?無理しない方がいいと思うけど」
「いや、そういうわけではないんだが……」
不意に、小さな笑い声が聞こえた。
「この前壊した備品の値段教えてやったから、それだろ」
向かい側から聞こえた声に、途端に同僚の顔が緩む。またやったのかと笑いながら背中を叩かれても、カインに心当たりはなかった。適当なこと言わないでくれと抗議しようと顔を向けて、楽しそうに細くなったワインレッドの瞳と目が合って息が詰まる。
一瞬で酔いが醒めた。
飲み会の度に酔って服を脱ぎだすカインに、いい加減にしろと顔を顰めて。躾と称して好き勝手されて、最後には仕上げだと血が出るほど噛みつかれた。忘れたらどうなるかわかってるなという脅し文句付きで。全て、目の前のこの人にされたことだ。
慌ててシャツのボタンを元通りにして、つまらねえなと笑う顔を睨みつける。
何の話だと首を傾げる同僚に、ベッドの中のことだとは言えなくて、下手な言い訳をするしかなかった。