口に放り込まれた飴玉を転がした。今日は薄荷だ。この前は蜜柑だった。ありがとうとお礼を言ってブラッドリーの隣に腰を下ろす。これで何回目だったかと思い出そうとしたが、両手じゃ足りなさそうなのでやめておいた。代わりに、よく晴れた空を見上げる。
「今日は晴れてよかったな」
「ああ」
「散歩日和だから、今日はちょっと遠くまで行ってみたんだ」
知っているかと名前を出せば、今日の出前先がそのあたりだと返ってきてうれしくなる。そうなのかと答えて、それから話が自然と途切れた。初めて会った時でももっと話が出来ていたような気がするけれど、今はたぶんこれでいいのだと思う。
――ブラッドリーとばったりと顔を合わせると、飴玉を口に放り込まれるようになった。最初は驚いたし、その次には急すぎるからやめてくれと文句を言った。それでも変わらなかったので仕方なく受け入れた。……というのは建前で、本当は、飴玉を舐めている時にはブラッドリーが隣にいてくれることが分かったからだった。
偶然に頼らないと会えないわけじゃない。いつも忙しそうではあるけれど、あの店に行けばちゃんといる。一緒にご飯を食べたり、時々鍛錬に付き合ってもらったり。そういうことだってしているのに、どうしてか、カインにとってこの時間は特別だった。
とはいっても、話す内容はいつも些細な事だ。今日みたいに天気の話をしたり、おいしかったおやつの話をしたり。道ですれ違っただけの人と話すみたいな小さな内容で、だからこそ特別で。いつもよりゆったりとしたブラッドリーの声と、ほんの少しだけ触れている肩の温かさを感じてくすぐったくなる。
無意識に飴玉に歯を立てて、欠片が削れて慌てて力を抜いた。どうも癖を直すのは難しい。だけど、食べ終わってしまったらブラッドリーはいなくなってしまうから。ゆっくりと、少しでも長く味わえるように舌を動かす。
ふわりと風が吹いて、毛先を揺らした。ブラッドリーが顔を上げて、眉間に皺を寄せた。考えるような素振りをして、嫌そうに立ち上がる。反射的に着物の裾を掴んでしまった。だって、飴玉はまだ食べ終わってないのに。そう言おうとして、言葉を飲み込む。
飴玉がなくなるまで傍にいる約束なんてしてない。きっと偶然の積み重ねで、それを勝手に習慣にしてしまっているだけ。引き留める理由なんてない。きっと用事があるのだ。手を放さないと。
頭ではわかっているのに、指先が動かない。何かを探して記憶をひっくり返して、そうだと懐を探る。何となく目を引かれて買ってしまった金平糖があったはずだ。ヒースやシノへのお土産にすればいいかと思っていたのだが、別にブラッドリーに渡したって問題ない。
慌てて取り出した金平糖は、思っていたよりかわいらしい包みに入っていた。ブラッドリーは受け取ってくれないような気がして、それでも他に理由もなくてそっと差し出す。
「よかったら、これ食べてくれ。いつものお礼だ」
どきどきしながら答えを待つ。ブラッドリーがしたいことの邪魔はしたくない。でも、まだ時間があるならここにいてほしい。まだ大きい甘玉を、舌先でそっと転がした。
じっと金平糖の袋を見つめていたブラッドリーがおかしそうに笑い出す。どうしたのかと聞く前に、武骨な指先が揺れて風が吹いた。今更ながら、これは天狗の妖術だったのかもしれないと思い至る。ネロが出前を頼んでいたのかもしれない。やっぱり引き留めるべきじゃなかったのだ。反省して手を離す。
「すまない。出前があるなら行ってくれ」
「問題ねえよ」
そう言いながらまた隣に腰を下ろして、袋をひょいと持ち上げる。カインが買った店の名前を呟いて、ひとつ取り出して口の中に放り込んできた。驚いて思わず歯を立ててしまった。小さな金平糖はすぐに消えてなくなってしまう。何するんだと言おうとした口にまた同じように放り込まれて動きが止まる。あの時の、飴玉を食べさせられた時を思い出してしまう。
「よく味わって食えよ」
「……まだ飴があるから、わからないだろ」
それなら食べ終わってからにするかと告げられて、何だか頬が緩んでしまう。いいのかと聞いても何も言ってはくれないけれど、食いしん坊のブラッドリーが金平糖を食べようとはしないのだからきっとそれが答えなのだ。