「てめえに部下をつけてやるよ」
ほら、と赤茶の毛並みを指さされ、ブラッドリーは思わず顔を顰めた。出前だと呼び出されて顔を出した途端にこれだ。原因はわかっているが、だからこそげんなりする。振り向けば油揚げを口に含んで首を傾げる妖狐が見えてため息を吐いた。
「駄賃は終わってからじゃねえのか」
「迷惑料だからいいんだよ」
そもそもてめえが寄り道なんかしなきゃ、と続く小言を、手を振って打ち消した。
「そもそも、あいつに役目が務まると思ってんのかよ」
無能なわけでは無い。だが搦め手にすこぶる弱い。ブラッドリーの部下という名の目付け役には力不足だ。重石というなら十分だが残念ながら空を飛ぶには支障ない。機嫌よく揺れる尻尾を指させば、ネロが途端におかしな顔をした。もごもごと言い難そうに口を動かし、結局諦めたように言葉を飲み込む。いいから連れてけという当たり障りのない台詞に、カインがぱっと顔を上げた。慌てたように油揚げを飲み込んで駆け寄ってくる。
「もう行くのか?」
「ああ。頼んだぜ、カイン」
出前の品を差し出すネロの言葉に、恥じらうようにほんのりとカインの頬が染まる。何だと問う前に店を追い出され、目の前でぴしゃりと戸が閉められた。頭を掻き、背を向けた。ここで抵抗したところでまかないに野菜が増えるだけだ。カインを連れていればそれで構わないだろう。何をしたところで文句を言われる筋合いはない。行くぞと隣に目を向ける前に着物の裾を握られる。
何か覚悟を決めたような顔をして、カインがブラッドリーの名を呼んだ。頬の赤みは引くどころかひどくなっている。ごくりと喉仏が動くのが見え、そっと差し出された指先が手のひらに絡みついた。ほんのり汗ばんだ手に握りしめられる。
「その……こうしてて、いいか?」
潤んだ目が懇願するようにブラッドリーを見つめている。
「こうやって、ブラッドリーと歩いてみたかったんだ」
だめ? と首を傾げる妖狐にネロの狙いが見えて内心舌を打った。
カインを連れて空を飛べぬ程ブラッドリーは弱くない。だが、この手を無下にできないのもまた、真実だった。嘘を吐くのが不得手な男が、ネロに言われたくらいでこんな顔が出来るはずがないのを理解している。燃えるように熱い手のひらにため息を吐いた。
微かな吐息に何を勘違いしたのかカインの顔が不安げに曇る。
「……嫌、だったか?」
こんな子供みたいな事、とそっと離れていこうとする手を掴みなおして引き寄せる。ネロの企みに乗せられるのは気に食わないが、折角飛び込んできた獲物を易々と逃がしてやるつもりはなかった。
「忘れてるもんがあるだろって話だよ」
驚いたように丸くなる二色の瞳に笑って、無防備な口に触れてやった。軽く吸って解放すれば真っ赤な顔が現れる。いまの、と呟く声は普段では考えられないほど弱弱しい。指先が確かめるように自身の唇に触れ、雷が走ったかのように手を離す。戸惑うように揺れていた目が、そっとブラッドリーに向けられた。
「俺も、しないと、だめか?」
疑うことを知らない真っ直ぐな視線に笑いが止まらない。
「一つ大人になれて良かったじゃねえか」