キスの主導権が👔にある話「入間さん」
呼ばれた声に顔をあげる。同じソファに座って何気なくつけていたテレビをぼんやりと眺めていた恋人がいつのまにかこちらを向いていた。ああ、これはいつものやつだ。そう思って操作していたスマホをテーブルの上に置いて体を相手の方へ向けるとなんの迷いもなく唇が重なった。
すぐに離れていった唇の行き先は、追いかけなくてもすぐにわかった。瞼に一回、鼻先に一回、左手を掴まれて指先に、手の甲にと唇が触れていく。その最中、この行為を止めることは許されていない。
彼が満足するまで好きにさせてやらないと拗ねてしまうのも理由としてあるのだが、それ以上に彼からの珍しい積極的な触れ合いを無碍にできるほど非情ではないし、一連の行動から俺への好意が透けて見えるのも気に入っているからだ。
普段消極的な男の目に見える愛情表現は俺の心を十分に満たしてくれる。頻度としては少ないが、それすらも貴重な特別感のあるものに思えてしまうのだから不思議だ。
そんな風に考えていると、握られていた左手を控えめに引っ張られた。いつのまにか目を開けてこちらの様子を窺っていたからそろそろ許可が出る頃だな、と当たりをつける。

目が合って一回目のキスが、“おあずけ”が解禁される合図。
頰を両手で包まれてそっと唇同士が触れ合う。最初より少し長めのキスは、最後に小さなリップ音を響かせてから離れていく。少しだけ蕩けたように見える瞳に引き寄せられそうになるが、まだ完全に”おあずけ“が解除されたわけではない。辛抱強く待っていると名残惜しげに頰から離れた手をこちらに伸ばすから、愛おしいという感情が胸に込み上げる。

「いいよ」
俺を受け入れるために両腕を伸ばす様はいっそ健気だ。その中に身を寄せると腕を首に回されて、体ごと引き寄せられる。ソファの柔らかい部分に手をついて潰してしまわないように気をつけながら微かに開いたままの唇を奪ってキスを深くしていけば、それに応えるように首に回された腕に力が加わった。
角度を変えるために少しの間でも離れている時間がもったいなくて、弛緩してソファに沈み込んでいく体を支え、隙間などできないようにと密着する。
遠くで微かに聴こえるテレビの音を聴きながら、愛を確かめ合うようなその行為に、二人で没頭したのだった。