ワンライ『アイドル』「……ヴ、ヴォクんんっ!?」
信じられるだろうか。
チャイムが鳴って扉を開けたら、今テレビに映っている筈の男がいて、口を抑えられて不法侵入をされているこの状況を。
「俺を知ってるなら頼む。少し匿ってくれ。」
ヴォックス・アクマ。
巷で話題のアイドルユニット『Luxiem』のメンバーカラー紅、リーダーとされている男。
妖艶な雰囲気を纏うがLiveではエネルギッシュで繊細な歌声を放つ。
一番大人であるように見えるが、中身はティーンの子供のようにバラエティでは下ネタを放ち、笑いをとっている。
ああ、俺がここまで詳しいのはもう分かるだろう。
「お、このボード手作りか。中々良いセンスだな。特にこの配置、俺とミスタが推しか?」
「団扇まであるじゃないか、ライブに来たのか?」
「この間のライブのタオルじゃないか!なんで片方は未開封なんだ?飾ってくれれば良いじゃないか。」
「ちょっ、ちょっと落ち着かせてくれ!!」
こいつが全部説明したが、俺はアイドルオタク。
そう、俺は目の前に立つ男ヴォックス・アクマ担当なんだ。
そんな1オタクの目の前に?
担当が現れたらどうなる?
そう。
「ヴォクシー……が、目の前……というか、俺の部屋?お、俺は明日死ぬのか?それとも隕石にでも打たれるのか?そ、それとも……」
キャパオーバー。
「……そのヴォクシーって呼び方はなんだ?ファンがそう呼んでいるのか?」
「いや、これは、俺、が呼ん、でるだけで……」
近づく顔の美しさ、ましてや推しのだ。照れないわけがないだろう。
「あ、ちょっと……聞いてもいい、ですか?」
「君の家に無理やり入ったんだ、勿論。」
「何から逃げてるん、ですか?」
この状況が既に疑問だが、家に入ってきた時に発していた『匿ってくれ』という台詞に疑問を感じていた。
「あぁ、簡潔に言うと『パパラッチ』だ。彼奴ら蝿のように行く先々に現れるからな、おちおち性欲も晴らせん。男ならわかるだろ、この苦しみを。だからフラフラと歩き回って撒こうと思ったところに、君の部屋から俺たちの曲と男性の歓声が聞こえてきてな。少し利用させてもらったという訳だ。すまないな。」
「ぅ、ぉえ?せ、せいよ……?」
「ん?嗚呼お前俺担当だったか。……悪いがSNSと安い新聞記者にだけには漏らすなよ。」
情報を売るだの、そんな思考にすらならない。
担当から発された『性欲』の4文字に動揺どころか混乱した頭では、窓を開けて音楽に夢中になっていたことに気づけなかった。
話しかけられた言葉も耳に入らなかったほど。
「〜、〜〜。〜、という訳だ。了承してくれるな?」
「あ、あぁ。一旦分かった、分かったから。」
「よし、ならば電話を掛けてくる。」
颯爽と部屋を出て誰かへ電話をかけにいくヴォクシー。
やはりまだ現実か夢かあやふやで頭を抱える。
いつの間にか戻ってきていたのか、ヴォクシーは頭を垂れてため息をつく俺に目線を合わせるように屈んでいた。
「と、言う訳だ。よろしく、ファルガー。」
「……え?何がだ?」
「お前が了承しただろ。パパラッチが勘違いするよう、『親戚の家で面倒を見ている設定』で俺が数日この家に泊まること。」
「嘘だろ?!」
「マネージャーには話を通してある。改めて、よろしくな。」
こうしてトップアイドルとごく平凡なオタクの奇妙な同居生活が始まった。