甘えたな君と珍しいことに目覚ましがなる前に瞼が開いて、いつものもう一度目を閉じて眠りに戻りたいという気分もない。
何回か見たことのある天井を見て今の状況を改めて把握する。
そうだ、昨日はヴォックスとサシで飲んでそのまま二人で寝てしまったのだ。
隣を見るといつもは自分より早く起きて朝食なりコーヒーなり紅茶なりを忙しなく準備するコイツが警戒心の欠片もなく寝ている。
相変わらず顔は整っているなぁと寝顔を眺めて、たまには俺が淹れてやるかという気分になった。
ベッドのスプリングに手を埋めて、ゆっくり立ち上がった瞬間何かに服を引っ張られる感覚。
「……どこ行くんだ」
「お、まえ。起きてたのか?今日は気分がいいからお前はまだ寝てていいぞ」
「んー、起きてたんじゃなくて今起きた。」
そういうと俺の手をとって唇を押し当てリップ音をたてる。
そんな映画でも中々見ないキザな行動が似合ってしまうそいつに、どうしようもなくて顔を逸らす。
「で?俺はどこ行くんだって聞いてるんだ。」
「……朝からキザなやつ。」
「へへっ、これはこれで好きだろう?で、早く答えろ。」
「お前のあほ面が見れて気分がいいから飲み物ぐらい淹れてやろうと思ったんだ、何かリクエストは?」
そんな凝ったものは入れられないがコーヒーと紅茶の好みぐらいは分かる。自分はどうしようかと考えていたら、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「いらない。」
「え、いいのか?」
絶対に朝の1杯は欠かさない彼がいったいどのような心境の変化だろうと思った矢先、
「だってここにそれ以上に美味そうなやつがいるだろ?」
「ちょ、うおあっ!、」
そのままベッドに引き込まれ、ヴォックスを押し倒す体勢になる。自分の方が上にいるはずなのに目を合わせると自分の方が見透かされているような、妙な感覚になるこの体制が俺は嫌いだった。
「お前何すんだ」
「あまりキャンキャン吠えるな。頭に響く。」
「昨日あんなに飲むからだバーカ。」
本当にまだ頭痛がするのだろう、気だるげで、いつもより低くカサついた声がそれを如実に表していた。
ヴォックスが大儀そうにこちらへ手を伸ばすので、反射で身体を近づけると俺の首に手を回してきた。
その腕の力でヴォックスの身体の上にぺしゃん、と自分の身体が落ちて、自然と腕の中に包まれる。
「悪かったな、朝まで待たせて。」
「……しないぞ。」
こいつはまだ昨日の余韻が残っているのだろうか。それともまだ夢心地なのか。
拒む俺を丸め込もうと顔を寄せてくるので、指で唇を抑えてやる。
「んむ」
「その手には乗らない。」
「さすがに分かって来たか。」
「そう同じ手を何度も食らってたまるか。」
性懲りも無く、次は手が地肌を意味ありげに軽く撫で始めたので、手首を掴んで止める。
もうこいつ、油断ならない。
「そこまですんなら、ちゃんと言ってみろよ」
今度は自分から顔を近づけてやると一瞬目を見開かれる月のような瞳。
そのまま形のいい耳に口元を寄せる。
「『俺が、欲しい』って」
それを聞いた瞬間に、唾液を飲み下す音と共にぐるん、と回る視界。
いつ間にか自分を濡れ羽色の長髪が檻のように囲っていて、そのしなやかな裸体が視界を占める。
「欲しい、お前が欲しいよ、ファル。」
「はは、よく出来ました。」
俺がそう言い終わった刹那奪うように口を重ねられる。
お互いから少し漏れる吐息がたまらなく色っぽい。
「ん……」
「っは、昨日結局なにもしなかったからな、寂しくなったか?」
「……そうかもしれないな」
体全体にだるさを感じているのかいつもよりも言葉が少なく、甘えるような言動が多いヴォックスは新鮮で、つい頭を撫でてしまう。
こんな愛おしい感情を抱くことになるなんて思わなかった。
「ほら、気が済んだら起きるぞ。とにかくなにか腹に入れろ。」
そういって纏わり付くヴォックスから離れようとすると
「いやだ」
「っ!」
顎をグイッと掴まれて、その寝起きのとろり、とした視線が絡む。
「足りない」
チュと軽く奪われる唇。
「もっと」
「!?」
久しぶりにこんなに甘えたになったヴォックスを見た。
いや、本当に珍しい。
ねだるような、拗ねるようなそれに思わず何も言葉が出なくなる。
だがそれに追い撃ちをかけるように囁かれる。
「混ざって、一つになるくらいくっついて、ドロドロになるくらいまで……」
なぁ、いいだろ?ファル。
何度も呼ばれるその愛称と、まるで迷子になった子供のような顔から発せられる低く掠れたその声、それら全てがどうにも慣れないそれで。
せいぜい俺は目の前のやつの首に腕を回すぐらいしか出来なかった。