ラのモデルパロ。🦁視点 ルカはたまたま見ていたyoutubeに目を奪われた。
パリで行われたファッションショーを動画で見ていた。
駆け出しのモデルのルカは勉強を兼ねて様々なショーを見ていたのだ。いつか自分もランウェイで歩いてみたいと瞳を輝かせながら、パソコンの画面を眺めている。
「POOOG! オレも早く歩いてみたいな」
憧れを口にして、部屋の中で動画を真似て歩いてみる。
鏡に映った自分の姿はどう見てもただの元気な青年で、画面の中のモデルたちとは似ても似つかない。ルカはがくりと肩を落とした。
諦めてパソコンの前にもどると、聞いたことがないブランドの動画が急上昇に上がってくる。ルカは興味本位で再生してみることにした。
軽快な音楽と共にショーの動画が始まる。
ルカはワクワクしながら動画を見ていたけれど、徐々にそれは落胆の色に変わり始める。
よく言えば平均的、悪く言えばありきたりで面白みのないショーだった。急上昇してくるくらいだからなにか目新しいことでもしているのかと期待していただけに、落胆を通り越し白けてしまい頬杖をついて行儀悪くそのショーを見ていた。
中盤に差し掛かり、ボトルの水が空になったことに気が付いたルカは新しいものを用意しようと立ち上がった瞬間、歓声が聞こえてきた。
「え?」
ショーの最中に歓声が起こることなどまずない。慌てて画面を見れば一人のモデルが歩いていた。
しかし、その表情は暗く、足取りは酷く重い。先ほどまでの軽快な音楽がなりを潜め、雨音だけがスピーカーから流れてくる。
片手に持った傘がより、陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
それなのに、どうしてかそのモデルから目が離せなかった。
「ぁ、」
モデルがランウェイの端まで来た時、雨音は止み照明が明るくなった。傘を下ろし、雨の上がった街もセットの中を歩き出すそのモデルの顔は無表情にもかかわらず晴れやかに見える。
スポットライトが当たる度に、虹色に輝くウェアはルカの目を惹きつけて離さなかった。
「すごい……」
服を着て歩くだけのモデルなんて、動くマネキンと変わらないと言ったのはつい最近、共に仕事をしたカメラマンだ。その男がこの動画を見たらなんというだろうか、歩くだけでその背景まで表現し、服の美しさを最大限まで引き出すこのモデルを見て何を思うだろうか!
ルカはすぐさまそのモデルについて調べた。
闇ノシュウ。それが彼のモデルの名前だった。年齢は非公開だったけれど、きっとルカとそう変わらないだろう。
正直尊敬できる先輩はこれまでもたくさんいたけれど、こんなにも焦がれ、胸をときめかせるような憧れを抱くのは初めてだった。
ルカはドキドキと早鐘を打つ自身の胸元を握りしめ、歓喜に震えた。
それ以来、ルカはシュウのようなモデルになるのだと事あるごとに言って回り、その頭角を現していった。
それから二年の歳月が過ぎた。
「ルカ、お前には無理だ。お前はそんなキャラクターじゃないだろう?」
事務所の社長に呼び出され、出向いた先でそんなことを言われた。
「でもオレは挑戦してみたいんだ。絶対にうまくいくと思うし、レッスンだってきちんとこなしてるよ」
「だが、あのブランドはお前の雰囲気に合わないだろう。自分の持ち味を殺してまで挑戦するほど意味があるものなのか」
社長が投げ捨てた書類には、ファッションウィークの常連で名前を知らぬものはいないと言われている有名ブランドの名前が書かれていた。
ルカはそれを拾って、悔しそうに顔を歪める。
確かに長い歴史があり、クラシカルな雰囲気を求められるブランドではあったけれど、挑戦するくらい、いいじゃないか、と無言で社長を睨みつけ抗議をする。ルカだってわかっているのだ。
自分のモデルとしてのキャラクターがブランドにそぐわないことくらい、自分自身が一番わかっていた。けれど、それでも挑戦したいと思ったのは闇ノシュウがオーディションに参加すると聞いたからだ。
きっといい勉強にもなるし、なにより、憧れの先輩へ少しでも近づけるならとルカはオーディションを受けると言ったのに現実はこうだ。
上手くいかない自分の不器用さが嫌になる。
「ルカ、諦めろ」
「いやだ、オレはやる。三日! 三日ちょうだい! それでオレのウォーキングを見て判断してよ!」
半ば絶叫だった。ルカの瞳は研ぎ澄まされ、喉元にナイフを突き立てられているかのような錯覚を覚え、ソファーに座る男は言葉を発せずにいた。
「絶対、認めさせるから。オレのウォーキング見てから決めて」
そう言ってルカは事務所を去っていった。
威圧感が消えた後、社長と呼ばれていた男は自分が震えていることに気がついた。もしかするととんでもない獣を目覚めさせてしまったのかもしれないと、数日の間悪夢に魘されることになるとはこの時は思いもしなかったけれど。
「ダメだルカ。それはかわいらしい子犬のような雰囲気だぞ! 君が目指すのはもっと落ち着いた大人の男だ」
「UNPOG~! これもダメ?」
ルカは流れる汗をそのままに、講師に向き直る。
モデルとしてデビューしてから共に歩んできた男は黙って首を横に振った。
社長に呼び出されてからすぐに練習室へ駈け込んだルカは、仕事の合間を縫って回せる時間を全てウォーキングのレッスンへ回していた。
けれど、どれほど音楽を変え、歩き方を変えてもルカの持つ本来の天真爛漫さが顔を出し、ルカ・カネシロらしいウォーキングへ変わってしまう。
ルカの持つ強烈な個性は、いっそギフテッドと言ってもいいほどに彼のキャラクター性を表現していた。
「もうこれ以上なにも浮かばないよ~!!」
「奇遇だな。俺もだよ」
講師と顔を突き合わせ、ルカが弱音を吐く。
どれほどクラシカルなウォーキングをさせても、ルカの雰囲気が全てを凌駕して講師も首を横に振るしかなかったのだ。
完全に八方ふさがりで、顔なじみの講師も諦めの色が滲んでいた。
「もういっそ映画の俳優でも真似てみたらいいんじゃないか? 得意だろ、人のモノマネ」
やけくそ気味に呟かれたその言葉は、ルカにとって天啓のようなものだった。
ウォーキングのスタイルは全て試してみたけれど、役に成りきるというのは初めての試みだ。ルカは講師の手を握り、ぶんぶん振り回しながら感謝の言葉を告げ、嵐のようにレッスン室を去っていった。
急いで帰宅したルカは早速インターネットで、理想とする人物が登場しそうな映画を調べた。
(強くて、やさしくて、かっこいい大人の男! マフィアボス!? これだ!)
探し出した映画は随分と古いもので、ルカは俳優の名前さえ知らなかった。けれど、映画を観終わるころには涙を流し、マフィアのボスという役柄に感情移入をしていた。
その感情の火が消えぬうちにと、ルカは鏡の前に立つ。
「姿勢を正して、違う、ボスはもっと自信に溢れてた……、こんな感じ? 表情は……」
鏡の前であれこれと試行錯誤する。眼光が研ぎ澄まされていく、自身の中に別の誰かが生まれていくようだった。
それは期日ギリギリの朝まで続き、気が付けばすっかり日が昇っていた。
それは普段の自分とは違う全く別の新しいルカ・カネシロが生まれ落ちた瞬間でもあった。
「これなら、きっと……」
徹夜でぼろぼろだったけれど、ルカは満足げに微笑み荷物を引っ掴んで自宅を後にした。
レッスン室には社長を始め、ウォーキングの講師やルカのマネージャーが集まっていた。
ルカは深呼吸をして、昨年のコレクションで使われた曲の耳を傾ける。
そうして一人の男の人生を想像する。生まれ落ちて、どんな人生を歩んだ?
想像した男の人生を自分のものとして受け入れていく。目を開いたルカが、いつもの天真爛漫なルカではないことがすぐにわかった。
マネージャーがあれは誰、と言ったのが聞こえたけれどそれに答えられるものはこの場にはいない。
「始めてもいい?」
「あ、あぁ、始めてくれ」
社長の声を合図にルカは歩き始める。一歩踏み出したその瞬間に空気が変わる。
そこに居るのはルカであり、全く知らない別の人間だ。威圧感をもって、ぎらついた瞳で真っすぐに前を見るあの男は裏社会で生きてきた男の表情だった。
「すごい……」
重々しいウォーキングは、徐々に重苦しいだけではなく成熟した大人の男の落ち着きに変わっていった。静かでありながら、溢れる情熱と獰猛な獣を身の内に飼う大人の男だ。
ポーズを決め、ターンをして帰っていくその姿をもっと見たいと思った。
三人がそれぞれ、身を乗り出し息を飲んで見守る中ルカは歩き切り、振り返りいつもの大型犬のような笑顔で笑う。
「どう!? すごくPOGじゃない!?」
褒めてとでも言うかのような表情で問うけれど、誰もその問いに答えられなかった。
ぽかんと口を開けて固まっている三人に、不安になったルカがどうかしたのかと問う。その言葉にはっとした講師が駆け寄ってくる。
「ルカ!! なんだ今のは!? すごいじゃないか!!」
興奮気味にルカの肩を揺さぶり、マネージャーも社長も同意するかのように首を縦に振っている。
未だ言葉を発せずにいる社長とマネージャーを見て、嬉しそうに笑った。
そうしてルカは社長を見つめた。それはGOサインを待つことを意味していることなど用意に察せられた。
「……わかったよ。やれるところまでやってきなさい」
「ありがとう! 大好きだよ社長!!」
「うわっ! やめろルカ、重たい!!」
社長の言葉に感極まったルカは、熱烈なハグをしてぎゅうぎゅうと男を抱きしめた。一七八センチの成人男性の渾身のハグに、社長が悲鳴を上げたのは言うまでもない。
事務所のお墨付きをもらって挑んだオーディションで、見事に審査を通過したルカが憧れの闇ノシュウと共にランウェイを歩くことになるとはこの時、まだ誰も知らない。
けれど、確かな手ごたえと自身の可能性を信じるルカの輝きが世界に知られることは明らかだった。
期待に胸を膨らませるルカはなによりも美しく、誰よりも輝いていた。
今回のオーディションはルカの挑戦でもあり、大きな成長への一歩だった。
誰もが目を奪われるトップモデルのルカ・カネシロの産声は確かにこの時、世界に響いたのだった。