雨が夜更け過ぎにクリスマスの朝がこんなに恥ずかしいものだとは思わなかった。
忘年会の嵐も収まりつつある、どちらかといえば年末特別警戒の方に気を取られる年の末、接待相手の官僚やらなにやらたちはほとんどが家族サービスでこの日を潰す。
酒の席での醜態をさらしてやりたいな、と鼻歌すら歌いそうになるくらいの転身ぶりは唾を吐いてかけてやりたいくらいのものだが、鬱陶しさは一つでも少ない方が良く俺は接待のない夜を素直に喜んだ。
だから大抵のクリスマスの朝は、イブから一緒の女が同じベッドに居る。
ある女が俺が起きるより早くベッドから出て、昨日から塗ったまま洗わないままの顔をリセットして塗装し直し、それから俺の腕の中に戻ってきていると知った朝はそのいじらしさに不覚にも朝から一戦…と求めてしまった。けどそんなのももう遠い昔の話だ。
年齢が上がれば付き合う女の年齢も上がる。もしくは虎視眈々と俺の肩書に座ろうとしている若い女、イブに共に過ごす女は二極化していった。
この女たちもやはり顔面を塗り直して朝の俺を迎え、俺が前日に着ていたシャツやらニットやらを「借りちゃった」なんて言いながら勝手に着て俺の元に頼んでも居ないコーヒーを持ってくる。
この女たちは俺が「なんで他人が前日に一日中着てた服を寝起きに着る?」とか、「ベッドに飲食物持ってくるなや」とか思っているとは露ほども考えやしないのだろう。
けど俺はその格好に「興奮した」と返し、コーヒーには「寝起きはこれだよな」と返す。だってこの後すぐ彼女らとは別れるのだから。
別にこちらからメリークリスマスのヤリ捨てをしようというわけではない。そもそもイブの夜だってこちらは仕事終わりからのディナーで、クリスマス当日だって出番が遅いだけで普通に仕事が入っている。
俺が付き合う女はみな感情的な女が多かったのか、クリスマスが別に休暇中ではないことを事前に伝えていても「お仕事行っちゃうの?」どゴネられる事が多々あった。
そこで都度、いや、普通に仕事だっていっとったやろ…とげんなりするのだ。女に引き留められて休むような姿勢でどこの出世街道に乗れるというのだ。
仕事に行くし、シャワーも浴び直したいし、香水も替えのスーツも、新しいシャツも家だし、とは伏せて国を守る仕事であることを改めてアピールしようが聞き分けのないこと。
稀に物分かりのいい女もいたが、結局はそのうちにご破算となる。二十台半ばも過ぎると焦るのだろうな、見込みありの次を探すのだろうなと冷めた目で破局のお知らせを眺めるのがクリスマス後の俺の風物詩だった。
――――クリスマスの朝が、こんなに恥ずかしい物だとは。
ホテルでも自宅でもないベッドの上で目が覚めた時、隣には誰も居なかった。まだうっすらとぬくもりは残っているがその人が脱ぎ捨てたはずのあれこれはもうどこにも残っていない。
起き上がろうとして腹筋に力を入れればよくない場所が疼いて、俺は仰向けから起きるのをやめて赤ん坊が寝返りを打つみたいに重力に任せて体を転がした。
ベッドの端の冷えたシーツが心地よい。だらりとベッドの縁から下に腕を垂らしてそこで触れた布を引っ張り上げる。
ポケットの中の携帯を開くと同僚からの不在がいくらかと、今の時間が午前九時であることを確認した。
…九時!?
極力腹に力を入れないように腕を立てて置きあがる。尻に体重を掛けるのはやめておきたかったがそうも言っていられない。
よたよたと立ち上がって下着を探す。ない、見当たらない。思わず裸のままで立ち尽くした。
「何だ、まだそんな体力があったのか」
昇り切った太陽に向かって全裸を晒していると背後から声を掛けられた。恐る恐る振り向くと俺の脱いだ下着を指にひっかけて「これか?」とこちらに見せながらコーヒー片手に棟耶さんが立っていた。
「あ…お、おはようございます…」
「おはよう」
棟耶さんは俺の下着を指先でくるくると回して遊んだ後にぽいと床に投げた。俺がそれを拾おうと屈むとスリッパのつま先がトントンと床を叩き、何かと顔を上げた視線の先で動く指先を目で追った。
「新しい物を履け。良い朝なんだから。」
指された先の引き出しを開けると新しい下着が入っていた。普通にありがたいな、と厚意に甘えて開封する。
「置きあがれるならこっちで先に白湯を飲め。喉が枯れている。」
棟耶さんは踵を返してリビングの方へ出ていく。裸で一晩過ごした間柄であってもフルチンから下着に足を通す所はなぜだか服を脱ぐところを見られるよりも気恥ずかしいので助かった。
「ありがとうございます、すぐに行きます」
投げて寄こされたバスローブもありがたく受け取り、棟耶さんがドアを閉めたのを見計らってぴらりと下着を広げた。
「ああ」
ドアの外からうっすらと聞こえた声に飛びあがりそうになった。手の中に強く握り込んだ下着は手品みたいにハンカチに変わってくれやしない。
「うちにはそれ以外お前の尻が入る下着はないからな」
静かな足音が遠ざかってゆく。きつく握った自分の手のひらの中、小指のあたりからはレースがはみ出ている。形はボクサーパンツでも、これで何を守れるって言うんだ。
―――いや、これを着て今日一日過ごせって!?
俺は棟耶さんにプレゼントされた、今日着る予定を立てられたセットアップの上着の丈が一般的な物であることを思い返し、「いつもの丈を着たい」と頭を抱えるのだった。