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    ヒロ・ポン

    支部ないです。ここに全部ある。

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    ヒロ・ポン

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    バニーになって潜入中の梶とどう見てもカタギじゃない男です

    バニー♥秘密クラブよ~し、仕込み頑張っちゃうぞ~!とばくさんから受け取った詳細の書面を見て僕は硬直した。
    「おねがい!!」と言われてしまえば「
    はい!!」と居酒屋よろしくの返事をしてしまう。
    別に暴力が前提とか、バレたら一発アウト、みたいな危険な場所ではない。けど、けど―――

    「いらっしゃいませー!」
    「カジくん、ここは居酒屋じゃないからね」
    男・梶隆臣。まだまだ若いが30歳もそろそろ見えて来たという歳で、今は頭からうさ耳を生やして賃金を貰っている。
    磨き上げられた銀のお盆にナッツやらなにやらともう片方の手にビールジョッキを持ってたら居酒屋みたいにもなるでしょ、とは思うが、ここはそういう店じゃない。

    「君みたいな普通の子も案外ウケるんだよ。ここって時給いいから、金に困ってる子ってだけで気に入る人もいるしさ」
    ばくさんに指示された事柄を暗記して、指定された通りの場所に行って、面接を受けると即日から研修となった。
    働いて数日、特にトラブルは起きていない。

    飲食店では働いた事があったし、制服も別に女物みたいにハイレグではない、ヒールがある靴に馴れないが、こういう不慣れな様を喜ぶ客もいるのだそうだ。

    実際に働いてみてばくさんやマルコでは無理だと言われたのもよく分かった。
    マルコには向かない裏方の細かい業務も山ほどあるし、席に呼ばれて座ればそこそこの教養も要求された。
    新聞を読むくらいはしてますよお~と言って会話に入っていくが、いいスーツを着た客の男たちは僕を下に下に見てやや入り組んだ話をしてくる。
    僕はいまここでは、義務教育の大半を寝て過ごしていた学のないガキ、若さだけしか持っていない現在進行形のお馬鹿さん。
    ここは時給がいいから働いている。
    半分はまあその通りだったが、ばくさんに叩き込まれた教養くらいはあるので客たちが「どうせわからないでしょ」の感じで話す内容もばっちり理解している。
    仕込みの仕込みとして見た「実録!お水の花道!」みたいな密着番組や、ばくさんに連れて行ってもらった夜のお店で見た挙動をわざとらしくならない程度に実践していく。
    相手の顔や声の調子、出始めた癖を観ながら次の手を決めるのは簡単なことだった。
    気をよくした客がテーブルに置いていたチップの束から何枚かを無造作に分け、僕の手を手で包みながらそれを渡してくる。
    「これとっていて。まだまだここで働くでしょ?また呼ぶからさ」
    店の中でのみ使えるチップ紙幣の間に、日本銀行券がちらりと見える。
    「ありがとうございます。入ったばかりですし、もっとお勉強させてくださいね」
    僕はその手に手を重ねて軽く握る。いきなり胸元に突っ込まなかったこの客はなかなか綺麗に遊んでくれそうで、僕は受け取ったチップを自分で自分の胸元に挿して客に見せつけた。

    これでよかっただろうか?金を巻き上げるのが目的ではないが、店と客に馴染むというのは大事なのでやってみた。今になってやや恥ずかしい。
    店の中央ではしなやかな筋肉のダンサーがポールに絡みながら客席に投げキッスをしている。
    一応、あっちの研修もやったけど、僕には向いていなかった。
    マルコをあっちに配置したらよかったのでは?と思う。きっと人気者になっただろう。

    インカムで客が帰ったボックス席のナンバーを指示され、テーブルの上のグラスやら皿をまとめて盆に載せる。
    ここだけやってると本当に居酒屋でバイトしているような気分になる。

    盆を回収に来てくれた他のバニーからふきんを受け取り、落とし物や忘れ物が無いかを目視確認して、ガラステーブルに傷などないのを確認して立ち上がる。
    ボックス席は壁面についている。だから、カウンターに戻るには振り向かないといけない。
    のに、振り向けない。
    視界に入らない僕の背後ぴったりに何か、分厚くて重たい気配を感じる。壁、そう、なんか、ぬりかべみたいな…
    ぬりかべだったらいいな…結構かわいいし…

    「おう、バニーちゃん。響の17年ボトルでもらおか」

    ああ、無情。かわいいぬりかべなどではなかった。
    ぬりかべは妖怪だから響を年数指定でオーダーしたりなんかしない。
    いつメニューを見たんだ?この店の中でも高い方のボトルを抜いてきやがって、バックの20%ってくらだっけ、などが頭の中を駆け巡る。
    「きゃ、きゃどくらしゃ…」
    「おん?ボックス空いとるなら座らせてもらうわ。まだウサギさん捕まえとらんからねえ、お兄さんにお膝乗ってもらおっかな~」
    ここは性風俗店ではないぞ!まあ裏でそういうのやってる奴を引っこ抜くために仕込みでやってるんですけど!とは言えず、
    乾いた笑いを浮かべたまま座席に座ってもらう。
    先輩バニーが僕らのいるテーブルが清掃したばかりで何も置かれていないのに気づき、
    身動きできない僕の代わりにボトルにグラスのセットを添えて持ってきてくれる。
    申し訳なさで会釈するとインカムに「やったじゃん!がんばれ~!」と屈託のない音声が飛んでくる。
    本当に善意で言ってくれているから尚しんどい。
    「ウサギさんはァ、お名前なんてェのかのォ?」
    「…か、かじバニーで~す…」
    「かじクンかあ、門倉さんで~すよろしく」
    弐ッと笑う顔が本当に怖い。
    初手から羽振りがよく、行儀がよく、顔も良い門倉さんにバニーたちの視線がめちゃくちゃに注がれている。
    人気ナンバー1のバニーの子ですら見ている。
    これで僕の居心地が悪くなったらどうしてくれるんだ!?明日もオープンからラストまでシフトなんだぞ!?

    煙草経由で呼吸してるんだろうか、もう既に一本灰にしかけているのを見てサっと灰皿を差し出す。
    普通は、金を持っている客は何人かバニーを呼び侍らせて遊ぶのに、6人入るボックス席に二人で居るのは本当にキツい。
    注文を取りに来たバニーが門倉さんのオーダーを聞くが、「正座したい」の気持ちでいっぱいの僕の耳には文字の羅列としてすら入ってこない。
    プライベートで来ているのだろう、賭郎のとは違うスーツで来ているが、派手なものではないが、どう見てもその筋の人にしか見えない。
    副業で風俗店を10店舗くらい持ってそうな風格がある。
    運ばれてきた酒を奨められ、自分は水割りで失礼する。こんなものをノールックで頼むな。
    それから何を話すわけでもなく、セクハラをされるわけでもなく、二人で並んで座ってショーを眺める拷問のような時間が続いた。
    もういっそハッスルタイムよ来てくれ、と祈っていたらステージの中央でベルが鳴った。
    ―――バケツだ!
    咄嗟立ち上がろうとする僕を門倉さんが尻尾を掴んで座らせる。
    おさわりはまだダメなんですけどとも言えない。
    店内が一気に色めき立つ。
    バケツ、とにかく金額が大きなオーダーが入ったのだ。
    一応、いろんな物への建前で現金そのものではなく現金を店内専用通貨に交換して、それをチップとしてバニーに渡すシステムになっている。
    今、どこかのテーブルでバケツ一杯の換金が入った。金額は千や万ではない。
    ステージにいたダンサーがピンク色のバケツを持ち、ステージから降りる。どこのテーブルだろう。
    さっきのお客さんが一番お金を持っていた人はずだけど、もう帰ったし…とそれとなく場内を見ていると、
    不意に耳にインカムからの音声が刺さる。手の脚の先から血の気が引いた。

    バニーちゃん数名を引き連れて歩いていたダンサーのバニーがバケツをどすんとテーブルに置いた。
    門倉さんはそこから無造作にチップを掴むと、「ここにちょうだい♥」と開けられていたバニーたちの胸元にどんどん突っ込んでいく。
    正直引いていると、もう一段階引くようなものが目に入った。
    嘘だろ、と目を剥く。バケツがもう一個来た。
    終わった―――何がと言うのはないが、とにかく、終わった――
    門倉さんは新しいバケツからもチップを掴んでトントンと揃え、ごつい束になったそれを無言で僕に向ける。
    僕にはもう、自分の手で胸元をそっと広げて門倉さんの手を待つしか許されていない。

    遠くのカウンターに見えるオーナーが、「よかったじゃん!」と笑顔でピースサインを飛ばしてきた。
    今すぐ腹痛とかで帰りたかった。
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    トーナ

    MOURNING一度は書いてみたかった門梶♀信号が赤から青に切り替わったのを機に、止めていたハンドルを動かす。時刻はすでに終電を迎える頃だった。遅くまでかかった残業を思うとはらわたが煮え繰り返る。同僚の立会人のせいで事後処理が遅れたのだ。必ず、この恨みは後日に晴らすとして。
    『門倉さん?』
    「聞こえていますよ。大丈夫です」
    『なんだか、機嫌悪くないですか?』
    「そりゃあ、どっかのバカのせいで仕事する羽目になりましたからね。せっかくの半休が台無しです」
    スピーカーホンにしたスマホから漏れる彼女のの乾いた笑い声がした。おそらく梶の脳裏には急務の報せを受けて凶相になった私を思い浮かべたかもしれない。
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    「梶、眠くないん?」
    『んん…、もう少しだけ』
    「また薄着のままでいたら、あかんよ」
    『でも、かどくらさんとはなして、いたい…』
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    「明日、無理やり休みもぎ取ったから、い 1173