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    ヒロ・ポン

    支部ないです。ここに全部ある。

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    ヒロ・ポン

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    産卵する梶の続きです(伽羅貘と貘さんの産卵を含みます)

    孵卵器の中の雛ごろ、と僕の腹の中で異物が動く。カレンダーを見ればちょうどそんな時期だった。通りで食欲が止まらないわけだ。
    「、う…は~…ごめん、もうちょい、」
    「汗拭きますね」
    肩に込められた握る手の力でほんとうにもうすぐだと悟る。貘さんは正座して座る僕の肩に腕を預けてその前にしゃがみこんでバスタオルの上に力む。
    背中を撫でさすると貘さんは一度深呼吸をして僕にもっと強く抱き着いて来た。
    貘さんの産卵に立ち会うのはこれで数回目だけど、その度にこの格好になってその度に申し訳なくなる。
    僕がこうするよりも前にこの人を支えていた存在を思えば僕の肩じゃ、背中じゃ、頼りないだろうなって。

    「う゛…っ」
    「頑張って、もう少しです、頑張って…!」
    「あっ…ッ」
    どっ、と落下に音を立てて卵が出た。割れている様子もなく血もついていない。
    ぐらりとした体重をかける場所を変えた貘さんに慌てて肩をまた貸す。脚の間から素早く卵を回収して、僕のと比べるとやや小ぶりなそれをサイドボードに控えていてた籠に避難させた。
    「う~…ありがと…あーしんどい…」
    「今日も無事生まれましたよ!よかったです」
    倒れこんでくる貘さんにそのまま押し倒される格好になる。汗だくで起き上がれもしないくらい疲れている貘さんに、すごくよくわかりますという意を込めてされるがままになる。
    「なんかどうしても声出るよね…マーくん起きてない?」
    「物音はしなかったですけど…動けるようになったらお風呂行きましょう、このままタオル巻いちゃってください」
    「ん、ありがと梶ちゃん」
    ベッドにこれでもかと敷いたタオルから一枚を剥がし貘さんの腰に巻く。垂れてくるローションを拭っていた貘さんもされるがままになってくれた。

    「梶ちゃんもそろそろじゃない?前ほら、結構難産だったから気を付けないとね」
    貘はサイドボードの卵横に立っているカレンダーを指す。
    「同時に産気づいたらどうしようね」なんて笑っていたのが数日前、今日の朝産卵直前の痛みに青い顔をして梶に介助を求めて来た貘がまず発したのも「俺、先にごめんね」だった。
    「そうなんですよね、同時じゃなくてよかったですよほんと」
    「まだマーくんには早いしね…めちゃくちゃ応援してくれそうではあるけど」
    筋肉質ながら細い身体をシーツから起こし、先にベッドから降りた梶に抱えられるようにして立ち上がる。
    「外で産んできた時ビックリしたけどね、まあ適当なホテルにすぐ入れてよかったじゃん」

    ドキ、と心臓が一瞬締まった。肩を貸して歩く格好だから心臓にどうかそんなに早く脈打たないでくれと内心で悲鳴をあげた。
    「はは…でも出てくる時は結構あっけなかった…で、すよ」
    「ほんと?一人でって聞いたからさ。持って帰ってこなかったから割れちゃったかと思ったし」
    「あー、ほら、こないだロッキー見たじゃないですか。割れ物持って歩きたくなかったからそのまま食べちゃいました」
    「うっそ?あれさあ、海外の卵で生をそのまま飲むのはヤバイよねえ。梶ちゃんのもあれか、生みたての国産卵ってことになるのか一応」
    「海外でも生みたてならいけるんじゃないですか?でもやっぱ火を通した方がいいですって」
    逸れてくれた話題にホっと胸をなでおろす。じゃあここまでで、と貘を浴室に送り出し、何かあった時に気づけるように脱衣場の前に椅子を置いて腰かけた。

    ずし、と重さで存在を訴えてくる胎内のそれを恨めしく思う。
    梶と貘は奇しくも同じ体質であり、たまたまこの苦しみを共有できた。けどそれでも産むのは自分で、苦しむのも自分なんだよなと今日また再確認した。
    それでも誰かとそれを共有できたり打ち明けたりという事を経て得られた心の安寧は大きく、貘とはお互いに介助し合う仲にもなれた。
    携帯でまたカレンダーを確認し、腹の重さを認め、どうしてもため息が出た。月に一度かもう少し開いた感覚かで訪れるのだから憂鬱以外の何でもない。
    精通が来るより前から付き合いのあるこの体質とはもう十年来の付き合いだった。それでも、慣れるかどうかと嫌と思うかどうかは別物だ。
    今回はどのタイミングで来るのだろうか、とまた腹を撫でたところで先ほどの動悸がぶり返した。
    見下ろした自分の腹に触れたあの手を不意に思い出してしまった。いつもは白い手袋に包まれたあの大きな手がこの肌に触れた日の事を。
    赤い舌が待ち受ける大きな口に意味のない塊がずるりと落ちていくのを。それを飲み込む白い喉を。今目の前で投影でもされているかのように生々しく思い出してしまった。

    「カジ、どした?貘にいちゃんおふろ?」
    ぼんやりと座っていたところに声を掛けられて先ほどとは別の意味合いでどきりとした。枕を小脇に寝乱れたままでマルコがぺたぺたと歩いて来ていた事にまったく気が付かなかった。
    「ん、貘さん寝汗かいちゃったらしくて、寝ぼけたら危ないからここで待ってるんだ」
    「カジえらいね」
    「ありがとう」
    梶は自分の横に腰を下ろしたマルコの頭をなんとなく撫でる。ベッドに引き返さず貘を待つつもりなのだろうと思いそのまま好きにさせた。
    まだ夜中というわけでもない。マルコが20時に寝て、今はまだ22時になって間もない。マルコが早々に寝てくれてよかったと笑う貘の痛みに堪える青い顔も、まだそう前の事ではない。
    いずれ教えなくてはならないと二人で話し合いはしたが、成人してから体質が発露してわかるケースがあるとは言え今のところ自分たちのような現象の兆候のないマルコにはショックが大きい事だと思う。
    子育てをしているような気持になる、と言ったのはそのもっと前の話だった。まるで初潮や精通の教育に悩む親じゃないか、自分たちはそんなの親にされたことないけど、と二人で声を上げて笑ったのもそれくらいの頃だった。
    「貘にいちゃん、具合悪いのなおった?」
    「えっ」
    じっと撫でられていたマルコから急に飛び出した鋭いそれに思わず怯んだ。野生とはそこまで及ぶのかと思ったが、ここ数日の貘のホテルに戻って来てからの様子はそれほどひどいものだったのも確かだ。
    「カジも熱がある?マルコは早く寝るのよ。カジも貘にいちゃんも夜更かしだから具合がわるいのよ」
    傍らのドアの向こうでシャワーの水音が止まった。一瞬の無音に戸惑い、誤魔化すようにまたマルコの頭を撫でた。
    「大丈夫大丈夫。そういう時もあるって」
    「…うん」
    マルコは枕胸に膝を抱え直して梶の座る椅子のひじ掛けに頭を預けた。バスルームから貘さんが出てくるまで二人で並んで座っていた。

    *
    見当をつけた日に近づくほどに腹は重たくなる。まだ降りてくる気配はないのが救いだが、ふとした時にその重みを自覚してげんなりとする回数が増えるのだ。
    仕込みの為の資料に目を通す最中も手指や額が火照って不快だった。勝負に引きこんで権利関係を奪いその座に賭郎の者をそのままスライドさせてすげかえる、そんなシンプルな計画の導入を読むのにも目がちらついた。
    「はあー…」
    貘はマルコを暴として伴い別件へ。資料を持ち出すにあたりドアの外には黒服が控えているが、部屋の中自体には一人になる。深いため息をついても一人、というのはこの時に限っては気楽だった。

    細かい細工が施された置時計が間も無く正午を指すところだった。産卵を控えた数日はやや胸が詰まるものだが、頭脳労働とここ数日の小食も相まって胃にスペースがあった。
    ――いっそここできちんと食事をして、糖が回って襲う睡魔のままに昼寝をしてはどうだろうか。どうせ朧な集中力なのだから、密度の薄い仕事を続けるよりもそうした方が利口に思える。
    外から出前を取るかホテルのルームサービスか。洋食という気分ではないがどこかに出ていくのは億劫である。さてどうしようかと携帯を手に持ったところでそれは受信に震えた。
    届いたメールの差出人は件の男であった。本文のちょうどのタイミングすぎる内容に、どこかにカメラでもついているんだろうかと思わず苦笑いした。

    「温かいメニューでなくてよろしいので?」
    「いいっす。さっぱり行きたかったんですよね…ここって一人だとカウンターしか通してくれないから今の時間待つんですよ。二人ならテーブルですぐいけます」
    はあ、と言いながら手渡された割りばしを受け取る。天ざる二枚が間も無く手元に置かれ、僕はさっさとワサビをつゆに溶かした。
    「近くにいてくれてよかったですよ。ちょうどお昼どうしようかな~めんどくさいな~って思ってたんで」
    「使い走りですよ。昨日まで遠方に出ていたので直帰しても何もないもので」
    この人を使い走れる人がどれくらいいるだろうか、と蕎麦を啜り上げながら頭に数人を思い浮かべる。
    ここ最近連絡が無かったのも、冷蔵庫を空にしていくくらいの日数そもそも物理的に都内に居なかったからなのだなとわかってほっとした。
    「こっちも一昨日まではばたついてたんで…やっと来週まで僕のも貘さんのもどっちの予定も何もないので暇で、気が抜ける感じですね」
    傷を器用に隠して髪を上げた門倉さんもずるずると豪快に蕎麦を啜る。一口が僕の倍くらいあって、早飯は出世の秘訣というのは当たっているんだなと感心した。
    それからお互いの近況を、外で話してもいいラインを暗黙の了解でたどりながらいくらか話した。
    南方さんが片輪を落として古参に笑われていたとか、自分も知っている黒服がやっと退院したとか、百鬼夜行がなぜか先週から煎茶を出し始めたとか、はたから聞いてもなんでもない会話に聞こえるだろう。

    賭郎内部の事ながらも、賭けの場を挟まずとも共通の話題はあるものだと気づいた。勿論、門倉の方が梶よりも多くを知っているのだから返す打率が高いのはそうだった。
    「今日はよくお話になられますね」
    梶がオクラの天ぷらを噛んだ時だった。指摘でもなく、嫌味でもなく、ただ感想としてぽつりと門倉は梶の口数の多さに言及した。
    「あ、すみません…食事中に…」
    「いえ、咎めているわけではなく…普段、喫煙所外では世間話などそうしないものですから」
    表の世界のような横や縦のつながりから外れ、秘密と機密だらけの日常を送る梶にとっては情報としての対価のやりとりの絡まない世間話をする相手はごく限られていた。
    その中でも年上の人間であり人格はともかくとして同じ世界に身を置く人物として信頼のおける相手であること、そして蕎麦屋という気楽な場であることも相まってつい、締めながらも口が軽くなってしまった。
    咎める調子ではないというのは理解できている。それでいながら次の言葉が見つからず黙ってしまった梶を見て、数度の咀嚼の後に門倉は続きを促した。
    「百鬼夜行は、オーナーが居ない時は平和なものなんですよ。見目の良い男を集めているという点だけよくわかりませんが…オーナーが不在の日が分かればお知らせしましょう」
    「…あ、煎茶。煎茶を始めたってさっき言ったじゃないですか。じゃあ今度飲みに行こうかな」
    「…お誘い頂けないのですか?」
    不在日わかったら送ってください、と胸ポケットから携帯を出そうとした梶に門倉は自分も携帯を開きながらそう投げた。
    「お…、え?」
    「是非、ご一緒に」
    「百鬼夜行にですか?」
    「ええ。連れのご予定がないのなら。オーナーのコーヒーさえなければ私は構いませんので」
    「お忙しいんじゃ…」
    「立ち会い以外なら、いくらでも、そんなもの…明日…もしくは明後日などいかがでしょう。直近のオーナーの不在日ですよ。」
    カチ、と音を立てて閉じられた携帯に視線を落とす。その日に貘さんが夜行ABの両方を連れて出かける予定があるというのは梶も把握している。
    けど―――と思うと同時に腹がズキ、と疼いた。あ、と声が出そうになったのを堪えてそれを誤魔化そうとしてワサビをまたつゆに落とした。
    「あー…えっと、今週と、来週頭くらいまでは厳しいかも」
    「ご予定が?」
    「まあ、ちょっと」
    「先ほどお暇だと伺いましたが」
    う、と言葉につまった。ついさっき自分の言った言葉を反芻し、やっぱり今日は口が軽い、と猛省した。
    どうしたものかともくもくと食事を続けることしかできず、賑わう店内とは反対に二人の卓には沈黙が落ちる。

    「…そろそろでしょう」
    「は、」
    門倉さんはなんでもないようにつるつると蕎麦を啜る。意図して伏せられた文脈と内容に思い当たらない鈍感さが今は欲しかった。
    指すところにどう返事をしたものかと思いながら熱くなる耳を咄嗟に手で隠す。まるで耳を塞いでいるようだが、門倉さんが酢の物が入った小鉢を置く小さい音までしっかりと聞こえている。細く吐かれたため息のような音も。
    門倉さんは自分のざるの上にあるえび天をひとつ僕の方に寄こして口元だけで笑う。
    「今日まで随分とよく誘われて下さいましたから、楽しみにしているんですよ」
    決定的なワードは含まれていないのにしっかりと示唆されていることは理解できる。食事のために素になった手は今は箸を握っているが、その手が裸になった日の薄暗がりの車内を思い出すまでそうはかからなかった。

    「是非、梶様からもお誘い頂きたい物ですね。当職はいつでも空いておりますよ。」
    どうしてそんな、いじわるな言い回しをするのだろう。いつそっちまで専属になったんだ、この人は。
    腹がまたずしりと重たくなる。今すぐにではないが、そう間も無くつらい日がまたやってくる。たぶん、明日か、明後日か。
    返事をするのは恐ろしかった。誰かに身体の事で身を任せるなんて事は人生でほとんどしたことがない。それこそ、貘さんとの間に出来た時間と互助の関係が初めてだったから。
    一度産卵の場面を見せたからといって地から足を離してしまう程身を預けるなんていうのはまだこの人に対しては出来ない。
    そもそもなんで人のあんな恰好をまた観たがっているんだろうか。好奇心なのか、虐め甲斐があるとでも思われているのだろうか。
    けど、思い返しても奇異な物を見るような目を浴びせられた記憶はない。せめてあってくれよ、それなら断れただろ、怒る理由だって正当にあっただろ、と困り果てる始末になった。

    寄こされた海老天に箸をつけてもそりと齧る。ああ、今日は海老天を二個も食べられてラッキーだ。
    「…明日か、明後日か、わかんないですけど」
    「ええ」
    「百鬼夜行行けるかわかんないですけど」
    「そんなものは方便です」
    どうせ、ホテルにいても一人だし、一人で苦しむのもつらいだけだし、もう一回見られてるし。万が一の時、もう知られてる人の方が何かといいと思うし。
    とっくに空になっていた手元のせいろにクロスワードパズルのように言い訳がならんで、交わるマスに都合よく返事が浮かんだ。じゃあもうこれが本心だな、と観念する。

    「…連絡、します」
    俯く視界には見えなかったが、同席者のせいろに箸が揃って置かれた音がした。
    「ごちそうさまです」
    ねえ、それってどっちに…とは聞けなかった。どう考えても藪を突いて大蛇を出すようなものだったから。

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    トーナ

    DONE初門梶SSですが、門倉さんあまり出ません。すいません…。

    裏ver書きたい。
    僕の秘密

     門倉さんに秘密にしていることがある。それは門倉さんがいない間に僕が彼のシャツを独り占めしてることだ。僕と門倉さんは恋人同士で今でもどうしてこの関係になったのかもわからない。きっかけはたぶん、プロトポロスでの出来事だろうと踏んでいる。お付き合いしてだいぶ経った頃に彼がある日仕事が長引いてなかなか会えなくて寂しくなった僕は洗濯物に混ざっているシャツを見つけた。シャツから香る門倉さんの匂い。たばこと体臭。最後に嗅いだのはいつだったか。そしてふと思いついて、実行すると寂しさが解消された。
     
     その日も僕はあることを始めた。洗濯せずに取っておいた門倉さんのシャツを抱きしめながら眠る。彼と一緒に暮らすようになって、いつしか彼の存在がそばにあるのが当たり前になっていた。だから、会えない間はそばにいないと僕は胸に穴が開いて落ち着けなくなってしまう。
    「…門倉さん」
    僕より大きいそのシャツから嗅ぎ慣れた匂いがした。その匂いがあるだけで門倉さんがいるんだと錯覚できる。だから、よく眠れるようになる。胸のあたりに顔を埋める。今は薄っぺらいシャツだけの感触しかないけど、ここには彼のたくましく厚い 1001