いのち短し歩けよ漢女「なあ南方、若い子って何で悩殺されるん?」
「…悩殺、死語やぞ」
うっそお、と笑う門倉だけど、乳芸でお馴染みの「だっちゅーの」のパイレーツですら近年「復活」とされたくらい過去の人だ。
「やっぱオーダーかな~そもそもサイズないわ。こんなババくさいので梶の前で脱げるかて」
「そんならあっち行こうや。どうせオーダーになるんじゃけえ最初からあっち行けばよかったんよ」
おう、と返事をしながら振り向いた門倉と乳がぶつかった。お互い思わず顔を見合わせた。こんな事日常でそうそう起きる物じゃない。
店頭で「大きなサイズ」と書かれたカタログをめくっていた門倉はカタログから手を離し、ニヤりと笑った。
「南方ぉ~、位置下がったんと違うかァ?寄る年波には勝てんのぅ」
「おどれみたいに脳まで乳に管理委託しとるわけじゃあないからなあ~乳腺が重うて重うてしゃあないわぁ」
フハハ!と笑いながら店を後にする。既製品の店になど普段から用はないが、デザインの情報収集に二人はやってきていた。
「どんなのが好みかな~…わからんわ、最近は小さい胸がよう褒められとるし」
「でかすぎるともうランジェリーじゃのうてアンダーウェアとか補正の領域じゃもんなあ」
拾ったタクシーに二人分の体重で車体を揺らしながら乗り込む。御用達のオーダーランジェリーの店を目的地として平日の道路を走らせた。
「けど、分かるんか?新卒一年生君にそんなんええ下着かどうかって」
「結構いつも丁寧に扱うよ。AVに出てくる下着は見るからにやっすいヤツじゃけえ、逆にわかるんかもなあ」
「おどれのカップ見て泣かんかったか?ワシがその乳見たらまず職質するわ。中に何パケ詰めとるんじゃ~!って」
「花火玉でも詰めて保安検査通ったろか、アホ」
タクシーの運転手が女性であるのをいいことにしょうもない話を垂れ流す。
かつて高架下で殴り合ったあの日の自分たちが見たら、ハイヒールを履いて化粧をして髪を下ろして整え、可愛い年下の恋人のための下着を探しに行く約束をしてともに出かけているなんていうのは信じられないだろう。
門倉は唸りながら携帯で下着のデザインをまだ探しているようだった。色は以前好感触だった黒で決まっているらしいが配置や形状で悩んでいるらしい。
「好みとかほかに聞いてないん?黒はええとして、カップの浅さとか…」
「うーん、浅いと溢れそうでなあ…立ち合いの時は全部カバーして下からも横からも支えるやつだし…」
「普段あんま着んのとかは?上もええけど、下は紐とか」
「紐かあ…おっぱい星人なんよね…」
赤信号で停車した車内、後部座席で門倉がズル、と座席に沈む。
「…フロントホックとか?持ってる?」
ふと思いついて口を突いた。門倉の下着のラインナップを知っているわけではないが、しっかりとしたカップがついたものが多いのならフロントホックはあまり持っていないのではないだろうか。自分たちはそもそもの体格が大きいためトップもでかいがアンダーも太い。動く仕事が多い以上はソフトなものには任せておけず本当に支えるという事に特化した物に寄るのは必然だった。
「…ええね、それ」
姿勢を起こした門倉はなにやら思案顔をした。しばし考え次の信号に引っかかるころ、その表情は何か合点がいったような顔のものに変わる。
「あの子、アレやわ。何か男の浪漫とかそういうの好きよな。好きかもしれん、ホック外してボインって出てくるやつ」
いや、知らんけど。
しかし、自分が童貞から新卒一年目でフロントホックブラからあふれ出る乳房などをご用意されたらその場で下半身に血液が集まりすぎて貧血になるかもしれない。門倉の事は色々差し引いて置いておいて、同性から見ても極上のいい女だと思って見ているので、そのもしも、から生じる想像は共感できるものだった。
それに、そんな極上の見目の女、立会人としての剛力、知能と表社会での財力を備えた女にわざわざ調べる時間を作らせ、店に出向かせ、喜ばせる一点の目的でフルオーダーでランジェリーを作らせるのがあの梶だというのが本当に面白い。
「えらい尽くすけど、随分入れ込んどるんやなあ」
噂に違わずだわ、と半ばあきれたみたいに笑ってしまった。表の世界と裏の世界、その間にある秘密の世界にはこんな花園が広がっているだなんて、世の人間はだれが考えつくだろうか。
店の手前の最後の角を曲がったので財布を出す。カードを運転手に渡して精算している間に門倉は携帯を閉じ、小首を傾げながらにっこりと笑った。
「命短し、ってやつよ」
おどれ、昨日何人粛清したか言ってみい、と詰め寄りたくなるような笑顔だった。門倉は自分でドアを開けてさっさと店の中に入ってゆく。
それはそれは、弾みそうになるくらいの足取りで。こんなん、黒服が見たら泣いてしまう。大喜びの方の涙でな。