幼年期の終わり いつからなんだろう。
もう何回繰り返したかわからない自問自答を今夜もまた、わたしは飽きもせずに繰り返している。
真夜中の月明かりは柔らかく、室内をぼんやり浮かび上がらせるみたいに照らしている。
同じ寝台に眠る、もう一人も。
その人が確かに寝入った頃を見計らってゆっくりと静かに体を起こす。軽く立てた膝の上で手のひらを組んで頰を乗せて、隣で眠る人を見やった。
……コギトさん。
声には出さず、ただ胸の内でその名前を呟いてみる。もちろん返事はなくて規則正しい寝息だけが微かに聞こえるのみだ。
それ以外に聞こえるのは時折強く吹く風が庵を通り過ぎていく音だけで。
隣で微動だにせず眠る姿はまるでよく出来た人形のよう。
息を潜めて寝顔を盗み見るような真似、悪趣味だと自分でも思う。もし知られてしまったらどうしようとも。
けれどどうしても目が離せない。
……はあ、と重苦しい溜息を細く吐き出す。
どうか胸の内に燻り続ける正体のわからない熱もいっしょに逃げてくれればいいと願いながら。
いつからか、コギトさんより先に眠れなくなってしまった。
以前はこんなんじゃなかった。
夜が更けてコギトさんに促されるまま寝台に一緒に潜り込んで、「おやすみ、ショウ」と幼い子どもを寝かしつけるみたいに声を掛けられれば嘘みたいに瞼が重くなって――そんな頃が、確かにあったはずなのに。
どうしてか最近はもうそんな風に眠れない。
今夜だって間近に見える顔に、聞こえる息遣いに、衣擦れの音に、なんだか痛いほどに胸が高鳴ってたまらなくて――やり過ごすように強く瞼を閉じて、息を殺して。
そうして、今こうしている。
わるいことだと思いながら、眠るコギトさんをじっと見つめている。
――わたしは、きっと、コギトさんのことが好きで。
初めて会った頃、不思議な人だと思った。
まだ慣れずに少し緊張しながら話してると、いつも温かいお茶を淹れてくれた。
困った時、いつもさりげない助言をくれた。
……わかりづらいけれどやさしいひとだと知った。
たまに褒めてもらえると飛び跳ねたいくらい嬉しくって。
ほんの少しでも笑ってもらえたら、それだけでもう幸せで。
おそるおそる抱きついて、こら、と怒られて、それからしかたないなぁって撫でてもらって――
それだけで――それだけで、よかったのに。
いまは。
いまはもう、それだけじゃ足りなくなってしまったんだ。
ポケモンが進化して全く別の形になることがあるように。
多分、あの時。
久しぶりに会えた嬉しさからついつい抱きつこうとして、いつのまにか近づいていた目線。思いがけず間近で灰銀の瞳と見つめ合ってしまって、ギクリと強張ったわたしを見て――
大きくなったのぅ、と。
少し嬉しそうに、ひどく寂しそうに、コギトさんが微苦笑をこぼした、あの瞬間から。
ずっと抱えていたはずのこの気持ちは、なんだか少しカタチを変えてしまっていたようで。
変わってしまったという、もう戻ることができないという実感だけが静かに、染み入るように身体中をみたしていく。
それを寂しいとほんの少しだけ感じていて、けれど、それ以上にわたしは。
いまはこの気持ちが、勢い余ってコギトさんを傷つけてしまわないかと――少し、怖い。
けれど、いまさらどうしたって捨てられないのだ。
いつまで、わたしはこうしていられるんだろう。
答えの出ない問いと月明かりだけが音もなく降り積もる夜に、うまく息継ぎできずに溺れながら――。
もう無邪気なこどもでいられなくなったわたしは、眠る好きな人をじっと見つめている。