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    みゃこおじ

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    みゃこおじ

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    【ココイヌ】夏、過去の贖罪

    目の前には、1999年8月と書かれたカレンダーが壁からかけられている。
    先生? と呼ばれて、意識が急激に覚醒していく。あどけない高い声の主の方にゆっくりと視線を向けると、少し眠そうな蒼いタレ目をした男の子が、一生懸命に首をあげてこちらを見上げていた。
    生来の金糸、澄み切ったような空色の双眸。どこぞの少年合唱団のような恵まれた容姿をしている少年を、男ーー九井一は知っている。しかし、穴が開くほど少年を見つめても、どうして彼がここにいて、自分がここにいるのかはわからない。つい先程まで、最近のさばってきた目障りなチームを壊滅させていたはずなのに。
    「先生、どうしたの? 終わったよ」
    子供らしい高い声で先生と呼ばれることに胸が締めつけられた。九井はじゃあ見せてごらんと少年からノートを受け取って、お世辞にも上手いとは言えない字で書かれた回答に目を通す。
    少年は、勉強があまり得意ではなかった。特段運動も好きというわけでなく、休み時間はぼーっと自席から校庭を眺めて、クラスメイトがサッカーやドロケイをして遊んでいる姿を眺めているようなインドア系の少年だった。ただ、天使のような愛らしい容姿で同級生の女の子からはたいそうモテたのだが、少年はませた女の子の気持ちを汲むことはできず、告白されてもよくわかんねぇと言って断るような子供だった。
    時折繰り上がりを忘れて計算されている数式にはバツをつけ、ワークの丸つけを終える。7割くらいは丸がついているので、それなりに努力の成果は見えているように思う。九井が間違った箇所を指摘すると、少年は本当に算数嫌いと口を尖らせた。
    「でも、計算ミスも少なくなってきたから、ちゃんと力はついてると思うぜ?」
    「うー…でも、オレ、本当に勉強嫌い…」
    「そう言うなって。ちゃんと勉強しといた方が、将来の選択肢は増えるからさ。後で後悔しても、そんときはもう、取り返しがつかねぇから」
    九井の独り言のような呟きに、よくわかんねぇやと少年は首を傾げ、その懐かしい顔に、ズキズキと頭痛がした。後悔しても、取り返しがつかない。何度そうやって過ちを犯してきたのだろう、取り返しがつかないことばかりしてきて、もうすでに、九井は後戻りができない場所までやってきていた。
    どうして1999年の8月に、ハタチを目前とした自分がいるのかはわからない。来年には、この家は焼かれて、大切な人が死んでしまう。しかし、この〝世界〟は、九井が生きてきた〝世界〟とは違う。この少年も、彼の姉も、もしかして。
    コンコンとドアがノックされ、九井はどうぞと返事をする。ドアを慎重にあけて入ってきたのは。
    「九井先生、青宗も少し休憩にしませんか?」
    トレーにティーカップとケーキの皿を乗せて微笑むのは、九井がかつて憧れた、太陽のような少女だった。
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