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    みゃこおじ

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    みゃこおじ

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    【ドライヌ】亡霊が佇む記憶の影で

    2月22日、あの悪夢のような1日は未だに色濃く記憶に残っている。誰が言い出したか、この日は毎年のように元東卍メンバーで集まるのが恒例になっていた。在りし日の思い出を語らい、近況を報告する。今では頻繁に海外に仕事に行くようになった八戒でさえ、柚葉に無理をいってかならず2月末と、それから6月の中頃は日本にいるようにしていた。
    多分、それは龍宮寺たちがハタチを迎える前のことだったと思う。若気の至りで未成年の頃から飲酒喫煙をしてきたが、龍宮寺たちよりもひとつ年上の双子と乾が合法的に飲酒も喫煙も認められた年だったはずだ。
    どこにでもある大衆居酒屋で、浴びるように酒を飲んだ。来年のこの日に集まるときは、みんな酒もタバコも合法になるんだよなと、店員にきかれないように笑いながら言い合っていた。テーブルの上の食べ物も瞬く間になくなり、つまみ系や炭水化物を追加で注文し、飲み放題ということをいいことにバカな飲み方をして、ラストオーダーを迎えた。
    その日は龍宮寺の隣には乾が座っていた。あまりこのような大騒ぎをするような集まりは苦手といって、誘っても滅多に顔を出さないのだが、今回ばかりはタケミチに乾くんもきてくださいよと頭を下げらては断れなかったと乾は言っていた。サシ飲みや3人くらいの少人数の集まりには3回に1回の割合で顔を出す乾なのだが、飲み会に参加しても、自分のことを話すよりも、自分勝手に話すメンバーたちを眺め、静かに烏龍茶を飲んでいるのが常だった。
    乾が食事の席で酒を飲んでいる姿を龍宮寺は見たことない。だから、乾の手の中にあるグラスは烏龍茶だと思い込んでいた。ラストオーダーを取りに来た店員に、退店時間までに飲みきれるのかと心配になるような量の酒を頼み、まだ話し足りないとばかりにワイワイガヤガヤと騒ぐ友人たちを、龍宮寺はハイボールのジョッキを片手に眺めていた。
    必ず、それぞれに思うところがあって、蟠りも残っているのだろうが、こうして馬鹿騒ぎできることが奇跡のように思う。もし、あの時東京卍會が解散していなかったら、このような平穏な未来はなかったかもしれない。まさか、自分でも堅気の道を歩くとは思ってもみなかった。
    ふと、視界の端で金糸が揺れる。ぐらりと隣の乾の痩身がぐらついて、龍宮寺の投げ出した足の上に倒れ込んできた。しかし、龍宮寺以外喋ったり飲んだりするのに夢中で誰も気づいていない。イヌピー? と優しく肩を揺さぶると、緩慢に視線を向けた乾の顔と美しい金髪の隙間から見え隠れする首筋が、驚く程に真っ赤に染まっていた。
    澄み渡った空の色をした双眸は焦点を失い、龍宮寺の方に顔は向けているが、その焦点はどこか別の場所を向いている。龍宮寺は乾が持っていたらしいグラスを手に取り、そのにおいを嗅いだ。これは、どう考えても烏龍茶ではなくウーロン割りだ。龍宮寺ははぁ…と盛大なため息をつきなが乾の頭を揺さぶらないようにゆっくりと抱き起こし、壁にもたれかけさせた。
    「…イヌピー、水飲めるか?」
     ぼんやりと糸の切れた人形のようにこてんと首を傾げた乾は、龍宮寺に言っていることを理解していないようだ。ウーロン割りのグラスは半分ほどなくなっている。今まで乾がどれだけ飲んだかわからないが、もしかしなくても、乾は下戸だったのかもしれない。
    龍宮寺が乾の口元にグラスを差し出しても、乾は今にも落ちてしまいそうなくらい眠そうにぼんやりして反応がない。ダメだこりゃとため息つき、龍宮寺はしょうがないとポケットから財布を取り出した。
    「イヌピー潰れたっぽいから連れて帰るわ」
    「え、潰れたって、ずっと烏龍茶飲んでなかった?」
    「ウーロン割りだったっぽくてベロンベロンだわ」
    「えぇ!? イヌピーくん、大丈夫っすか?」
    真っ赤になって虚ろな乾の姿にワタワタと慌てるタケミチはそういえばと言って青ざめながらしゅんと肩を落とす。
    「そういえば、前に酒飲んでぶっつぶれたことがあったから、飲み会あんまり出たくない言ってたんすよ。無理矢理誘って悪いことしちゃったなぁ…」
    「タケミっちのせいじゃねぇから気にすることねぇよ。じゃ、オレとイヌピーの分ここおいとくから、あとよろしく」
    半分意識のない乾を背負うと、ずっしりとした重みが全身にのしかかってくる。そういえば、こうして誰かをおんぶすることもなくなって久しくなった。場所を選ばず、気ままに寝出した誰かさんを背負って、家に連れて帰ったことなんて数え切れないくらいあったことを思い出して、龍宮寺は静かに嘆息する。
    友人らに見送られて店を出ると、まだ宵も序の口といいたげに多くの若者が歩いていた。上背のある龍宮寺が歩くと、さっと人並みが割れる。真冬の夜風が熱った頬に吹きすさび、じんわりと骨身に染みる。
    乾を抱え直すと、ずっしりとした人間の重みが腕に伝わってくる。かつて、ことあるごとに背負っていた幼馴染よりも、体が大きいはずなのに、記憶の中の重みよりも軽く感じた。
    がくんと肩口に顔が押し付けられ、サラサラと金糸が頬を撫でる。彼の人からはいつも砂糖やミルクのような甘い匂いがした。体臭なのか常食していた甘いものの匂いなのかはわからない。ぐーすーと可愛らしい寝息をたて、気持ちよさそうにヨダレを垂らして寝ていた彼は、今はどこで何をしているのだろ。
    人混みを抜け、龍宮寺が暮らす風俗店のドアを潜る。いらっしゃいませーと顔をあげた顔馴染みの男とセクシーランジェリー姿の女は、なんだケン坊かと拍子抜けたように肩をすくめた。
    「あれ、それ、友達?」
    「ああ、下戸っぽいのに間違って酒のんでぶっ潰れたから連れてきた」
    「えー、可愛い。どんな子なの?」
    「おめぇより可愛いよ。男にしておくのがもったいないくらいだわ」
    「なにそれぇ。ケン坊のクセに生意気ぃ」
    ケン坊って呼ぶなよと顔を顰めながら龍宮寺は幼少期より過ごしたプレイルームに足を踏み入れる。乾をベッドに転がしてライダースジャケットだけ脱がし、小さな冷蔵庫の中から水を取り出した。キャップを外し、乾の口元に持っていく。無理矢理口を開いて飲み口を押し付けると、乾はぼんやりと目を開けながら小さく嚥下した。
    半分くらい水を飲ませたところで、再びベッドに体を横たえる。サラサラと金糸が真っ白いシーツに広がり、龍宮寺はその光景から目を逸らした。頭をふり、アルコールと食べ物が染み付いた服を脱ぎ捨てて、トレードマークの弁髪を振り解く。
    そこかしこからきこえる嬌声や話し声は最早BGMにもならなかった。温かなシャワーを浴びていると、ケンチン、と呼ぶ声がした気がして、龍宮寺はノズルをひねって冷水を浴びた。
    佇まいが似ていた。どこか遠くの方を見ている横顔とか、金糸がはためく後ろ姿とか。顔を見れば別人とわかるのに、セミロングの金髪というだけで彼の人を思い出してしまう。風の噂で、新しいチームを立ち上げたときいた。メンバーが誰かまではわからないが、その顔ぶれは想像するに容易い。
    シャワーから出ると、乾はベッドの上で丸まって眠っているようだった。ボクサーだけを身につけ、髪の毛を拭きながらベッドの端っこに腰掛ける。少し顔の赤みは引いてきたようだが、龍宮寺は水を飲ませようと乾の肩を揺さぶった。
    「イヌピー、起きろ」
    うーん…と眉間に皺を寄せた乾は少しずつ目を開く。覗き込んだまつ毛は長く、店の女たちが人工的に作り上げているまつ毛よりも美しくカールしている。ちゃぶ台に手を伸ばし、ペットボトルを乾の口元に近づけると、乾は龍宮寺の手に重ねるようにしてペットボトルを握った。
    アルコールで熱った手は火傷しそうな程に熱かった。普段は血色の悪い唇に血が通って食べ頃の果実のように熟し、こくこくと小さく上下する喉仏に視線が釘付けになる。少し意識が回復してきたのだろう、龍宮寺からペットボトルを奪い取った乾は、じっと龍宮寺を見上げた。
    「……ココ」
    掠れた声は、別の人間の名前を呼んだ。熱っぽい目をした乾は髪を下ろした龍宮寺を別人と勘違いしている。酔っ払いの戯言とはわかっているが、塞がらない傷口がジクジクと疼く。
    ペットボトルの水を飲み干し、乾はのそりと体を起こす。剥き出しになった胸元を柔らかい髪が擦れ、むず痒さを覚えた。拒否することも、受け入れることもできない。所在なさげにベッドに投げ出された指先にぐっと力を込める。九井じゃねぇよと呻いても、乾は顔をくしゃくしゃにしながら幼馴染みの名前を呼んだ。
    「…ココ…ココ…」
    髪の毛を黒に戻してから、そういえば、乾を食事や買い物に誘っても、振られることが多くなったような気がする。元々、乾は自分は外様だからといって遠慮している節があった。勉強とバイトで忙しいのはわかっているのだが、それにしたって、避けられているのではと勘繰ってしまいそうになる。
    しかし、その理由は、わかりたくないだけで明白だった。思い出してみれば、八戒が髪を伸ばし始めた時も八戒を見ると表情を硬くしていた記憶がある。乾にとって、黒髪の長髪は塞がらない傷を抉るだけなのだ。龍宮寺にとって、金髪の長髪が鬼門のように。
    「………ごめん、ココ」
    伏せたまつ毛がふるふると揺れ、素肌に温かい水滴がポタポタと落ちる。持ち上げた両手は震えていた。華奢な体を抱きしめても、筋肉質で骨太だった彼の抱き心地にはほど遠くて、忘れかけていた子供のような高めの体温を思い出すだけだった。
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