Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    みゃこおじ

    もえないゴミ箱

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 35

    みゃこおじ

    ☆quiet follow

    【ココイヌ】深夜のコインランドリー

    しとしとと雨が降っている。例年よりも少し早めに梅雨入りをした東京は、毎日のように雨が降っているか、分厚い雲に覆われたくもりの日が続いていた。
    洗濯機が壊れて1ヶ月が経とうとしている。元々リサイクルショップで叩き売りされていたものを購入し、使い始めてからしばらくしてなんとなく調子が悪いなと感じてはいたのだが、ついに完全に動かなくなってしまった。洗濯機一台くらい買う蓄えはあるが、休みの日にわざわざ家電量販店に出向いて見繕うのが面倒だった。
    縦型とかドラム式とか、乾燥機つきの有無、汚れがよく落ちる泡洗浄など、機能を見定めることが億劫だった。洗えればそれでいい、というそういうシンプルなものの方が淘汰されている。そもそも、乾の住うボロアパートは外おきの洗濯機で、少しハイクラスな洗濯機を買えば盗難の心配もある。リサイクルショップかリユース品で十分だったし、数万円の高い買い物と週一回の洗濯の頻度を考えると、コインランドリーに行くという手間を抜きにしても、コインランドリー通いの方が経済的のような気がしないでもない。
    家電量販店に行くのが面倒なので、歩いて5分程のコインランドリーに週に1回程度通うようになっておよそ1ヶ月。洗い30分、乾燥20分、計50分の空白の時間は手持ち無沙汰だった。友人がいれば電話につきあってもらうとか、メールのやりとりをするとかやりようがあるのだが、乾にはこれといって友人はいない。友人がいないというのは語弊があるのだが、自分から暇つぶしに付き合って欲しいと言える気安い仲の友人はいない、という言い方の方が間違いはないだろう。
    ガタガタと煩い音を立てて脱水をかける洗濯機をボーッと眺める。乾がこうして洗濯を待っている間に、毛布を抱えた主婦や、若い男性が何人か出入りして、洗濯物をランドリーに放り込んでいった。住宅街にあるコインランドリーは、深夜帯でも意外に人の出入りがある。粗末なパイプ椅子にぼーっと座りながら人を観察していると、あの人は先週も見た人だとか、あの人はボロアパートの前の一軒家に住んでいる人だとか、色々な発見があった。
    ピーピーと洗濯が終了した音をきき、乾は緩慢に立ち上がって洗濯機の中の洗濯物を回収し、乾燥機に放り込む。部屋干しで済めばいいのだが、生憎のジメジメとした天気では乾くものも乾かない。乾の住うボロアパートは隙間風だけは吹き込んでくるが日当たりもあまりよくなく、畳や壁紙にカビが生えてもおかしくない。風呂場のタイルにいかに黒カビを生やさないかと奮闘する日々だ。
    ふと、ザーザーと小雨だった雨足がバケツをひっくり返したかのような大雨に変わる。大風が吹けばひっくり返ってしまうようなボロボロのビニール傘では心許ないし、折角乾かした洗濯物が台無しになりそうだ。乾燥機を回している間に雨足が弱くならないだろうか。
    自動ドアの向こうは、向かい側の歩道の様子もわからないくらいに雨のカーテンが遮っている。まばらに通過する車のライトがぼんやりと闇夜に浮かび上がっては消えていく。
    洗濯物がグルングルンと回転するのを眺めていると、自動ドアがピンポーンピンポーンと来客を知らせながらゆっくりと開き、真っ黒なスーツを着込んだサラリーマンらしき風貌の男が駆け込んでくる。彼の手には傘はない。洗いあがりの犬のようにその足元には大きな水溜りができていて、頭のてっぺんから爪先までずぶ濡れになっていた。
    男は乾の存在には気づいていないらしい。けれど、左側頭部の刈り上げと右側に髪の毛を流したおしゃれな七三分けのような独特な髪型と凛とした佇まいには見覚えがあった。刈り上げた頭部には、4本のラインが入っている。男はジャケットを脱ぐと、水気を払うようにバサバサとジャケットを広げた。
    ぐしょぐしょに濡れたワイシャツは体に張り付き、美しい体のラインを強調している。盛り上がった肩甲骨、広い肩。均整の取れた逆三角形の体型はより磨きがかけられたように見える。
    彼がどうしてここにいるのかはわからない。そもそも、彼かどうかもわからない。ぼーっとしていて、顔をはっきり見ているわけではないし、こんな大雨の中、彼がひとりで傘も持たずに出歩くとは思えない。他人の空似だと自分に言い聞かせても、バクバクと心臓は張り裂けんばかりに鼓動する。
    彼は自動ドアが開かない位置まで下がって外を眺めながら、スマホを取り出して小声でどこかに電話をし始めた。ボソボソと喋っているのでその内容は乾の方まで聞こえてくることはない。
    ふたりの静寂を破るように、乾燥機がタイミング悪く乾燥が終わった合図を響かせる。男は振り返らない。乾はあまり物音をたてないように乾燥機のドアを開け、洗濯物を取り出した。普段着のTシャツ、チノパン、下着類。くしゃくしゃになったビニール袋に突っ込んで、奥底から現れたバスタオルだけ丁寧に畳んだ。
    乾は傘と洗濯物を持って男に近づく。すれ違いざまに見た横顔は、心が締め付けられる程に懐かしかった。
    「…よかったら、使ってください」
    乾は男の顔を見ずにバスタオルを肩にかける。男は微動だにせず、乾の顔を見ることもなければ、問いかけに答えることもない。乾は振り返らず、ビニール傘を開きながらコインランドリーを後にする。ピンポーンピンポーンと間抜けな音が鳴って、自動ドアが開いた。
    「…返せねぇよ」
    「…どうぞ、安物なので」
    自動ドアがゆっくりと閉まり、越えることのできない壁を感じる。洗剤も柔軟剤も、ずっと昔から変えていない。バケツを持って、公園の水道で服を洗っていた頃から時を止めている。彼がそれに気づくかは、乾が知る由もない。
    雨は嫌いだった。ジメジメするし、濡れて衣服が張り付くし、バイクで走ることもできない。そして、またひとつ、思い出が増えてしまったから。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭🙏😭😭😭😭😭😭💴💘😭👏👏🙏💕💕💕💕💕💕🈁🐶😭🙏❤💕💕💕💞
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works