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    みゃこおじ

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    みゃこおじ

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    【しんおみ】ワードパレット22番「恋占い、信頼、秘密の恋」

    小さなプレハブ小屋には、明石の全てが詰まっていた。
    黒龍初代総長である佐野真一郎の実家はそれなりの資産家らしい。真一郎の両親は既に病死していることしか親の話をきいたことがなかったが、祖父は有名な空手の師範で門下生を数多く抱える道場経営しており、その生家は都会では珍しい平屋の家で、遊びに行くたびに相続税が凄そうだなと現実的なことを考えてしまうようなちょっとした豪邸だ。
    門扉をくぐり、母屋にいるであろう祖父にごめんくださいと声をかけると、奥から白髪交じりの好々爺が姿を現した。老人の背中を小さな影が追いかけてきて、その子供は真一郎をそっくりそのまま子供に縮めたかのような瓜二つの容姿をしている。もぐもぐとどら焼きを口いっぱいに頬張りながら黒々とした目でじっとこちらを見つめくる小さな子供は、真一郎の弟で万次郎といった。
    「おお、明石くんか。真一郎は部屋におるぞ」
    「お邪魔します。これ、皆さんでどうぞ」
    「ああ、いつもすまんな。ゆっくりしていきなさい」
    「タケオミ、シンイチローじゃ相手になんないから今度相手してよ」
    「おう、いいぞ。また今度な」
    じゃあなと手を振る万次郎に手を振り返し、祖父に頭を下げて明石は真一郎が自室にしているプレハブに足を向ける。煌々と明かりがついた室内からは外にまで音漏れする程の音量でラジカセの音が響き渡っていて、明石は大仰に肩をすくめた。
    かつて、東京中の不良の頂点に君臨していた佐野真一郎という男は、男受けはいいのだが女受けは非常に悪い。真一郎の目鼻立ちはキリリと整っているし、喧嘩は弱いが男気に溢れ、人を惹きつける何かを確実に持っているのだが、どうしようもなく女性にもてなかった。
    同級生の女子生徒に告白しても連敗記録を樹立しており、振られると必ず失恋ソングメドレーを大音量で流して気を紛らわしている。放課後、沈痛な声で今日の夜暇?という連絡がきたので覚悟はしてきたものの、こうして慰めに引っ張り出されるこちらの身にもなってほしい。断ればいいことはわかっているのだが、どうしても、真一郎の頼みを断ることはできなかった。
    ノックをせずにガチャリとドアを開けると、真一郎はぐでんとテーブルに突っ伏していた。来訪者の気配を感じてか徐に顔をあげた真一郎の目は死んでいる。おー…と力なく手をあげた真一郎はのそりと体を起こした。
    「また玉砕か?」
    「またも玉砕もいうなよ…」
    「お前は本当に女を見る目がないな」
    浮かべた愛想笑いを真に受けた真一郎は、んな冷たいこと言うなってとがっくりと肩を落とす。お前が告白した女の見る目がないと、親友なら本来はそう言って慰めるべきなのだろう。どかりとソファーに腰を下ろした明石は煙草に火をつけながら恨みがまし気に見上げる真一郎を見下ろした。
    今ではすっかり落ち着いてしまったが、優男の見てくれをした真一郎はこれでも暫く前までは黒龍という東京中の不良を束ねていた暴走族の総長で、明石はその右腕を務めていた。真一郎は自分よりも腕っぷしの強い男に殴りかかっては返り討ちにされ、ボロボロになっても果敢に立ち向かっていくような、傍から見れば無鉄砲な男だった。祖父は空手の師範で、真一郎もその指導を受けていたというのに年の離れた弟の万次郎にも負ける程の腕前で、彼に格闘センスは備わっていなかったらしい。その代わり、何百人もの不良の頂点に立てるような器があった。拳を交えれば誰もが真一郎の心根に打たれその配下に下り、皆が真一郎に憧れていた。
    もちろん、明石だってそのひとりだ。誰よりも傍にいて、公私ともに真一郎のことを支え続けていたという自負がある。黒龍の頭を降りて施設で暮らしている弟のためにやりたいことがあると相談されたときだって、その願いを叶えてやれるよう、あれこれ手を尽くしたつもりだ。
    真一郎の引退式兼二代目襲名式は盛大に行われ、真一郎の引退を誰もが惜しんで泣いていたし、引退してからもチームの運営について相談されることがままあった。オレはもう引退したからと真一郎は助言すらしなかったが、真一郎の元には見知った顔が今でも多く集まってくる。黒龍初代総長からただの佐野真一郎というひとりの男になった今でも、明石の目には真一郎の雄姿が焼き付いている。殴られて血まみれになっても、決して折れなかった鋼の心は健在だった。
    「真には羨ましいくらいキャーキャー言う男どもがたくさんいんだろ?お前になら抱かれてぇっていうヤツらいっぱいいたしな」
    「野太い悲鳴じゃなくて黄色い悲鳴がききてぇんだよなぁ…」
    「ま、男を見る目じゃなくて女を見る目を養うこったな」
    そうぶっきらぼうに言い捨てて、ふぅ…と深く紫煙を吐き出すと、真一郎はそうだよなぁと深々と溜息をつく。臣は床に置かれていたラジカセに手を伸ばし停止ボタンを押す。ぶっつりと音が途切れ、室内が静寂に包まれた。ふと、ラジカセのすぐ隣に花束が乱雑に投げ捨てられているのが目に付く。可愛らしいピンク色のリボンでラッピングされたそれは、大方告白した女性に渡そうとしたものなのだろう。何度も告白の練習台にされたのに、今回もその努力は実を結ばなかった。好きです、付き合ってください!と頭を下げた真一郎の手を、どれだけ取りたかったことか。ざまぁみろと少しでも思ってしまった自分に嫌気がさす。
    花の名前はわからないが、真一郎はどんな顔をしてこの花を買いに花屋に行ったのだろう。花びらは白く、中心が黄色い小さくて可憐な花。今日告白した女性は、この花のように小さくて可愛らしかったのだろうか。
    真一郎には夢があった。施設に預けられたままの弟と、万次郎とその妹のエマと一緒に暮らしたい。そして、ゆくゆくは自分の家族をつくりたい。ごくありふれた、一般的な誰しもが描く人生設計だ。明石にできることは、真一郎に請われれば生き別れに弟との養子縁組をする際の書類やまだ見ぬ将来の伴侶との婚姻届けにサインをすることだけだ。真一郎の〝家族〟になることは、できない。
    「じゃあ、真が次に告白に成功するか占ってやるよ」
    「へぇ、武臣って占いもできんの?」
    面白そうに口角をつり上げた真一郎から視線をそらし、明石は一本だけ白い花を抜き取る。さっと花びらの枚数を数え、小さな花びらを一枚千切り取った。
    「真の告白が成功する」
    おいおいインチキじゃねぇかと笑い出す真一郎の笑顔を、いくら明石がかつて軍神と呼ばれていたとしても、裏切った場合の勝機を見出すことはできなかった。
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