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    みゃこおじ

    もえないゴミ箱

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    みゃこおじ

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    【ココイヌ】リビングデッドの告解『ここで先程入りましたニュースをお伝えいたします。本日、17時頃、東京湾沖に停泊していた複数の船舶の爆発事故がありました。海上保安庁の調べによりますと』
    壁にかけられたテレビから緊迫した様子のアナウンサーの声がして、乾はふとバイクを整備する手を止めた。画面にはヘリコプターが上空から火災の様子を撮影した映像が映し出されている。船体らしい破片が散乱し、海上にはガソリンのような黒い液体が流れ出していた。
    赤々と燃え上がる炎にぐっと胸の辺りが苦しくなる。炎の檻に閉じ込められ、熱波は肺と喉を焼いた。ぶわりと噴き上がった業火は顔の左半分を焼き、一生残る傷跡を刻み、意識が朦朧とする中で、赤音さんという悲痛な叫び声を聞いた。
    今でも昨日のことのように思い出すことのできる悪夢。もう20年近く前の話なのに、あの悲惨な光景は脳裏に焼き付いて離れない。タバコの火も、コンロの火も平気なのに、どうしても、火事の映像だけは未だに直視することができない。できないのに、惹きつられるかのように見入ってしまう。
    赤音さん、どこですか。いたら返事をしてくださいーーーー遠くできこえる、甲高い子供の声が今にも消えかかりそうだった命の灯を引き止めた。煙を吸い込んで、声を出すことができず、乾はただぐったりと床に転がってその声を聞いていた。
    その声はどんどん近づいてきて、違う、違うと、乾の声なんて届きやしないのに、必死になってそう祈った。赤音は2階にはいない。いるとしたらキッチンだ。ドスンと隣の部屋のドアを、勢いよく蹴破るような大きな音がした。赤音さん!いたら返事をしてください!と、ゲホゲホと咳き込みながら叫んでいる。
    酷い煙で前が見えなかった。子供部屋は灰色の煙が充満し、息苦しくて仕方なかった。再びドスン、と大きな音がして、赤音さん!赤音さん!と人が駆け寄ってくる気配がする。違うと伝える気力もなかった。長時間酸素の薄い部屋に閉じ込められていたせいで、もう意識がはっきりしていなかったし、肺も痛かったし、煙を吸い込みすぎて上手く声を出すことができなかった。
    小さな背中に担がれ、落ちないように何度も抱えなおしながら、大丈夫です、もうすぐ外に出られますからと励ます声が混濁して聞こえる。違う、違う、オレは赤音じゃないと、握られた手を握り返すことも、振り解くこともできなかった…
    「おい、イヌピー!イヌピー!」
    ガクガクと肩を揺さぶられ、乾ははっと顔をあげる。大丈夫かよと覗き込む龍宮寺の顔が歪んで見えた。バクバクと心臓が早鐘を打ち、スパナを握る指先は感覚をなくしたかのように冷たい。
    「…大丈夫、ちょっと気分が悪くなっただけだから」
    「もう上がれよ。こんな天気じゃ人もこねぇだろうし。顔、真っ青だぞ。死人みてぇ」
    「…死人、か」
    真夏だというのに、酷い寒気がした。店舗の中は集中してバイクの整備をしていると、冷房をつけていても汗ばむくらいの室温だというのに。それにしても、死人とは言い得て妙だ。
    乾青宗は二度死んだ。一度は11歳の時、二度目は16歳の時。生まれ変わったとは思っていない。新しい人生を歩いているはずなのに、どうしてか地に足をついているという感覚が、一切ない。
    先程からシトシトと降り始めた雨はいつの間にかザアザアと勢いを増し、バケツをひっくり返したような大雨に変わっていた。黒い雲が空を覆いはじめてからすぐ、外に並べていたバイクを店の中にしまっておいてよかったと思う。
    テレビ画面は報道フロアに戻り、右上に小さなワイプで現在の映像らしきものが映し出されている。火の勢いは弱まりつつあるようで、焼け焦げた船体がプカプカと波間を漂っていた。
    その数日後、爆発した船舶は梵天と六破羅単代という日本を牛耳る巨悪組織の幹部が所有する船舶だと判明した。そして、爆発に巻き込まれ、死亡が確認された人物の中に、九井一の名前があった。


    ジィジぃと短い人生を謳歌する蝉時雨が遠く聞こえる。
    胸に抱えた骨壺の中身がほとんどないことを乾は知っている。遺体の損傷が激しく、DNA鑑定や歯の治療痕などでどうにか本人の照会ができたと警察から連絡がきたから仕方なく引き取ったんだと、九井の両親は他人事のように乾に吐き捨てた。
    九井は乾と訣別したあの日から家に帰っていなかったらしい。九井の母親は弔問に訪れた乾の顔を見るや否や、玄関先に放置していたらしい自分の息子の骨壺を乾に押し付けて帰ってくれと玄関のドアを閉めた。
    『あの子がおかしくなったのはあなたのせいよ!こんなものいらないわ!責任をもって引き取って頂戴!』
    げっそりと痩せこけた九井の母親と、妻の金切声をきいて駆けつけ、乾をゴミを見るような軽蔑した目で睨みつけてきた父親の視線が瞼の裏に焼き付いて離れない。大丈夫かと、付き添ってくれた龍宮寺がぽんと肩を叩く。ああ、と曖昧に頷いたものの、九井が死んだという事実が、全く受け入れられないでいる。
    これがお前の歩んだ道の終着点なのかと、抱えた骨壺をぎゅっと抱きしめる。しかし、それと同時に、九井はようやく楽になれたのかもしれないと、ホッとした部分もあった。赤音が死んでから、もう20年近い年月が経過した。九井が、乾を助けたあの日から、乾赤音と乾青宗との間で板挟みになっていたことを乾は知っている。
    九井が今まで犯してきた犯罪の数々を考えると、あの世で赤音に会える可能性はほとんどないだろうが、この世ではないどこかで、少しは本当の自分らしくなれただろうか。九井には乾のせいでたくさん罪の呵責を背負わせてしまった。ようやく肩の荷がおりてせいせいしたことだろう。
    「…ワリィな、付き合わせちまって」
    「水クセェこと言うなよ。つか、危なっかしくて、イヌピーのことひとりにしておけねぇよ」
    「…そんなにか?」
    「ああ、信号確認しないでふらっと横断歩道に飛び出して、車に轢かれそうな顔してる」
    ヒデェ例えだなと思わず噴き出すと、肩を抱く大きな手に元気付けるように力がこもり、すっと離れていく。照りつける日差しがジリジリと照りつける。龍宮寺は九井の家が見えなくなると、ネクタイを解いて上着を脱ぎ、まだあっちぃなと言ってワイシャツを腕まくりしていた。
    大通りに出て、流しのタクシーを拾う。龍宮寺がD&Dの住所を告げるのを聞きながら乾は骨壺の上部を撫でた。今まで苦しんだ分、九井は苦しまずに死ねただろうか。乾の命を業火から救ったのに、自分が業火に焼かれて死ぬなんて笑えない冗談だ。動き出すタクシーに揺られ、街並みが背後に吸い込まれていく。
    九井と一緒に過ごした時間よりと離れて過ごした時間はいつの間にか同じくらいになっていた。若い頃の記憶はどんどん薄れていっている。ニュースで映し出された九井の写真は最後に会ったときよりも様変わりしていて、乾の知らない人間がそこにいた。
    九井と過ごした時間は濃密で、それこそ友情を超えた関係であったというのに、その記憶さえも色褪せ始めていた。赤音の顔を段々思い出せなくなっているように、そのうち、九井の顔も思い出も思い出せなくなってしまうのだろうか。
    あの日、九井の手をとれば違った結末になったのかもしれない。過去は変えられないかもしれないが、こうして九井はどんな形であれ、乾の元に戻ってきた。たとえそれが、物言わぬ空っぽの容れ物だったとしても。
    いつの間にかタクシーはD&Dの前で止まっていた。降りるぞと龍宮寺に促され、大きな背中に続いてタクシーを降りた。少し陽が傾いて日差しが弱まったとはいえ、まだ外は蒸し暑かった。
    ふと、店先に誰かが立っているのが見えた。こんな真夏の夕方に長袖の黒のパーカーに黒の長ズボンを着込み、フードもしっかりかぶっている。看板を見上げて佇んでいる後ろ姿に乾と龍宮寺は顔を見合わせる。変質者かと身構えながら恐る恐る近づいていくと、ゆらりと人影が振り向いた。
    目深に被ったフードからサラサラと銀色の長い髪がこぼれ落ちる。嘘だ、と立ち止まった乾の前で、暗い影を落とした顔がゆっくりを前を向いた。
    「…おかえり」
    「う、そ…だって、死んだって…」
    「そう死んだよ。だからオレは、誰でもない。ただの死人だよ」
    亡霊のようにゆらゆらと銀色の影が揺れる。立ち尽くす乾の背中を、何も言わず龍宮寺が力強く押した。
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