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    ash7_pm

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    ash7_pm

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     慎重に乗った体重計。数字がピタリと止まり表示された数字の羅列に肩を落とした。
    「〜体重もどんねぇ…」
     ガシガシと頭をかいて体重計から降り思わず腹部をぺたりと触る。体重が戻らないその理由を理解していて改善できていないのだから当たり前ではあっても、少しぐらいは戻っててもいいだろうと淡い期待を抱いていても現実は甘くはない。しかし自分では痩せているかどうかの判断がつかず、とりあえず今日の歌番組の収録のためにも腹を満たすかとその場を後にした。

     十日前にクランクアップした二時間ドラマの撮影で、役柄上どうしても減量をせざるおえなかった。専門家の指示の元に二週間という短い期間での大幅な減量であったが、その間に体力が持ちようにと減量前から筋トレもしていたので体はどうにか持ってくれた。
     しかし、減量という日々が終わり今度は体重が戻らない、という事態になるのは大和にとって予想外の出来事だった。
     食事量が減りそれに伴い胃が小さくなっただけでなく、少量のご飯でも十分に体が保つようになってしまい食事を取ることも自ずと減っていき体重が戻らないことに拍車をかけた。
    ─ミツのご飯は食べたいが、あまり食べれないのならば多忙な彼の手間を減らすのにもいいから食べなくとも問題はないのではないか。
     苦学生時代の荒れた食生活は大和の中で根を張っていたらしく、食に対しての無関心さがここにきて浮き彫りになっていた。おかげで現在、大和の体型は体重が戻っていなく痩せたまま、私服は常に一回りほど大きくズボンなどはベルトを通さなければ落ちてきてしまい、いつもの通してる穴より一つか二つ内側にずれていた。

     衣装に袖を通しながら自分の体の変化を思い知らされた気分だった。
     衣装が決まった際に一度合わせた筈のWiSH VOYAGEの衣装。体型は戻るし手間を取らせたくないと言った大和に渋い顔をして「せめてベストとジャケットだけでも直させて欲しい」と懇願され常よりも詰められたはずのベストにゆとりがある。そして調整されたベストでこれなのだからジャケットに至っも胸囲や襟周り、肩も大きく、ズボンもベルトは必須であり全体的に大きい。減量を終えてからの初めての音楽番組の収録で、久しぶりにみんなで歌えるのだと思うだけで浮かれていた大和の気持ちにヒヤリと冷たいものが撫でる。
     リハを終え、気にしないようにしていても気になって、楽屋に戻ってからもどうも衣装に着られている感が拭えず落ち着かないでいた。ジャケットを脱いでソファーの背もたれに置いてから、ネクタイを緩めシャツのボタンを2つ外し首回りの締め付けを緩めてから誰にも気づかれないように息を吐いた。
    「大和さん」
     大和を近づいてきた三月に大袈裟に肩を跳ねらせ振り向いてしまった大和は、自身の失態に急いで取り繕うもそんな暇を与えてくれるほど三月は優しくなかったし、目敏かった。
     眉間にシワを寄せた三月を見て逃げようとする大和に羽交い締めにしたのはいつの間にか背後に立っていたナギであり、後ろの人物を確認しようと顔を後ろに向けた大和の隙をついてその細い腰を三月は容赦なく掴んだ。
    「今日ずっと言おうと思ってたんだけど」
     地を這う声に口端をひくつかせブリキの人形のように顔を正面へと向けた大和と三月の視線が交差する。
    「み、みつ……」
    「あんた、飯食ってる?」
     一番突っ込まれたくないところを突っ込まれ、誤魔化したくなって「食べてるから。今日の朝だって食ってたろ」とへらりと笑って言った大和を下からじっとりと見上げる三月の目つきは疑いしか含んでない。
    「そうだな、普段の半分以下くらいだったけど」
     残したら悪いと茶碗半分ほどに盛られた白米と、食べ盛りの子供たちに朝だからあんまり食えない、とおかずを渡していたのを三月は見逃さなかった。
    「ヤマト、貴方の体はこれほどまでに心許なかったですか?」
     後ろから顎、首筋、そのまま腹部まで手で巡りニッコリと笑うナギの目は一切笑っていない。
     完全に包囲されている。
    「気のせいじゃ…」
    「ないですよね?」
    「あんたクランクアップしてからも俺たちと一緒に飯食ってなかっただろ」
    「それは……」
    「質問を変える。大和さん、飯は食べたいって思う?」
     食べたいのかと、三月は大和に聞いた。食べろと言えば少量でも食べる。しかし、自分の意思で食べたいと思うのか、と聞かれると大和は言葉を詰まらせた。あくまでも体力を保つため動くための原動力として、胃を満たせればよかったのだ。
    「ミツの、飯は食いたい……けど」
     食べれなければそれでいい、という言葉は飲み込んだ。食に対しての関心が大和の中で消え失せているのを、三月を始めとするメンバーに知られたくなかった。
     口を閉ざし叱られた子供のように小さくなる大和と、腰から手を離しため息を吐いた三月、同じく腕を外し困りましたねと眉を下げるナギ。三人の動向を見守っていた他のメンバー。微妙な空気が流れる楽屋にノックの音が響き壮五が慌てて「どうぞ」と言った先で開いた扉から現れたのは、Treasureの衣装に身を包んだTRIGGERの三人だった。
    「今日はよろしく、ってなんだこの空気」
     IDOLiSH7の楽屋の空気に眉を潜めた楽が全体を見回し、「居た」と声を上げると脇目もふらず大股で大和へと向かっていった。天は気にもとめず「今日はよろしく」と言い、気がかりであるも龍之介もまた「よろしくね」と笑って声をかけた。二人は楽がなにを気にしているのかしたいのか、わかっているからこそなにも言わない。
    「八乙女どうかした?え、なに、こわっ、ひェッ!!」
     無言で近づき大和の声にも反応せず、ガシッと勢いよく腰を掴んだ。
    「この前スタジオですれ違った時に時間なかったから言えなかったが…細過ぎるだろ」
     クランクアップももうすぐ、という時期に偶然廊下で大和は楽とすれ違ったが、楽は次の現場に、大和はこれからスタジオに向かう所だった為に軽く挨拶をしてそれぞれの仕事へと向かっていった。たった数秒会っただけで楽が気にかける程に、大和の体は痩せていた。
    「……役作りだったんだよ」
    「クランクアップして何日経つ?おかしいだろ、あの時と変わってない」
     掌越しに感じる腰の薄さに顔をしかめ、這うように大和の体を楽の手が登って行く。乱れた襟元から鎖骨、骨を辿って首筋に触れその頬を包む。直接肌を感じたいと、口で手袋を外した楽は改めて手袋の外された手で大和の肉付きの悪い頬を包み、親指で唇へと触れた。いつもならば、ふっくらと艶のある唇が少しカサつきケアが行われていないことを分かりやすく楽に伝えてくる。肌も、指先の間に流れる髪も以前よりも艶がないように感じる。
    「二階堂」
     忙しさはお互い様だ。それでもケアを怠り体も不安になるほど痩せたままは、楽の眉間の皺をより濃く刻ませるのにこと足りた。
    「ろくに飯食ってねぇだろ」
    「食ってる、から」
    「肌も荒れてんじゃねぇか」
    「気のせいじゃない?」
    「んなわけあるか!」
     美人の怒り顔はなんとも圧と凄みがある。ただでさえ近い距離にある顔がより近くなった。親指で目の下を撫でられ反射で片目を瞑った。なにが楽しいのか、楽はしきりに体を撫で回してくる。
    「触り方やらしい、やめろ」
    「…ほんと、どうやったらこんな体なるんだ?力入れたら折れそうだな」
    「んなわけあるか、話をきけ」
     真顔で突っ込んでパチリと手を叩く。それでも腰を掴む手は離されることはない。身長差もあるが、痩せたままの大和とジムに通い体を作っている楽とでは並んでいると随分と体格差が出て見えた。
     頬を包んだ掌で顔を上げられた大和の視界に思いの外近い距離の楽の顔面がうつる。オールバックで遮るものなく晒された楽の顔面に思わず仰け反り逃げ腰になった大和を、逃さないよう腰に添えた手が回りぴたりと密着した。
    「近い!顔が近い!八乙女ステイ!」
    「俺は犬か」
     楽の顔面を掌で押して離そうとする大和の手首を掴み指を絡めて不適に笑った楽に嫌な予感が襲う。口の端が引き攣ったのを自覚する。
    「なぁ、二階堂」
    「な、なに?」
    「正直に言ったら離れてやるよ」
    「脅しか!!」
     大和が自分顔に弱いというのを理解していてぐっと顔を近づける。ヒェ、と情けない声が上がり上下した喉仏は細くなった首を殊更強調し、すっと目が細まった。リハをして踊って歌う体力もあるのはわかっていても彼の体をみると崩れてしまいそうな細さに、知らないうちに消えてしまうのではないかという不安が押し寄せる。
    「飯は食ってるか?」
    「尋問?」
    「いいから答えろ。飯は?」
     助けを求めて視線を動かして、誰も彼もが大和の答えを待っているのを知る。こんな中で現状の自分の食生活を素直にいうのははばかれるが、目の前の人物は感がよくきっと嘘はすぐにバレてしまうと大和は冷や汗をかきながら思考した。自分が彼らに嘘をつくことができないというのも、彼の根っこの部分の素直さも残念ながら本人は自覚はあまりなかった。元より、こうなってしまった楽に大和が敵うものでもないのだが。
    「そんなに食わなくても、いいから……あまり食べてないです……」
    「ロケ弁とかはどうしてた?」
    「油キツくて、胃がうけつけないと言いますか、具合悪くなるから食べたくないと言いますか」
     一度食べようかと思い貰う前に他の俳優が食べてるのを見て、揚げ物とその弁当の匂いに作ってくれた人には申し訳ないが食べる前に嘔気に襲われロケ弁に手をつけるのをやめた。それ以降は美味しいと分かっていても、食べなくてもいいならと思うと自然と食から離れ隙間時間でゼリー飲料などを胃に入れて食事といえない食事を済ませてしまう生活を繰り返していたら、体は順応していって事足りてしまっていた。
    「大学時代とかそんなだったし、動けてるから特に問題もなかったし今更かなぁって……体重戻らないのには困ったけど、そのうち戻るとも思うし……」
     段々と声を小さくしていき話す内容はこの場にいる全員の頭を痛ませた。どこからとも無く、至る所で重い溜息が吐かれていく。
     何か不味かったか、と顔を痙攣らせても原因が分からないので困惑ばかりが大和を襲う。どこかで「それはない」と言ったのは誰なのか。
    「体重が何も食わずに勝手に戻るわけないだろ……」
     三月の正論に全員が頷く。どうにかしなければと思ってたところでスタッフから呼ばれてしまい、もう行かなければいけない時間になっていたことに一斉に動き出す。
    「とりあえず!これが終わったら会議するからな!」
    「おい和泉兄!俺たちも混ぜろよ」
    「俺たちにも協力させて」
    「二階堂大和、覚悟しといてね」
     扉に消えていくTRIGGERの面々にキョトンとしたまま言葉を失う大和の背中を三月が音が鳴るくらい強く叩く。ナギが背に手を回してにこりと微笑んだ。
    「愛されていますねヤマト」
     さあワタシたちも行きましょう、とエスコートするように現状に追いつかないままナギと共に大和は楽屋を後にした。



     出番が終わった舞台袖で貧血を起こし倒れることになるのをまだ誰も知る由はない。
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