ラキスケジェイ監おかしいなとは思ったのだ。
ラウンジの仕事も終わりほとんど生徒のいない時間帯にシャワーを浴びようと赴いた時、個室から片割れであるフロイドがあくびを噛み殺して出てきた。
パジャマにしているスウェットに身を包みながら。
個室に服を置けるスペースなどない。なにせシャワールームなのだ。持ち込めば水で濡れるはずなのに、彼の服は濡れていなかった。
声をかけたが、半分寝ている彼には届かなかった。
変だなと思いながらも、ジェイドも疲労と眠気で後でもいいかと息を吐き、衣服を脱ぐ。スマホもマジカルペンも畳んだ衣服の上に置いた。
そうしてフロイドが使った個室の扉を開けて足を踏み入れた瞬間、ジェイドは固まった。
「……え?」
そこにいたのは全裸の少女。
頭に泡を乗せ、こちらを見上げる瞳には見覚えがあった。
「……監督生さん」
どうしてここに、といいかけたが、視線が捉えた豊かな双丘に視線を定めてしまった。
……待て、少女?
「っ、わあああぁっ!!」
叫びながら体をちぢこませる監督生に我に返って踵を返したが、扉を開けて絶望した。
「……やられた……」
視界に写るのは見慣れたシャワールームではなく、たぶん、オンボロ寮の脱衣場だ。
いつの間にかいなくなっていたフロイドが着替えて個室から出てきたのは、ここを直接繋げていたからだ。
何かでオンボロ寮のシャワーを使い、外に出るのが面倒だと魔法を使ったのだろう。
扉を閉めながら監督生を呼ぶ。
「タオルをお借りしても?」
「はははは、はい!その棚の、下の…いや、真ん中のあわわ」
「落ち着いてください。とりあえず開けますね」
「せせ、先輩」
「突然失礼いたしました。タオルをお借りしますね。たぶん……いえ、フロイドが原因でしょうから、これから戻って絞ってきます。乱入したお詫びは日を改めて」
「戻…?先輩、服は?」
「タオルがあります」
「え、服ないんですか!?」
「マジカルペンもスマホもないですね」
「ま、まさか全裸で戻るんですか!?」
「全裸ではないです。タオルがありますから。まぁ夜も遅いので誰にも会わないかと」
「いや、さすがにまずいですよ!っていうか風邪ひいちゃいます」
「寒いのは慣れてます」
「ダメです!」
「貴方の服を着た方が視界の暴力かと」
「サイズ感……」
「とりあえず、私の部屋に!ベッド使ってください!上がったらフロイド先輩に連絡するので!」
「貴方の部屋?ゲストルームは?」
「今大掃除中で荷物詰まってて。それでもいいってグリムは寝てますけど。談話室はゴーストたちがいるので、そのままの先輩が行くのはちょっとアレだし……」
「…………」
「私の部屋なら、ここからまっすぐ行けば誰にも会わずに入れますから」
とはいうものの、シャワーを浴びてないのにベッドに入れるはずがない。
ベッドは監督生の匂いが染み付いていた。
脳裏に焼き付く裸体。
いつもは魔法具か何かでかくしているのだろう女性特有の豊かな胸元。内蔵が入ってるのかどうか分からないくらい細い腰だった。
あの一瞬で脳裏に焼き付けた自分の優秀さに拍手を贈りたい。ジェイドだって思春期のオトコノコなのだ。
控えめなノックの音。
随分早いがもうシャワーを終えたのだろうか。
「……先輩?」
「はい」
「すみませんが、目を瞑っててもらえますか…?」
「どうしました?」
「着替え忘れてて…」
この迂闊さ。相手が監督生じゃなかったら持ち得る語彙を使って笑いながら罵ってる。
「…………どうぞ」
「……どうしてフロイドがここのシャワーを使ったんですか」
「それは」
「お二人はそういう仲で?彼は貴方が女性だと知っていたんですか」
「あ、いえ。それは知らないです」
「知らない?」
「何度かここに遊びにきてて。その時勝手にシャワールーム使ってたみたいなんですけど、たぶんその時に置いていったシャンプー使いたかったんじゃないかと……」
「あぁ、そういう……」
「たぶんですけど。でもフロイド先輩は私が女だって知らないはずです。言ってないから」
「そうですか」
「でも入ってきたのがジェイド先輩で良かったです。他の人だったらって思うと」
「僕なら安心?」
「いや、あの、冷静に対処してくれたので」
「そう見えましたか」
「え」
「結構動揺してたんですけど」
「そうなんですか!?」
「動揺してなきゃ、タオル一枚で外に飛び出そうとはしませんよ」
「あー……そうかぁ。そうですよね」
手を伸ばして監督生を捕まえると、抱え込んでベッドに座った。
「ちょ」
「髪の毛乾かさなかったんですか」
「ちょっと先輩」
「慌てて来たの?体が冷えてる」
「ジェイド先輩!」
「こんなことならもっとしっかり見ておくべきでした」
「ね、ちょっとジェイド先輩!」
「……僕の見たじゃないですか」
「ひょおおお」
「あんなにしっかりばっちり見られて、もうお婿さんに行けないです」
「みみみ見てない!見てないです!」
「本当に?」
「あ~と…」
「ふふふ。誤解なさらないでくださいね。あれは通常時ですから」
「ひぇ!」
「対価を……僕の全てを見た貴方から対価をいただきましょうか」
「貴方のこの手で僕の」
ぎゅうと手を握り込み、薄い腹に回した腕に力を込めて。
「兄弟に連絡してもらいましょうか」
「っはー!」
「ふふ」
「そうですよね、はい!連絡します!」
腰を浮かせてスマホを取ったが、自らジェイドの上に再び腰を下ろした。
(ここに戻るんですね)
片手を繋いでいるとはいえ、横に座ればいいものを。
動揺しているユウを腕の中に閉じ込めながら、気付かれぬよう笑いを堪える。
『………ぁ?』
「フフフフロイド先輩、寝てるとこすみませんユウです」
『……ユウ……?あー……小エビちゃん?』
「はい!あの、あ!」
ぐいとスマホを持っている手が引かれ、ジェイドの顔がぐっと近くなった。
後ろから抱きすくめたままユウの手元にあるスマホでフロイドを呼んだ。
『あぁ?ジェイ………あ!』
「思い出しました?」
『ごめぇん。じゃあ今オンボロ寮?』
「貴方のおかげで全裸ですよ」
『ウケる。アズールめっちゃ探してたよ~』
「貴方から説明してください。僕はこのままこちらに泊まりますから、服と洗顔道具諸々を転送してください。スマホとペンを忘れずに」
『えぇ~?めんどくさ』
「フロイド?」
『分かったってぇ。うっかり一方通行にすんのわすれててさぁ、一方通行じゃなくて一回にしちゃったからジェイドがそっち行ったんだろうねぇ』
「まぁそうでしょうね。対象が行って戻ってで一回のカウントですからね」
『小エビちゃんいる?』
「いますよ」
「フロイド先輩?」
『あはぁ。いきなりジェイド来たからびっくりしたでしょ?ごめぇん』
「最悪のタイミングでしたよ」
『一緒に風呂入ったの?』
「入りません」
『なんで?別にいいじゃん』
「よくないです!」
「僕としては一緒でも良かったんですけどねぇ」
『ジェイド大きいからねぇ』
「ふふ、そうですね。僕、大きいので」
「ひぃ」
『んじゃアズールに言ってから荷物送るわ~』
「あぁ靴も忘れないで、フロイド」
『オッケ~他にはぁ?』
なんだかんだと長話している兄弟たちの声を聞きながら、暖かい背中に眠気がやってきた。
ジェイドの声は心地いい。腹に回された手のぽんぽんと優しいリズムにすぅと眠りに入ってしまった。
「おや、寝ちゃいました」
『小エビ~』
「そういうわけで、後は任せました」
『りょ』
ベッドに横たえても気付く気配のない監督生。
そんな彼女を見下ろしながら、ジェイドは笑みを浮かべた。
「ペンがなくても、着替えることくらい造作もないんですよ」
腕の中の細く薄い腹を撫でから、パジャマのズボンに指を引っ掻けた。
「僕のを見たなら、僕も貴方のを見る権利がありますよね」
翌朝。
グリムのしっぽだと思って掴んだものは、
「おや、朝から大胆ですね」
「!?」
全裸で微笑むジェイドに抱き締められて目を白黒させる監督生。
あわあわとあわてふためく彼女に満足して体を起こすと、ペンを手にしてさっと着替えた。制服でも寮服でもなく、休みの日によく着ているスウェットだ。
「おはようございます、ユウさん」