黄昏の啓護さんを待っている間に寝てしまったのか、今自分は夢を見ているようだ。
夢、と認識できるのは今まで家にいたのが外にいるからだ、としか言いようがない。
鮮やかな夕日に照らされた今時少し珍しい赤茶色をした石畳。木々は綺麗に手入れをされ微かに鳥の囀ずりも聞こえる。とても綺麗な、何処か外国のような雰囲気の場所。
それにしても、此処は何処なのだろう。記憶が正しければ僕は此処…大きな噴水がある公園?広場に来た記憶も何かの雑誌やテレビなどの媒体でも見たことがない。
大きな噴水はキラキラと夕日を浴びて大きな音をたてながら水を流し、その存在を主張していた。
少し近くに行ってみようか…
先程から座っていた茶色の、何処の公園にもありそうな木で出来たベンチから立ち上がり噴水へと近づく。近づくにつれその噴水の大きさが見ているより大きい事に気づく。
立派な噴水。本当に何処の噴水だろう…
噴水の何処かに目印はないだろうかと周りを廻っていると
「ぼん…そわーる」
【彼】と出会った
僕より随分と背が高く、無造作に整えられた前髪で顔の半分、目は見えず、無精髭を生やした彼は僕が驚いて固まっているのにも構わず、そのテンションを続けた
「そんな浮かない顔をして…何事かお悩み?愚かな提案あるのだが どうだろう 俺でよければ君のーー話し相手になりたい」
彼は距離を縮め僕の手を握りながら、口しか見えない笑顔で言ったのだ。
ーその笑顔が少し○○○○先生に似ている気がしたー
先生?先生って誰?あれ?僕の夢なのになんで人が?話しかけてこられるの…?
「結構です」
困惑した脳内で漸く絞り出した声は明らかな拒絶で、僕は急いでその彼と距離を取ろうとしたが石畳に躓き後ろへと倒れそうになる。
咄嗟に僕は…
「怪我はない?坊や?」
ふわりと、彼が抱き抱えてくれたお陰で転倒は免れた。
背中と腰を支えてくれる彼の手。僕の手は、僕は今、何を、守ろうとした…?
「さてと、これで少しは信用してくれたかな?俺は君に…うん。危害を加えないよ」
そう言うとベンチへと移動し抱えていた僕をゆっくりと下ろし、彼もまた僕の隣へと腰をかける。
その姿に、本当に危害を、何かされるのではないか?という疑問は緩やかにほどかれていった。なにより、どうしても彼の雰囲気が似ていて…
ーまただ、僕は誰と彼を比べているのだろうー
「おっと。あんまり考えないで~。考えても仕方がないこともあるからさ。今はお兄さんとお話しましょ?」
頭を優しく撫でる手に、啓護さんを重ねてしまう。
啓護さん。僕の大好きな人。僕のお腹の…
「んじゃ、なんで君は噴水の周りをぐるぐる廻っていたのかな?」
「みっ」
「うん?見てた見てた。君、俺に気づかずにずーっとぐるぐるぐるぐる…」
「僕、坊やでも君でもないです…。僕の名前は入間、です」
随分と前から見られていたことが恥ずかしくて、未だに僕の事を君や坊やと呼ぶ彼に名前を教える。
もう、なんでもいいや。どうせ夢だもん。起きたらこの彼も消えて…消えるんだろう。何故か初対面のはずなのに少しの寂しさを覚えつつも未だに一人で僕が噴水の周りを廻った回数や歩数、時間を話している彼へと視線を戻す。というか、
「歩数まで数えていたんですか…」
「いや?勘。っつーのも嘘で【此処】ではそうしなきゃなんないの。色々面倒臭いでしょ~?でも、今回来れてよかった。絶対羨ましがられるもん」
やり~と言いながら鼻唄を歌う彼。ポケットへと手を伸ばし馴れた手付きで煙草を、
「ぅおっと…煙草は駄目だね。うん。これは本当に殺されちゃう」
取り出そうとした煙草を仕舞い直し、僕へと向き直る。
前髪に隠された瞳が、僕を射貫く。けれど、恐怖はない。ただ、話を聞くヒトの瞳。
夕日が彼の少し白い肌を染める。此処が夢の中だと気づいた時から沈まない夕日。時間が止まっていると、気づく。なら、少し、ほんの少し、話してもいいだろうか。僕の気持ちを。知らないヒトだからこそ、話してみようか。
「僕はーーー」
両親がいないこと
両親からの愛情がわからないこと
『親』になれるか
『家族』になれるか
このこを しあわせに できるか…
「なるほど…これ、俺が先に聞いて本当によかったのかな…?いくら記憶を消すっつたって…ごみょごみょ…」
「…あの?」
「おおっとぉ!!う~ん…つらくて、苦しくて、抱えきれないのなら、君で終いにしてしまうのも良い、かもしれない。残念だけど、君の悩みを聞いてはあげられるけど、俺からの解はないね。誰にでも訪れる無慈悲な夜は、それこそ魔王様でも変えられなかった」
「魔王、様?」
「そう。皆が大好きで、皆に愛され、ひとりの悪魔を愛し、愛され、静かに夜を迎えた、俺達の魔王様。俺達も認めた、そりゃもう凄い人だったんだよ?でも、無慈悲な夜には敵わない。そもそも、抗ってなかったみたいだし?」
にやにやと笑う楽しそうな彼。言っている事の大半は解らなかったけど、彼が、彼等が大好きだった人が喪われたのはわかった。
そして、その事に悲しんでいることも。
彼は、言動とは裏腹にとても優しいヒトなのだろう…。
「俺が言えることは、ただひとつ」
その彼が歌う様に語りかけるかの様に言葉を紡ぐ。
君が来た朝を後悔するなら…
更なる痛みを産むべきじゃない…
君が往く夜を…
肯定するなら
その子もまた
【人生】を愛すだろう
さてと、名残惜しけど、そろそろ時間だ
黄昏の時間は終わるを告げる
共に過ごした時間は、君の記憶から消えてしまうけれど
君の途はまだ続く…
信じることが怖くても
失うことが怖くても
傷つくことが怖くても
君と話したいと思う者がいることを忘れないでね
「あ、りが…ありがとうございました」
涙で溢れた瞳は彼の姿を曖昧に映す
最後に笑った彼の顔は…
かるえごせんせいに にている
入間がいなくなったベンチにひとりで座る無精髭の男
紫煙を纏わせにやけた顔は引き締まらずベンチの背に仰け反る
「久しぶりに会った魔王様可愛すぎでしょ~まぁたカルエゴちゃんと一緒にいるとか、本当にカルエゴちゃんズルい~いっそこのまま此処に…」
「此処に…なんですか?叔父上?」
楽しそうに独り言をしていた無精髭の男の背後に音もなく立ち、肩へと置いた手に力を入れる長身長髪の男
無表情だが目には怒りの炎が揺れ動く
「ナ、ナルニアちゃぁん…どして、此処に?」
「ご丁寧に結界まで張ったのに、と言いたげですね」
「…ソンナコトナイヨ?」
「ご説明しましょうか?」
「ケッコウデス」
「そう、言わずに」
かの子供の気配が色濃くなっていたので珍しいと思い【狭間】に来てみればご丁寧に張られた結界。内には、子供と貴方の気配。
結界を壊し入ろうとすれば別の【狭間】へとご案内。お陰で子供に合うことも出来ず仕舞い。
「俺は、このまま貴様の肩を粉砕してもいいと思っている」
怒りに燃える長髪のーナルニアーと呼ばれた男の爪や指が食い込んだ肩の激痛に無精髭の男は叫びながら謝り倒す。
数分経った後、男は自分の負傷した肩を撫でながら「俺のとっておきのお酒…」痛みだけではない涙を流していた。
無精髭の男を泣かし酒も手に入り、少しは機嫌を直したナルニアはもう此処には用はないとばかりに踵を返す
「あんれ~?もう帰るの~?」
「子供も、まだ見ぬ子もいない【狭間】になど、これ以上いても時間の無駄です」
「お、やっぱり気づいてた?いやぁカルエゴちゃんもやるよね~結婚して~何年だ?もう孕ませるとはよっさっすが俺の甥っ子」
「それ以上、俺の可愛いカルエゴを貴様と同列に扱うのであれば息の根止めるぞ」
「ウソデス。ジョウダンデス」
「それに、もうではなく。やっとですよ」
「あ~そうね。あのカルエゴちゃんだもんね。しっかし、巡った先でも【ああ】とはね~」
「当然でしょう」
ナルニアは心底愉快そうに目を口をしならせる
その愉しそうな顔を見ながら無精髭の男もまた笑う
彼奴の、彼奴等の根源は悪魔なのですから
鳥の囀ずりは聞こえなくなり
木々は葉を揺らすのを止め
噴水は水を止めた
ヒト影もなく
その公園は再び巡り合うその日まで静かに、そこにある
おしまい