小話集【その笑顔をやめろ】
平尾と鍋島と野薔薇は同じ高校出身だ。平尾は2人の先輩にあたる。
大人になってもなんやかんだと腐れ縁は続きたまーに、本当にたまーに呑みに行く。
ある日の飲み会で珍しく平尾が遅刻。
理由を聞いてみるば「社長のお孫様が可愛いくて離れがたかった(お前らより優先順位高いんだよ)」との事。
どれ程可愛がっているんだと、少し気になっていたある日、昔馴染みの壇からの依頼でインタビューを受けることになった。
壇本人あるいはベテラン記者が行うだろうと思って行ってみれば、未成年と言われれば納得する程、童顔な瞳のデカい3本アホ毛がある記者ー佐藤入間ーが来た。
なんだコイツと思いつつも、受け答え・質問の内容・間のもたせ方等、全てが不愉快にならず驚く鍋島。
好感度を持ったのなら即行動が信条な鍋島は、あれよこれよと巧みに誘導し見事入間の恋人の座に収まった。
そんな可愛い可愛い恋人から、家族に紹介したいと言われ意気揚々と入間宅に迎えば見慣れた赤が…。
その瞬間鍋島は思い出した。
平尾の可愛がっている孫を。学生時代の平尾から受けた数々の痛みを…。
全身冷や汗が止まらない鍋島。
入間の前だからと笑顔だが瞳が『鍋島殺』と語る平尾。
大好きな鍋島を家族に紹介出来ると喜んでいる入間。
三者三様な空気のなか先に動くのは誰か?
悪魔のみ知り得るのかもしれない
おしまい
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【これもひとつのデート】
佐藤入間の休日は近所のお店のデカ盛りチャレンジメニュー(今回は鬼ヶ島オムライス6.6㎏)に挑み勝利を納めたあと、散歩をしながら興味を惹かれた物や人に話し掛けたり調べたりして、実家(去場邸)に顔をだしたりする。
最近は片想い中の人に教えてもらった喫茶店に行くことも増えた。
美味しい珈琲も飲めるし、マスターもいい人だ。
鍋島啓護の休日は午前中は練習を行い午後はサボテンを見に花屋へ。
最近は、花屋の後に気になる彼に教えた喫茶店にも必ず寄り、彼が書いた記事を読む事。
上手い珈琲に臨場感のある彼の記事。
お互いに会えたら相席をして、たわいのない話をして解散。
休日が被るのは稀な事だし、会える確率も低い。
だが、会えるかもと行動し、相手を想う時間が2人とも嫌いではないのだ。
おしまい
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【好きって言われたい】
鍋「しりとりをしよう」
入「しりとりですか?いいですよ?」
「では、俺から【イギリス】」
「林檎じゃないんですね【スイカ】」
「あまりしたことがないが、林檎が最初なのか?【カラス】」
「必ずといったわけではないですが、林檎が最初のイメージですね【すずめ】」
「そうか。では、次は林檎から始めよう【目指す】」
「え?そういったのもありですか?」
「ありだ。なんでもありだ。入間の番だぞ【目指す】だ」
「う~ん・・・。【スルメ】」
「気にするな楽しんだ者勝ちだぞ【メトロポリス】」
「なんか【す】で終わりのばっかじゃないですか?【すきやき】」
「気のせいだ【キリギリス】」
「ほらまた【す】じゃないですか」
「だから気のせいだと、言っている」
「まあ、同じ文字で攻めるのも一種の手ですもんね【スキューバーダイビング】」
「【グレープジュース】」
「【すすきの】」
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「かれこれ一時間近くやっているが、なかなか手強いな入間よ」
「これでも、編集者なので単語は沢山覚えていないと、ですよ」
「それも、そうだな・・・【てふだ】」
「漸く【す】攻めからの解放ですね」
「ああ、もういい・・・一時間経ったしな・・・」
「ん~じゃあ、次の僕の番で啓護さんが返せなかったら僕の勝ちでいいですか?」
「好きにしろ」
「では、啓護さん【大好き】」
「・・・は?」
「ほら啓護さんの番ですよ?」
「・・・最初から、分かっていたな」
「なんの事でしょうか?ほら、啓護さんは?」
「俺は、愛してるだ」
「ふふふ、僕の勝ちですね」
「まったく、まいったぞ入間」
おしまい
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【いますぐに】
入間の家で入間を待つ。
入間の家のはずが入間は不在。俺一人が入間の家で入間を待つ。
何故この状況になったのかというと…
今日は二人揃っての休日で入間の家でのんびりと、ほんの少しの下心を忍ばせ過ごしていた時、入間の仕事用の携帯が鳴った。淡い桃色の空気は一瞬で消え去り入間は素早く携帯に出る。
仕事の話に聞き耳をたてるわけにもいかず、手元無沙汰になっていると
「では、直ぐに行きますね」
は?と思った時には既に携帯を切り仕事鞄を持っている入間の姿が。
「すみません啓護さん。急に明日ノ宮先生が会社にいらしたらしくて打ち合わせを行いたいとおっしゃっているみたいなんで、少し…でも、ないかもしれません。行ってきますね」
「明日ノ宮とは、入間が担当している小説家だったな。わざわざ会社に来るような奴なのか?そもそも、入間は休日だ。担当といえど休みの者が対応しなくともいいではないか?」
「それが、会社に来ること事態初めてなんですよ。なので、壇編集長もなにか重大な打ち合わせなんじゃないかって僕を呼んでくださったんですよ」
「初めて…?入間、今日明日ノ宮に休日と言ったか?」
「明日ノ宮先生にですか?言いましたね。次回の打ち合わせの日程を確認する際に、休日はある程度共有させていただいてるので」
「なん…だと…。因みに、俺と過ごすと言ったか?」
「え~っと…。あ、伝えましたね。と言っても、デートと言ったんじゃないですよ!?その、楽しい休日になる日とは伝えましたけど」
照れている入間は大変愛らしいが内容は全然愛らしくない。いや最後の楽しい休日は愛らしい。が、やはり内容は全くもって愛らしくない。もともと、入間から聞く明日ノ宮という男は気に食わなかったが、どうせ何も出来ない男だと放っておけばこの様な手段にでるとは。
少し、灸を据えねばならないな。
「俺も行こう」
「え?」
「俺も行こう。仕事の邪魔はせん。むしろ、仕事の話をしよう」
「え?え?どうしたんですか?」
「俺も会社に行くのは始めてだろう。ならば俺の担当をしている入間が対応せねばならない。つまり、明日ノ宮の相手はしなくていい」
「啓護さん本当にどうしたんですか落ち着いてください」
「俺は冷静だ。行くぞ入間」
「啓護さん」
結論から言うと
【コラ】と、怒り馴れていない入間に怒られ、入間に怒られた事もない俺は怯み…
「なるべく、なるべくになっちゃいますが早めに帰ってきますから、啓護さんは待っていてください」幼い子供に言い聞かせるように言う入間に返す言葉もなく…出掛ける入間を黙って見送った。
入間に出会う前の俺が今の俺を見たらきっと殺しに来るだろう。
それほど、情けない姿だと自分でも思っている。
歳下の恋人の一喜一憂に翻弄される自分。
だがー
「悪くはない」
そう、悪くはないのだ。入間に翻弄されている自分が。
遠い昔から、そうしていたかのように思えてしまう位、次に入間がなにをするのか、どう行動するのか、俺は楽しんでいる縁さえある。
そうだ、それが俺の恋人
「佐藤入間だ」
ああ、入間よ
早く、いますぐに
「帰ってこい」
おしまい