アランデル邸宅のプール掃除させられるヒューベルト直射日光と照り返しに挟まれて、時折吹く熱風が肌を撫でる。白壁に囲まれた中庭は、乾かぬうちに新たな汗をかくような状態だった。
酷暑に身を晒す使用人をよそに、豪邸の主人はプールサイドの日陰でで客人と商談を進めていた。
『水を戻したら一番に泳ぐことを許してやる』
駄々広い温水プールから今は水が抜かれていた。定期的な清掃はマシンが行っているはずだが、今月は清掃を予定した日にその機械が入ることなく、代わりにハウスキーパーとしての臨時のシフトが入れられていた。
人の手で掃除できる範囲に限りはあるのだから、結局のところ機械があとで磨くのだろう。考えれば考えるほど、不毛な行為を強いられている。この状況を最も悦んでいるのは今、アランデルの目の前にいる客人であった。日差しよけの下でアイスコーヒーを片手に太った体を揺らしていた。
彼はある時アランデルからヒューベルトのことを聞き、興味本位で今日は訪ねてきたらしい。表向きは商談を進めているが、相当な好色家だ。
厚顔無恥な男からの視線を背中に浴びながらヒューベルトは心を殺していた。プールサイドに置かれたマットの類も目の当りにするたびにヒューベルトの気分を落とし込ませる。加えて、着ている服のせいもある。ほぼ紐のようなブーメランパンツに、上にTシャツのみを身に着けた姿。白いTシャツが濡れて肌が透ける。
昨晩弄られた乳首が薄く色づいて見えるのも悪趣味な客人の目を愉しませているようだ。しゃがんで物を取れだの、時折発せられる、無意味な指令もそのためにあるらしい。それを肴に話が背後で弾んでいるのがうかがい知れる。
此度は、ヒューベルト一人が恥を被ればアランデルの仕事もうまくいく算段になっているらしい。端々から聞こえてくる内容はアランデルの意図したものに転がっていく。意に添わぬ接待を強いられるヒューベルトが一番の被害者だ。
アランデルは客人を悦ばせつつ、自らもヒューベルトの痴態を愉しんでいる。一番美味い汁を啜っている主人はどんな状況であろうとも自らの利益を手繰り寄せることに余念がない。
「アランデル様、随分と良い奴隷を飼っているようですなあ」
「ええ。優秀ですよ、あれは」
「他に貸し出しなどはされないのですか?」
後から聞こえた言葉にぴく、と肩を震わせてしまう。苦渋ににじむ顔を見せたくなかったので背中を彼らには向けていた。
「ご所望とあらば、と言いたいところですがね…」
「残念」
「ですが、今後もご縁があれば、わかりませんな」
「おやおや、お上手ですね。アランデル様には何を貢物とすれば良いのでしょうかねえ。十分コレクションは揃っているようですが、ガレージの中にある車種以外もご入用とあらば…」
手を擦り合わせる仕草はまるで食物にたかる蠅のようだな、とヒューベルトは侮蔑の表情で客の男を盗み見た。巨大な貿易会社を営む商人はアランデルへの媚びの売り方を心得ているようである。自分も商品の一人に過ぎないのか、車庫に無造作に並べられている外車のように、交渉の条件に差し出されることもひどく不快だ。
「ふむ」
ヒューベルトはアランデルが一考するそぶりを見せたことに戦慄を覚えた。顎を撫でながら自身の中で事を謀っているような仕草にデッキブラシを投げ出しかける。同時にプールサイドに置かれたマットを期待に満ちた表情をして見ている男に怖気も走る。
「ヒューベルト、掃除はもう良い。上がれ」
アランデルが席を立った。
「私は水が溜まるまでの間、席を外します。ごゆるりとおくつろぎください」
プールに水を再度貯めるための指令を入れるコンソールは屋内のメンテナンスルームにあることは知っていた。注水が終わるまでの時間も、無論知っている。踵を返してリビングに消えていく主人の後ろ姿を半ば呆然と見送った。
★★★
わしづかまれた尻に、緩い鼻息が触れる。男の顔を股がされる屈辱的な体勢に、ヒューベルトは男から見えない位置で歯を噛み締めていた。
「ああ、綺麗に『処理』されているねえ。水着はアランデル様の趣味かね。彼の方もなかなかのご趣味をお持ちではないか」
宅内のモニターで見られていることも知らずに男は息を荒くして捲し立てる。
「私の自宅にも君のような『玩具』はいるのだけれどね。人が仕立てたものもまた良い。少し赤い。昨晩散々可愛がられたのかな、可愛そうに」
押し広げられた孔をまじまじ見られている感覚に羞恥心が腹底から湧き上がってくる。昨日からアランデルに身柄を押さえられ、体を解放されたのは深夜になってからだった。ある程度睡眠時間は与えられたものの、心身ともに休めたとは言い難い。そのまま本来の仕事と並ぶ苦行を強いられている。
「ふ、ふふ…恥ずかしいのかな」
「っ……あぁ」
男の手が徐々に尻を引き下げてくる。息を吹きかけられる後孔に柔らかなものがあたり、ヒューベルトは悲鳴をあげそうになった。思わず腰が浮きかけるが男の力がそれを許さない。より強い力で体を下に持っていかれる。
「ほら、ちゃんとTシャツの裾を持っていて」
顔にかかった布をうっとおしげにはらいながら男は言った。
「君が従順でないとアランデル様に言い付けてしまうよ?」
そんな脅しが罷り通ると思っているあたり、男は相当おめでたい頭の持ち主である。だが、この男が機嫌を損ねた場合アランデルがそれをだしにして今夜も折檻と称して無体を敷くとしたら。ヒューベルトはそれを恐れている。
そろそろとTシャツをたくし上げる。男に見せつけるように。アランデルの従順な「奴隷」に男は心底満足したようだった。
湿り気を帯びたものが孔の周りを撫で始め、聞き難い水音が股の間から鳴り始めた。ゾワ、と寒気が這い上がってくる。逃げようとした動きをよがっているものと勘違いしたのか男が興奮したように舌の動きを激しくさせた。皺の一つ一つを広げるように、軟体の生物が這い回るかのように動く。
「おやめくださいっ…」
「いいのかい?腰が震えているよ」
情けなく震えた声は、逆効果だったようで男は双丘の間に深く顔を埋めてそこを吸い始めた。
「っ…んん、うっ、違、う」
吐き気をもよおしそうな下品な行為。音、感触全てがヒューベルトを辱めてくる。男に惨めに孔を犯されながら抵抗の一つもできない自分に嫌気がさす。
その後もふやけそうなほど、男の舌で愛撫を受けた。やがて満足したのか体位を入れ替えられる。仰向けに転がされ、緩いウォーターマットの上に転がされた。男が日光を背負うように覆い被さってくる。吐息を耳元に感じ、我に返ったヒューベルトは体を捻った。
「だめだよ。さあ、アランデル様が戻ってくる前に済ませないとね」
太腿の間に硬い塊が押し当てられた。この位置はモニターの死角になるのではないか。ヒヤリと背中に冷たいものが駆け抜ける。横目に見たプールへは水が半分ほど溜まっていた。
「お待ちを…っ」
口を塞がれて抗議の言葉はくぐもった音にしかならなかった。熱い掌の下でうめく事しかできないまま、男が自らの下半身をくつろげていく様を見守るしかできない。アランデルの言う『味見』が男にどこまでの権限を与えているのか知らないが、ここまでの狼藉を許すつもりなのか。
「んっ…うっ…ぅ!」
でっぷりと太った体躯に組み敷かれたまま足をめちゃくちゃに動かしてみても、男は何も応えていないようだった。その抵抗すらスパイスとしているのか唇が醜く歪んでいる。
「大丈夫だよ、アランデル様が君を手放しても私が雇ってあげる」
更なる怖気に身を震わせていた時だった。
「ほう、良かったではないか。ヒューベルト。ワシがお前を解雇したところで問題はないらしい」
「あ、アランデル、様?」
男が青ざめた顔を上げていた。背後にいつの間にか立っていたのはアランデルだ。
「…あ、これは」
「『契約』の不履行が生じそうでしたので戻ってまいりました」
物腰こそ慇懃だがこれ以上ない冷ややかな視線に見下され、男は情けなく体を縮こませていた。
「先ほどの商談が無駄になって欲しくはないのですがね。貴社にとっても悪い話ではないでしょうに」
勿体ぶったようにアランデルが明後日の方向を見る。そこにはガラステーブルの上に広げられたままになっているの契約書の類があった。
「あ、ああ…ああ、確かに…あの、アランデル様」
「はい」
「不躾ですが、シャワーをお借りしても?ひどく汗をかきまして」
「ああ、そうされた方が良いでしょう。お風邪など召されないようお気をつけください」
服をかき集めて無様に傍をかけて行った男を、アランデルは侮蔑の表情で見送っていた。その視線がヒューベルトへと落とされる。
「なんだ、その体たらくは」
「申し訳ありません」
「尻の穴を舐められてよがるとは、とんだ変態だな」
どのくちが言うか、とは言えまい。無言で抗議の視線をあげるとアランデルが鼻を鳴らした。
「まあ良いわ。奴のお陰で中を慣らす手間が省けたな」
「は…?」
アランデルの目を見張ると、マットの上に引き倒される。
「結局、こうなるのですか…」
「当たり前であろう。ワシを拒むなら先ほどの豚を呼び戻しても良いが」
「遠慮しますよ…っ」
無遠慮に押し込まれた指が中をぐるりとかき回す。迷いなくヒューベルトの感度が高い部分を執拗に攻める動きに喘ぎ声を上げさせられる。
「外であろうとも関係ないのか、お前には」
「っ…、でしたら、こんなことおやめください」
呆れたようなアランデルの言葉に抗議の声をあげるが、強引な口づけで塞がれる。
「ふん、もう入りそうだ」
男に散々舐めしゃぶられた中はアランデルの言う通り解され切っており、すぐに肉杭を受け入れさせられた。
「あ、つい…っ」
「お前の中も、なかなか良い。楽しめ」
膝を折り曲げられてさらに深く雄茎が沈む。内臓を押し上げられる圧迫感と快楽を同時に感じながら、ヒューベルトは揺さぶられ続けた。
時折目を焼く日差しが疎ましさを増長させる。またこの邸宅における最悪な思い出が増えたな、とどこか人ごとのように思ったのであった。