風呂にはいるだけのハサコル「コルサさん!また貴方ご飯食べていないんでしょう!お風呂も入りなさい!ずっとアトリエに引きこもっていては体に毒ですよ!」
「待ってくれ、ハッサクさん、もう少し!もう少しで着想が浮かぶんだ!あとちょっと待ってくれ!」
「そのまま何日経ったと思っているんですか!いい加減にしないと倒れます!健全な創作は健全な精神と魂に宿るのです!」
その様は水を嫌がるニャースを無理やり風呂に入れようと奮闘する様に酷似していた。ハッサクはフローリングに爪を立ててまで抵抗するコルサをやっとこさ引きはがす。担ぎ上げた体は男のものにしてはひどく軽かった。そのままバスルームへと連行する。
残業続きでまともに家にいない日々が続くとこういったことが起きる。どうにも自分の世話をおろそかにしがちな同居人のことをハッサクはいつも気にかけていた。
「まずはお風呂ですよ。もう…」
「わかった、わかったよ。ハッサクさん!離してくれ…ちゃんと入るから」
「この間シャワー出しっぱなしで寝ていたでしょう。危ないからダメです。小生もついでに入ります」
腕っぷしではとてもかなわぬ。逞しい腕の中で観念して大人しくしていたコルサだったがそれを聞いて目の色を変えた。
「い、一緒に!?」
「初めてでもないでしょう」
あの頃と比べれば随分と表情も反応も豊かになったものだ。コルサの豆鉄砲を食らったような顔を見てハッサクは内心、安堵を覚えていた。
自暴自棄な若者を文字通り「拾って」自宅まで届けたその日に、風呂に入れてやった出来事が頭を過ぎる。文字通り借りてきた猫のような大人しさだった。それはまるで底の抜けた器を洗っているかのような。無意味にも思える日々を、年月を過ごしていくうちに彼も人間らしい感情を取り戻しているようだった。
「ほら、万歳してください」
「ん……」
「下も脱ぐのです」
「いい!自分でやる!」
コルサはバックルにかかった手を振り払うと乱雑にボトムを脱ぎ捨てた。ハッサクは二人分の衣類を洗濯機に放り込んで薄い背中を追いかける。コックを捻るとシャワーから噴き出た湯から沸いた湯気がバスルームを包んでいく。白い靄の中でハッサクはコルサの骨ばった体をまじまじと見ていた。軽いわけだ。作品作りに没頭しすぎた結果だろう。
「また痩せましたね。コルサさん。やはり、ご飯ちゃんと食べないと」
「…余計なお世話だよ…っ」
「ほら、腰もこんなに細い。出たらご飯作りますからね。さ、体洗ってしまいましょう」
「自分で、やると言っただろう…ハッサクさん!」
背中を撫でた手に肩を大仰に揺らしたコルサは後ずさった。狭いバスルームの中でその背はすぐに壁にぶち当たる。
「いいから、後ろ向いて」
「待っ…」
「ここに来た日と同じことをするだけです…ねえ、コルサさん」
コルサは再び観念したように壁の方を向いた。撫でてやった頭から項、背中に湯をふりかけていく。片手に出したボディーソープをもこもこ泡立てると濡れた肌に押し付けた。首筋から胸元へと手を滑らせていく。いっそ不健康なまでに白い肌は、見た目通り滑らかだ。その感覚を愉しみながらハッサクは耳元で囁く。
「いい子ですね。かゆいところはないですか?」
「っ…ない」
耳元まで真っ赤にして、コルサは肩を震わせていた。薄い唇は何かをこらえるように噛みしめられている。
「ハッサク、さん…その、触り方…やめっ」
「ん?気持ち悪かったですか?」
「ちがっ…いや、何か恥ずかしいのだ」
「ああ、すみません。悪戯しすぎましたね。もう少しだけ」
「もう少しっ、て…やめてくれ…っ」
泡でより滑りのよくなった皮膚を撫でる度、逃げるように身をよじらせる。洗いづらいのは少々困るので、壁と自分の胸筋の間に挟み動きを抑えこんだ。行き場を無くしたコルサのわき腹から太ももにいたるまで、泡を塗り付けて擦る。
「はっ…ハッサクさん…」
「嬉しいんですよ、コルサさん」
「え…?」
「同じことをしても、貴方はこんなにも喜んでくれる。初めて会った日のあなたはまるで抜け殻でしたから…さ、前を向いて」
「いいっ、それこそ自分でやる!」
それきり、コルサは顔を真っ赤にして黙り込んでいた。