アルス君を励ますはなし【アルマリ】…
…ここ、どこかしら。
薄暗い中に、意識だけあるような。
そんな感じ。
…?
人…が見える。
ちょっと長い、ブロンドの髪。
赤い、格式ある服。
その人が、ゆっくりこっちを向いて、申し訳無さそうに微笑む。
あぁ…そうね。
この顔が、私が最後に見た…あんたの表情(かお)だったわね。
…あんたの遊びのせいで、こっちは今すっごく大変なんだからね。
アルス達が神様を復活させたり、エスタード島が封印されたり。
あんたは、ずっと探していた自分の道を見つけて、さぞや満足でしょうけど。
私達を巻き込んだ責任、ちゃんと取りなさいよね。
私の事いいのよ、私の事はアルスが守るから。
…その代わり、ちゃんと守んなさいよ…アルスの事。
いい?キーファ…あんたが守るのよ。
アルスの事は、あんたが……。
*
*
*
「…………ばか…王子。」
「!マリベル!」
すぅ、と意識が浮上し、目の前に船の天井が見える。
同時に聞こえた声の方を見れば、ガボとそのオオカミが心配そうに覗き込んでいる。
「…ガボ?私…。」
「よかったぁ…マリベル、なかなか意識が戻らないから心配したぞ。」
「あぁ…私、死んじゃったんだったわね。」
そう言い、私はゆっくりとベッドから上半身を起こす。
「全く…このマリベル様を殺すなんて許さないわよ!あの魔物…なんて言ったっけ?リベンジしなきゃ気が済まないわ!」
「あ〜…アレは、その、アルスがめちゃくちゃにやっつけたから大丈夫だぞ。」
「は?アルスが?めちゃくちゃに?」
「めちゃくちゃに。…ちょっと怖かったぞ。」
そう言い、ガボが少しオオカミと視線を交える。
「…なんか引っ掛かる言い方するわね。どういうこと?」
「あーなんつーか、魔物が死んだ後も…その…アルスが攻撃を辞めなくて。アイラが止めるまで…我を失った感じで。」
「…え。」
「そのまま、次の戦闘に入って…。でも…アルス…全然いつもと違くて…。声かけても全然こっち見なくて。」
「……。」
「…そしたら、全滅しちまった。」
そう言い、ガボがショボ…と肩を落とす。
「嘘でしょ?」
「なっ?信じらんないよな?オイラもあんなアルス初めてで…実は今もちょっと怖いぞ。」
「だってあの…ふにゃふにゃ優男代表!みたいなアルスよ?」
「そうなんだけどさぁ…まぁ、会ってみれば分かるよ。」
「え?待って、その状態が今も続いてるわけ?」
「あぁ。アルス、起きてからずっと一人で船の近くで魔物倒してる。一応アイラが側で見てるけど、声かけれる雰囲気じゃなくてさ。」
「………。」
「あんなアルス初めてで、オイラ達どうしたらいいか分からないよ。」
来てしまった、この時が。
ずっとずっと、嫌な予感はしていた。
アルスは限界だったんだわ。
…私は分かっていたはずなのに。
たしかに、元々アルスは争い事は好きじゃない。
自分が馬鹿にされても、へらへら笑ってる、そんなヤツ。
でも、大切なもの…自分の家族が傷つけられるような事があると、途端に牙を剥く一面があった。
今回、仲間(私)の死が…そのきっかけになってしまったんだ。
この世界を救う闘いも、アルスは自分に無理をさせて進んで来ていたはず。
力及ばず、悲しい結末を嫌でも見ることがある。
そんな所で、私が…私がアルスを独りにしてしまった。
キーファがいない分、私が近くにいなきゃって思っていたはずなのに。
ここに来て、私が…。
「あー、大丈夫。ちょっと私が話つけてくるから。」
「ちょ、マリベル、まだ寝てた方がいいぞ!今回の怪我…本当にすごい怪我だったんだ。」
そう言い、立ち上がる私の腕をガボが掴む。
行かないで、と母を引き留める子供のようで、その目は立派な仲間を心配する大人のそれだった。
「ガボ。心配してくれてありがと。大丈夫よ。」
「でも、オイラ…マリベルにまでなんかあったら…。」
「安心して。ちゃんと無理しないようにするわ。」
「そうか?本当に大丈夫か?」
不安そうなガボの頭を、私は優しく撫でる。
「ちょっと行って来るわね。っていうか、あんたもちょっと寝なさいよ?子供らしくないクマ出来てるじゃない。」
「うん。」
「アルスは私に任せて。」
「…うん。」
ガボが珍しくしょぼくれている。
一刻も早く、この子にこんな顔をさせた張本人に会いに行かなければ。
そのまま、私は船の外へ向かった。
*
「…っく!」
敵が、倒しても倒しても向かってくる。
これは今に始まった事じゃない。
こちらに向けられる、敵意と殺意。
命の取り合い。
…僕の1番嫌いな事だ。
それでも、自分で始めた事だから。
……君と、開いた未来だったから。
最後までちゃんとやらなきゃって、思っていたんだ。
でも…大切な人が血だらけで動かない。
この恐怖が、一瞬でこの覚悟を揺らがせた。
こんな事をしてまで、僕がしなきゃいけない事なの?
なんで、僕じゃなきゃいけないの?
水龍の一族の血、過去と未来が交わる不思議な運命。
なんで僕なの。
昔から継がれてる運命…。
……キーファ、
君はこんなものが欲しかったのかい?
…ザシュ!
「ぅ…ぐ!」
敵の爪が僕の肩を切り裂いた。
普段なら、こんなの当たらないのに…!
ちゃんと弾けるはずなのに…全てがうまく行かない。
「…く、そお!!」
水龍の剣をぎゅうとつかみ、斬りかかる。
…肩から血が吹き出してる気がするけど、痛みが無いんだ。
やれる。まだ大丈夫。
敵の心臓を狙い、確実に息の根を止める。
できる。
殺せる。
大丈夫…僕はまだやれる。
「…っ次!「次、じゃないわよ!バカアルス!!」
「ってぇ!」
息を整えて、次に備えようと顔を上げた時だ。
後ろから声が被り、何かに頭をべし!と平手打ちされた。
「…っ!?まりべ…。」
「ひぃい!あんた何その肩の傷!死ぬわよ!?」
「いつ起きたの!?そんな事より、傷は…。」
「バカ!あんたの方が重傷でしょ!こっち来なさい!」
「いて、いてててっ!耳やめてってば!」
僕の発言お構いなしに、マリベルは僕の耳をぐいぐいとひっぱる。
そのまま僕は、強制的に船の甲板まで引きずり戻された。
「ほら、そこ大人しく座んなさい。」
「……。」
「そんな怪我で、いつまで戦うつもり?」
甲板に胡座をかいて座る。
その隣にマリベルがちょこんと座った。
…その身体の動きを見ると、傷の後遺症はなさそうだ。
「マリベル、身体は大丈夫なの?」
「お陰様で。この通り、ピンピンしてるわ。」
「そっか…よかった。」
いつも通りの彼女を見て、今まで張ってた気持ちが、少し緩んだ気がした。
今回はかつて無い酷い怪我だったから、意識が戻るのが誰より遅かった。
…ふと、もう2度と目覚めないんじゃ無いかと思った。
だから、今すごくほっとしている。
「そんな事より、あんたの方よ。全く…何してんのよ。」
「どういう事?」
「ガボに聞いたの。みんなに心配かけて…あんた鏡見た?今すごく酷い顔してるわよ。」
「……。」
「あんたらしく無いわ。」
…らしく、無い?
僕らしいって、なんだっけ。
マリベルの言葉が、頭の中をふわふわしている。
その中で、脳内を1番占めている言葉が口に出ていた。
「……まだ、足りないよ。」
「え?」
「足りないんだ。もっと倒さなきゃ。魔物を殺さなきゃ。」
「アルス?」
「マリベル、ごめん。僕が弱いから、君を傷付けてしまった。僕はもっと強くならなきゃいけない。みんなを守れるくらいに。もっと…もっと。」
「……。」
「だから、僕はもっと闘わなきゃいけない。みんなの為に、強くならなきゃいけないんだ。」
そう言い、僕はまた水龍の剣に手を伸ばす。
その手を、マリベルがカルタみたいにバシー!と叩いた。
「いったぁ!」
「いいから、落ち着きなさいって言ってるの。」
「言ってないじゃん!叩いてるじゃん!」
「うっるさいわねー!アルスのくせに口ごたえするんじゃないわよ!」
マリベルはいつも僕に容赦ない。すぐ叩く。
網元のお嬢様なのに、昔から本当に手が早い。
口も悪いし…アミットさんもおばさんもとても穏やかな人なのに、マリベルだけ攻撃的なのはなんでなんだろうといつも思う。
そう、心でごねながら、僕はマリベルに叩かれた手を、もう片方の手でさすった。
そのまま、さする僕の手に、マリベルの手がそっと添えられる。
…添えられた手が、思いの外小さくてびっくりした。
「…そうよ。あんた、アルスのくせに生意気なのよ。」
「え?」
「仲間のために、世界のために?あんた一人でやろうとしてるわけ?冗談じゃない。」
「……。」
「あんた一人じゃ何もできない。あんたは強いけど、あんただけでやる事じゃない。あんたが一人で背負う事じゃない。」
「…まり…。」
「忘れたの?これは…あのバカ王子と、みんなで始めた事なのよ。」
久々にキーファが言葉に出て、ハッとした。
キーファと別れてから、マリベルはあまりキーファを話題に出さなくなった。
昔はキーファの事ばっかりだったから、余計にそう感じる。
…多分、マリベルはキーファの事が好きだったんだと思う。
だから、急にあんな別れ方になって、苦しかったんだろうな。
そう思っていたから、僕もあえて話題には出さなかった。
僕にとってキーファは特別な人だったけど、マリベルにとってもキーファは特別だったんだ。
「…だからだよ。僕がやらなきゃ。」
「バカね。そこに私も入れなさいって言ってるの。」
「マリベルは僕たちに巻き込まれただけでしょ。」
「はぁ?私を仲間外れにする気?」
「そうじゃないよ。もー、すぐ捻くれて受け取るんだから。」
「うるさい。あんたがなんと言おうと、私はあんたとバカ王子と同じ立場に立つし、足は引っ張らないって決めてるの。」
「……。」
「だから…あんたは1人じゃ無いんだから。もっと私の事…頼んなさいよ。」
そう言い、マリベルが顔を下に向ける。
声が小さくなったように聞こえた。
「で、も。」
「いい?あんたは私の事をこれからも守る。そしたら…今度は私もあんたの事守るから。」
「……。」
「私も、もっと強くなるから。」
「……。」
「1人で、どんどん先に行かないで。」
…あぁ。
マリベルの手、あったかい。
とても小さいけど、あったかいな。
生きて、側に居てくれる。
僕の事、ちゃんと見ててくれる。
…そう思ったら、なんだか背中の力がカクンと抜けた。
「そっかぁ…。」
「…は?あ、ちょ!?」
フラ…と体が後ろに倒れ、僕はゴンと甲板に頭を打った。
そのまま僕は胡座の脚を解き、全身仰向けになった。
目の前には、広い大空が見える。
色は変わらず澱んでいるはずなのに、なぜだろう…少し軽くなった気がする。
「バカアルス!急に倒れてびっくりしたでしょ!」
「あーごめん…なんかチカラ抜けちゃって。」
「安心しなさい。あんたはいつも抜けてるわよ。」
「なにそれ…って、いてて!腕、痛い!」
「気が抜けたからでしょ。ほら、ベホマ!」
「ありがと…。いや…急にふらってしたんだよね…気が抜けたからなのか、血が抜けたからなのか(笑)」
「バカ。全然笑えないわよ。笑わせ師やり直しなさいよ。」
そう言い、マリベルの手が僕の手から離れた。
…その小さな手を、僕は追いかけてぎゅうと握る。
「…!」
「…ごめんね、マリベル。ありがとう…。」
「……私も。心配かけて…悪かったわよ。」
「うん。」
そう言い、僕はゆっくり目を閉じた。
マリベルは大人しく、僕に手を握られている。
「そういえばさ…さっき泣いてた?」
「はぁ!?泣くわけないでしょ!」
「ほら…1人で行かないで、の辺り。泣いてたでしょ?」
「っばーーかばかばか!アルスの為に!?このマリベル様が!?!?はーーぁ??泣くわけないでしょ!!」
「…素直じゃないなぁ〜もう。」
そう言い、2人でアハハ、と笑った。
*
「みんな、ごめんなさい。僕、ちょっと心配かけちゃって。」
その日の夕食時、久々に4人集まった食卓で、アルスがいつもの顔で謝罪した。
「アルス、元気になって良かったぞ!」
「そうね。私こそ、知らない間にアルスに責任を押し付けていたわよね。ごめんなさい。」
ガボとアイラがアルスにそう声をかけた。
「ふん!アルスのくせに生意気なのよ。色々1人で背負うとか。100年早いわ。」
「ひゃー!マリベルもっと優しい言葉言えねーのかよ〜アルスはマリベルの事スッゲェ心配してたんだぞ?」
「大丈夫だよ、ガボ。マリベルからはさっき、泣きながら心配したよ〜って言われたから。」
「ちょっと!誰が泣いたって言ったのよ!泣いてないって言ったでしょ!?」
食卓の真向かいからアルスにツッコミを入れた。
「ふふ!この言い方がマリベルなのよね。ガボの心配はいらないみたいよ。」
「そうなのか??ニンゲンの感情は難しいなぁ?」
そう言い、ガボが頭を捻る。
「で、せめてもの気持ちに、今日は実家から生きのいいヤツ貰ってきました〜!みんな沢山食べてね。」
「ウガァ!これアルスが捌いたのか!?うまそうだな!」
「じゃあ遠慮なく頂きましょうか。」
そして、各々が豪華な食卓に箸をつける。
…アルスに闘いは似合わない。
アルスは、こうして漁師の息子として、みんなを笑顔にさせる事が天職なんだと、見ていて思う。
今はまだ、その時ではないけれど。
いつかみんなで、世界を平和に出来たなら。
アルスには、私が剣は持たせない。
…一生ね。
「ん??…マリベル、食べないのか?この魚のタタキ?うまいぞ?」
「え?食べるわよ。」
「でも、マリベルは病み上がりだから無理しちゃだめよ?」
「アイラ、ありがと。」
「大丈夫だよ。マリベルが食欲ないとか、滅多にないもんね。」
「ばっ!あんたが私の何を知ってんのよ!!」
そう、私がいつもの口調で言うと、アルスがまたいつもの顔で笑った。
その笑顔は、
キーファがいた時より、少し大人びた顔。
ちょっとだけ…たくましい海の男の人に見えた。
【完】
アルマリ…導入編。
そのくらい淡い恋心。
幼馴染からの恋心…いつ変化するか難しいよな。
どっちが先に気づくのか…。
うーん、分からない笑
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
2022.08.30 黒羽
追伸
2022.08.31 くうとむ様(@kkei998)より、この小説のファンアートを頂きました!
Twitterにあるので皆様是非ご覧下さい!
挿絵許可を頂きましたが、ポイピクに挿絵機能がなく…無念です。