無自覚にもほどがあるラクシエムの5人が寝静まる頃、それぞれの裏の人格が自由に動き出す深夜のお話。
リアスは、光ノに好意を持っていた。
基本的に自分は尖っている自覚があるので、誰も自分には深く関わってこない。
そのため人に興味をもつことはなかった。
たった一人を除いて。
その一人が、光ノシュウだった。
彼はこちらがどれだけ心の距離を取ろうとも、関係なくスペースに踏み込んでくる。
でもそれは自分が許せるラインで、それ以上を越えてくることは絶対になかったので、なんだかんだ許してしまっていた。
それが何度か続くと、いつの間にかリアスは光ノを自分のスペースにいることを許し、それを心地良く思うようになってしまった。
それはいつしか恋心へと変化していった。
しかし、まったくもって感情を表に出すことが苦手なリアスはその想いを本人に伝えることはしなかった。
それで万が一嫌われてしまうことを恐れていたのだ。
ただ、近くに居られるだけでよかった。
ある日リアスが夜中に小腹が空いた為一人でキッチンで作業をしていると、カチャ、とリビングのドアが開く音がした。
「先客がいると思ったらリアスだったんですね」
「・・・光ノか。」
んふ、と光ノは笑ってこちらに近づいてくる。
「私も少し眠れなくて、温かいものでも飲もうかと。」
キッチンの上の棚から片手鍋を取ろうとする光ノ。
背伸びしてよいしょ、と取手を持ち引っ張る。
その片手鍋の中にミルクパンが重なっていることに気づかず。
「─ッバカ!」
それに気づいたリアスは光ノの後ろから手を伸ばし鍋が落ちるのを阻止した。
「・・・リアス?」
きょとん、とこちらを振り向く光ノ。
リアスのほうが少しばかり背が高いので、光ノがこちらを見上げる。
上目遣いのようにこちらを見る視線にリアスの体温が上がった。
「ッチ」
胸の高まりを苛立ちに替えて軽く舌打ちをしたあと、かわりに鍋の中に隠れていたミルクパンを取り出して光ノに渡した。
「あ、ミルクパン見えてなかったです。ありがとうございます。」
「・・・怪我したら困るだろ」
ぼそ、とつぶやくと、光ノは何か言いましたか?とミルクパンに水を入れながらこちらを向く。
「なんでもねえよ。」
そのまま自分の夜食を持ってダイニングテーブルへ座った。
光ノはとんでもなく家事が下手だ。
料理なんてもってのほかだし、洗濯をすれば洗剤の量を間違えて服に洗剤がこびりついているし、洗い物には泡が残っている。
あまりにも何もできないので一度ツッコんだことがあるのだが、
「普段は闇ノがやっているのを見ているだけなのであまり私は得意でなくて・・・」
としゅんと眉を下げる光ノをみて、可愛いな、と思ってしまったリアスも大概である。
キッチンではカチャカチャと光ノが食器を触っているのが物音でわかる。
シュワシュワと鍋が沸騰した後、コンロが止められコップに注ぐであろう音がした。
「あちっ」
「・・・・・・」
ピク、とリアスの耳が揺れた。
どうせコップにお湯を注ぐ時に手に跳ねたのだろう。
その後水が流れる音がシンクに響いてからしばらくすると、湯気の上がるコップを持った光ノがリアスの向かいに座った。
ズズ、とコップに口をつける光ノ。
いやまだ熱いだろ、と心の中で思いながら光ノのことを横目で見る。
「─あちっ」
ほらみろ。
べーと舌を出してパタパタと手で扇いでいる。
そういう無防備なことされると本当に気が狂いそうになる。
ふーっ、ふーっ。
コップに息を吹きかけてドリンクを冷ましながら飲む光ノ。
ちら、と顔をあげると緑色の目と視線が重なった。
「別に、見てませんよ」
なんだよ、クソ可愛いな。
すぐ目を逸らすのも癪でそのままじっと見つめ合うが、恥ずかしくて話題を変える。
「・・・ツナとトマトのチーズリゾット、食うか?」
今日の夜食を伝えてみる。
光ノは少し考えた後「味の研究にします」と言って口を開ける。
は?
何無防備に口の中見せてんの。
数秒そのまま固まっていると、
「・・・くれないんですか?」
しゅん、と眉を下げる光ノ。
ふぅ、と息を整える為にため息をひとつ。
スプーンに一口分を掬って、スプーンごと渡そうと思ったのに。
光ノは両手をコップにつけたまま、また口をこちらに開けている。
─クソッ。
仕方なくそのままスプーンの先を彼に向けて差し出す。
「あー、んむ」
小さい口にスプーンが含まれ、ちゅるんとそれが抜けると口の先から伸びたチーズが糸をひく。
しばらくもぐもぐと咀嚼しながら、ぺろりを舌を出して伸びたチーズをたぐり寄せた。
リアスはその様子を見てさらに体温が上がるのを感じた。
腰がずくんと疼く。
「ん・・・おいしいです。私もリアスみたいに作れるようになりたいな。・・・あ、それじゃあそろそろ部屋に戻りますね。」
「カップは洗っとくから置いとけ。」
「すみません、ありがとうございます。」
マグカップをシンクに残し、リビングを出ていく光ノ。
その背中に向けて、歯みがけよ、と声をかけた。
「はい、おやすみなさい」
パタン、と静かに閉じられるリビングのドア。
「ああぁぁあ〜・・・」
顔を真っ赤にしてテーブルにつっぷすリアス。
「もうさっさと喰っちゃえばいいのに。」
後ろのソファから声がする。
「チッ、起きてたのかよエキ。」
光ノは気づいていなかったようだが、リビングのソファにはエキが寝ていて、先程のやりとりを見られていたらしい。
「君たちがゲロ甘すぎて夜中から二日酔いしてたとこだよ」
「黙れクズが」
自室のドアを開けて中に入り込む光ノ。
眠ろうと思いベッドへ歩き出す。
『光ノ、ちゃんとリアスの言うこと聞かないと』
「?闇ノ、起きてたんですか?」
『君が火傷するから熱くてちょっと覚醒しただけだよ』
「あ、すみません」
『寝る前に、することあるでしょ』
「・・・はみがき」
『そうそう。君が虫歯になったら僕もリアスも困るからね』
「リアス?どうしてリアスが困るんですか?」
『─はぁ。僕のもう一つの人格といえど、君が心配だよ』
「???」
『なんでもなーい。』
リアスはいつまでこれに耐えられるかな、とシュウは意識の中で微笑んだ。