永遠の誓いチョキチョキ・・・
耳元でハサミの音がする。
「仕上がりましたよ。」
目の前の鏡に映る、自分の髪はスッキリ整われていた。
足元には紫の髪が束になって落ちている。
「ありがとうございます。」
「このままお出かけされますか?スタイリングしておきましょうか。」
美容師さんが尋ねてくる。
「はい、とっても大切な予定があるのでとびきり綺麗にしてください。」
そう笑う浮奇は、美容師さんをも虜にさせる勢いで、幸せそうな表情をしていた。
綺麗にセットしてもらった髪で店を出ると、扉の横にもたれかかって立つ、長身の彼が目に入った。
モデルのようにスラッとした容姿で行き交う女性がチラチラと彼を見ているが、本人はスマホに夢中で全く気にしていないようだ。
「サニー、お待たせ。」
「お、浮奇。お疲れ様。・・・綺麗じゃん。」
「へへ、ありがとう。とびきり綺麗にしてくださいって頼んじゃった。」
ニコリと笑う浮奇はサニーの金色の髪よりもキラキラと輝いていた。
そんな二人の前に一台の車が停まる。
ヘアセットがもうすぐ終わることを連絡した時にタクシーを呼んでくれていたらしい、彼はどこまでもスマートだ。
二人で車に乗り込む。
そのままサニーが運転手に行き先を告げると、車が走り出す。
車内ではどちらが話すでもなく、二人共窓の外をボーッと見つめていた。
運転手もその様子を見てこちらに話しかけることはしなかった。
途中で車が停まる。
「こちらでよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます、すぐ戻ります。浮奇、降りるよ。」
「うん。」
一度車を降りた先は高級ブティックだ。
入口の前に立つとドアマンが扉を開けてくれる。
そこでもサニーが誘導してくれて、できるだけ浮奇が自分から言葉を出さないようにしてくれた。
別に浮奇はそこまで、とは思っているのだが、サニーが自分を立ててくれていることを察して甘えるのだった。
「こちらにお召し替え下さいませ。」
フィッティングルームで渡された衣装に着替える浮奇。
鏡に映る自分を見て、だんだんと今日のイベントを実感する。
心臓が強く跳ねる。全身に力がはいり、服を着る手元が震える。
サニーは浮奇が着替えている間ガードマンのようにフィッティングルームの横で立っていた。
正直いつもの仕事よりも気合が入っているかもしれない、と心の中で自笑した。
浮奇が部屋に入ってからしばらく経つが、一人で着替えるには少し長いな、と思い外から声をかける。
「─浮奇、出来た?」
「あ・・・えっと」
「なにか手伝おうか?」
「う、うん・・・入ってきてくれる?」
浮奇からの了承をもらいサニーはカーテンの向こうへと足を進めた。
「─・・・。」
浮奇の姿に、思わず息がとまる。
真っ白なスーツに見を包み、軽く目を伏せ恥ずかしそうに頬を染める彼に見惚れない者がいるわけがない。
しかし、そのシャツとジャケットのボタンは部分的に留められており、まだ支度途中なのだと一目で理解した。
「手が、震えちゃって、ボタンとめられなくて・・・」
ぽつりと呟く浮奇の言葉をひろって、サニーはふふ、と微笑むと彼のシャツに手をかけた。
ぷちぷちと浮奇の代わりにボタンを留めていくサニー。
自分が親になって子を嫁ぎに出すのってこんな気持ちなのかな、と思いなんだか目頭が熱くなる。
ダメダメ、こんなめでたい日に涙なんて。
ぐっと奥歯を噛み締めて感情を堪えた。
「できたよ。」
「・・・ありがとう」
完璧にスーツを着こなす浮奇。
鏡越しにお互いの顔を見ると、二人共が緊張で顔が強張っている。
「ふふっ、サニー顔怖すぎ」
「し、仕方ないだろ!浮奇が綺麗でこっちまで緊張してきちゃったんだよ・・・」
浮奇に負けないほどに顔を赤く染めるサニーに、ははは!と声を出して笑う浮奇。
それにつられてサニーにも笑顔が戻る。
クスクスと笑っていると、サニーのスマホが着信を告げる。
「もしもしアルバーン?」
『サニー?そっちの準備はどう?』
「今着替え終わったところだよ」
現状を伝えると、電話の向こうでユーゴの大声が聞こえる。
『おいサニー?!そろそろこっちの主役がソワソワしすぎていつ爆発するかわかんねぇぞ!』
その声はスピーカー越しに浮奇にも聞こえた。
「わかった、できるだけ急いで行くよ」
そう伝えて通話を終了する。
「へへ、ふーちゃんが爆発する前に早く行かないと。」
「そうだな」
浮奇はまた少し顔を強張らせながらもフィッティングルームを後にした。
「大変お似合いですね、いってらっしゃいませ。」
店員さんがにこやかにこちらを見て送り出してくれる。
流石高級ブティックである、こちらの都合は一切聞き出さない。
清々しい気持ちで待たせていたタクシーに乗り込もうとしたその時。
「あらまぁ、結婚式みたいねぇ」
たまたま目の前の歩道を歩いていたマダムがこちらを見て声をかけてくる。
マダムの言葉を聞いて隣に立つ浮奇の体がビクッと跳ねたのが分かった。
サニーの肝が冷える。
「あ、の・・・!」
浮奇を隠すようにして、マダムに適当に返事をしようとすると、スッと肩に手を当てられる。
振り返ると浮奇がサニーの背中から顔を出した。
「ありがとうございます。行ってきます。」
浮奇はそうマダムに告げると車に乗り込んだ。
急いでその後を続き、すぐに車を出すように指示をするサニー。
車が出発してマダムの横を通り過ぎると、両手を口に当て頬を染める彼女が見えた。
そこからまた車の中は静寂に包まれていた。
チラチラと運転手がバックミラーでこちらの様子を伺っているのをサニーは感じていた。
先程のマダムどのやりとりを見て、何かを察したのだろう。
祝い事であれば一言かけようとでも思ったのだろうが、こちらからしたら他人には関係のないことである。
俺たちの大切な日に泥を塗られたくない。
本業であるVSF独特の空気を醸し出してミラー越しに目を合わせると、ビクリと肩を震わせて、それ以降運転に集中しはじめた。
隣りにいる浮奇はこれから行われることに緊張し始め、ピリッと凍りついた車内の雰囲気には気づくことがなかった。
目を閉じて何度も深呼吸を繰り返す浮奇。
ぎゅっと強く握りしめる拳を、サニーの温かい手が優しく包んだ。
ぱっと浮奇が顔をあげると、サニーはこちらを見て、む、と顔をしかめて先程のフィッティングルームで見た表情をしている。
「っふふ、ごめん。」
浮奇は思わず笑みが溢れる。
「はは、やっと笑った。緊張するだろうけど、大丈夫。」
「・・・ありがと、サニー。少しだけ、このまま手握ってていい?」
「うーん・・・ふーちゃんに怒られない?」
「大丈夫。二人の秘密」
「余計に危なくない?」
「ふへへっ。いいの、サニーは、家族だから。」
「分かった、浮奇がそういうなら。」
冷たくなった浮奇の手を握ってしばらくすると、運転手から目的地到着の声がかかった。
車から降りる頃には浮奇の手は暖かさを取り戻していた。
「どーも、釣りはいらないです。」
降りる時にサニーは運転手へ多めにチップを渡しておいた。
しばらく道を歩いていると、2つの影がこちらに手を降るのが見えた。
「浮奇〜!サニ〜!」
「ユーゴ、アルバーン!お待たせ!」
こちらも手を上げて返事をする。
「浮奇、綺麗じゃん。」
「ユーゴ。ありがとう。」
グータッチでユーゴからの祝福を受ける。
「・・・・・・。」
アルバーンは浮奇を見て目をまん丸にして、黙ってしまった。
「アルバーン?」
浮奇が顔を覗き込むと、そこには涙を溜めて唇を噛む可愛らしい姿が。
「ふふ、なんで君が泣きそうなの。」
手を伸ばしてアルバーンの頭をぽんぽんと撫でる。
「なんか、僕まで、幸せで・・・おめでと、浮奇・・・」
泣かないようにと我慢するところも愛おしくて胸が締め付けられる。
「もう、俺まで泣いちゃうからやめてよ。」
浮奇は眉を下げて笑う。
「ほら、いい加減もうひとりの主役を待たせすぎると爆発しちゃうぞ」
サニーが声をかけると3人はそうだった、と足を急がせる。
4人でチャペルの白く大きな扉の前に立つ。
ユーゴとアルバーンが扉の手を持ってくれる。
「準備はいいか?」
後ろからサニーが問いかける。
軽く深呼吸して、すっと背筋を伸ばす。
「──、うん。」
ガチャ、と扉がゆっくり開かれる。
奥からの強い光に思わず眩しくて目を細める。
ゆっくりと扉の先に視線を動かした。
扉の向こうの長い廊下の先には、自分と同じく真っ白なスーツに見を包んだ、想い人。
浮奇はゆっくりと、一歩ずつ、足を進めた。
そして廊下の先までたどり着くと、そっと彼の左横に並んで立つ。
目の前には、ステンドグラスに囲まれて、大きな十字架がこちらを見下していた。
ちら、と彼を見るが、彼は真っ直ぐ前を向いたまま、こちらには目を向けることはなかった。
しかし、今まで見たことのないような真面目で緊張している表情を見て、浮奇は微笑み、自分も前を向き直した。
隣で小さく深呼吸が聞こえる。
そして、落ちついたトーンで、十字架に向かい言葉を紡ぐ。
「─私、ファルガーオーヴィドは、浮奇ヴィオレタを生涯愛し続けると、神に誓います。」
静寂に包まれていた空間に、ファルガーの声が木霊する。
コツン、と手が触れ、ぎゅっと握られる。
繋ぎなれた金属の手が、心なしか今日は温かく感じた。
絡ませるように手を繋ぎなおすと、浮奇も口を開く。
「私、浮奇ヴィオレタも、生涯、生まれ変わっても、ファルガーオーヴィドだけを愛し続けることを、神と、ここにいるみんなに、誓います。」
浮奇の声が空間に響く。
しばらくしてから、パチパチパチ、と少ない拍手と、ズビズビと鼻をすする音。
ふぅ、と浮奇が緊張の糸を緩めてため息をつく。
すると、握られていた手がぐっと引っ張られた。
「わ、」
「浮奇・・・、綺麗だ。」
ちゅ、と握ったままの右手の甲にキスを落とされる。
「ふーちゃ・・・ファルガーもかっこいいよ。」
「ふふ、いつもどおりで良い。」
「ひひ。ふーふーちゃん。」
おでこをくっつけて笑いあった。
「浮奇、ファルガー、誓いのキスはないのか?」
サニーの声が後ろから聞こえる。
振り向いて彼の方を見ると、入り口の扉の前で立って笑う姿があった。
サニーの隣に並ぶ2人は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。
それを見てまた浮奇は声を出して笑った。
「ほら、ふーちゃんもみんなに誓わないと。」
ファルガーに視線を戻す。
「・・・お前がそんなこと言うなんて思わなかった」
彼も嬉しそうに笑い、両手を浮奇の肩に添えた。
静かに見つめ合う2人。
「浮奇、愛しているよ。」
「ふーちゃん。俺も。」
唇が重なる。
天が祝福するように、明るく2人を照らしていた。