名探偵Mystaの一日ミスタは欠伸をしながら事務所のパソコンを開くと、新着メッセージが一通。
メッセージを開いて依頼内容を確認すると、ペット探しをご希望だそうで。
一緒に添付されていた写真には、スラッとしたパープルアイの黒猫。
如何にも金持ちが飼ってそうな綺麗な容姿。
メールに記載されている報酬と期限を確認して一人で頷くと、カタカタと返事を送信してから、椅子にかけておいたジャケットを羽織り、サングラスと帽子を被って部屋を後にする。
トコトコと隣を付いてくる愛狐に、途中でエサを与える。
「お前も事務所のメンバーの一員なんだからな、ほら、行って来い」
シッシ、と彼方を指差すと、しぶしぶと飼い主から離れて行く。
誰に似たんだが。
ミスタはメールに届いていた探し猫の画像を開く。
聴き込みでもするか。
くぁ、とまた欠伸をひとつ。
ベンチに座って本を読んでいる男性。
片手にはエナジードリンクを握りしめて。
足元には同じものが3本転がっている。
徹夜で本でも読んでんのか・・・?
まぁとりあえず。
「あの、すみません。」
声をかけるとギロリと睨まれる。
しかしミスタは動じない。
探偵の聴き込みをしていると、無視や罵倒されることはよくあるのだ。
「猫を探しているんですけど・・・」
写真を彼に見せようとするが、目線は本から逸らされることなく、返事だけ返ってくる。
「あぁ・・・そこの路地裏でよく猫集会が開かれているからそこにいるんじゃない。」
横目で彼が指差す先には、ぴょこりと覗く猫の尻尾。
「ありがとう。」
ミスタは彼にお礼を言うと、路地裏へと向かった。
逃げられないようにそーっと覗き込むと、そこには何匹かの猫が。
しかし、どれも白や茶色、黒毛に緑瞳など、探し猫ではなかった。
猫が集まる路地裏は奥まで続いており、ミスタはそのまま足を進める。
しばらく歩くと、少し開けた場所に石垣の階段が。
その段差に腰掛けるようにして、一人の男性が猫と戯れていた。
「・・・あれ、こんなところに人が来るなんて珍しいね。」
目の前の彼は綺麗な黒髪に紫の瞳。
探し猫を人型にしたような容姿だった。
首輪のような赤いチョーカーをつけており、その首元についている鈴がチリンと鳴る。
思わず彼に見とれるミスタだが、その膝元で彼に撫でられている生き物を見つけて絶句した。
「ッオイ!フォックス何してんだよ!」
「あれ?この狐くん知り合いなの?」
ミスタの声に尻尾を逆立てて、ピュッと彼の後ろに隠れる飼い狐。
「・・・うちの。」
「んは、そうなんだ!可愛いね、フォックスっていうの?さっき友達になったんだ」
よいしょ、と背中に隠れた狐をもう一度抱き上げて顎下を擽ると、気持ちよさそうに目を細める。
なんだよ、俺にはそんな表情見せたことないくせに。
厶、と不機嫌な顔をするミスタを他所に、彼は話を続ける。
「そういえば猫を探しているんだってね。」
「なんで、それを」
「ん?フォックスが教えてくれた。」
「コイツの言葉がわかるのか?」
「んー、まぁね。」
フフ、と目を細める男性は、どこか猫っぽく見えるのは思い込みが過ぎるだろうか。
「この、猫なんだけど」
ミスタは写真を彼に見せる。
「うーん。僕にも友達がいるけどこの子は見たことないかも。・・・あ、ちょっと待ってて!」
目の前の彼はポッケからスマホを取り出すとどこかに電話をかける。
「ルカ?僕だけど。ちょっと調べたいことがあって。あ、うん、今いつものとこにいる。・・・わかった、待ってるね。」
電話を着るとまたフォックスを撫でながら視線をこちらに寄越す。
「僕の物知りの知り合いが来てくれるって!よかったら彼に聞いてみるといいよ。」
それからしばらく待っていると、コツコツと路地裏に響く足音。
くつろいでいたフォックスがピクリと耳を立てると、パニックを起こすように彼の膝から飛び降りてミスタの胸へと飛び込んだ。
「うぉっ、なんだよ、急に。」
なにかに怯えるようにキュー、と声をあげる。
不思議に思って辺りを見渡すと、ミスタにもズズズと空気が震えるのを感じた。
非常にヤバイ。死ぬかも。
ゴクリとつばを飲み込むと、大きな影が路地から現れる。
「ルカ!」
さっきまで自分と話していた目の前の彼がぴょん、と石垣から降りて影に向かった。
「シュウ〜♡」
ぎゅ、とハグを交わす二人。
その瞬間辺りの空気がぱっと軽くなる。
何が起こっているのかわからずその光景をただポカンと見つめていると、毛皮のコートを羽織った背の高い男性がこちらに気づく。
彼がこちらに目線をやると、ピリ、とまた空気が凍りつく。
「ルカ、この人が探しものをしているみたいでね。」
ギュッと胸にひっついたままの彼がコートの男に話しかけると、先程の凍りついた空気がまたぬるくなる。
「POG!そうなの?シュウの知り合い?」
「さっき狐さんとお友達になってね。その飼い主さん。」
ミスタの肩からぴょこりと顔を出すフォックス。
「ワォ!可愛い狐さんだね。おいで!」
ルカ、と呼ばれるコートの男はしゃがみ込んでチチチ、と口を鳴らす。
フォックスはしばらく様子を伺っていたが、ゆっくりとルカに近づいていく。
よしよし、と頭を撫でてもらうと大丈夫だと察したのかコロンと地面に寝転がった。
「それで?シュウが呼び出したのは、彼のお手伝いかい?」
ルカはシュウとミスタを交互に見つめた。
「あ、俺、探偵をやってて・・・ミスタ、と言います」
「ミスタ、ね。」
ゆっくりと全身を見定められるように視線を動かすルカに思わずミスタは身体を固まらせる。。
それを遮るように横に立っていたシュウが話し出す。
「僕はシュウ。で、こっちがルカだよ。」
「よろしく、ミスタ!」
にこりと笑ってミスタに手を差し出すルカ。
ここで自分も手を出さないと何が起こるかわからん、そう思いながらそっと手を出すミスタ。
お互いの手が触れるその瞬間、ルカの手がすっと自分の顔の前に。
指が銃のカタチになって、人差し指が額に向けられている。
「BANG!!!」
「ッ!!!」
あ、これ本物だったら死んでるやつ。
ミスタは驚いて腰を抜かし、その場で尻もちをつく。
フォックスが驚いて自分の周りをクルクル回っている。
大丈夫だよ、とそっと抱き上げると、ペロペロとミスタの頬を舐めてきた。
地面から唖然とした表情でルカを見上げるミスタ。
「ふっ、はははは!!あははは!!」
ルカはそれを見て楽しそうに爆笑している。
「もう!ルカ、悪戯は良くないよ。」
こら、とシュウに肩を軽く叩かれると、ごめんごめんと笑いながらこちらに手を差し伸べた。
その手を掴んで起き上がるミスタ。
「ごめんね、悪気はなかったんだ。改めてよろしくね。」
「・・・よろしく」
牽制だったことは言わずもがな感じ取っていたので、絶対にルカには逆らわないでおこうと心に誓ったミスタなのだった。
「さて、本題だ。」
ザッと纏う空気が変わる。
「探しモノが、あるんだって?」
言葉は軽いが、有無を言わせないような、威圧感のある言葉。
「あぁ、猫なんだけど・・・。」
そう言ってミスタはルカに探し猫の写真を見せた。
「うーん。残念だけどネコは見たことないなぁ。ヒト探しは得意なんだけど。」
彼の言うヒト探しが得意というのも詳しくは知らないフリをしておこう。
「・・・でも、良かったらヒト以外も探しものが得意な知り合いがいるんだけど紹介しようか?」
その笑顔は太陽のようにキラキラと輝いていた。
「あ、あぁ。ぜひ、頼む。」
またそこでも命を狙われないといいけど。
車で送ってあげるよ、と言われてルカとシュウとミスタの3人と、フォックスはミスタに抱かれて路地裏を後にした。
たどり着いた場所は、古い長屋の一部屋で。
なんだか雰囲気のある和風の事務所だった。
ガラガラと引き戸を開けるルカ。
「やぁヴォックス!!」
大声で名前を呼びながら中にズカズカと入っていく。
「おいクソガキ、部屋は靴を脱げと何度言ったらわかるんだ。」
低いドスの利いた声が部屋の奥から聞こえる。
「あぁ、ごめんごめん!!」
ルカは笑いながら戻ってきて土間で靴を脱ぐ。
「なんだか今日は連れがいるのか、珍しいな。」
「探しものをしてる人を連れて来たんだ!」
「ほう・・・?」
ルカが部屋の中からおいで、と手招きをするので、土間で突っ立ったままのミスタは靴を脱いで家へ上がる。
「ど、どうも・・・」
最初のガナリにビビり散らかしたミスタは恐る恐る部屋にお邪魔する。
そこには、スーツに着物のような衣装を羽織った男性。
彼もまた独特な空気感を纏っているように感じた。
「やぁ。いらっしゃい。私はヴォックス。探しものをしているのは君?」
「あ、はい、そうです。探偵をやってるミスタといいます。実は猫を探していて・・・」
ミスタは画像を彼に見せる。
「・・・。ふむ、これは面白い。」
ニヤリと笑ったヴォックスはちらりと辺りを見渡す。
「ルカ、君の連れ人はひとりか?」
「ううん!あともう一人・・・あれ?シュウ?」
ルカがシュウを呼ぶがその影はなく。
「そういえば俺がここに上がり込んだときも一人だったような・・・あれ?」
ミスタは違和感に首を傾げる。
それと同時にチリン、と足元から鈴の音が聞こえる。
なんだ、と目線を下げれば黒い猫が自分の横を通ってヴォックス前までやってくる。
ピョンと彼の膝に飛び乗った。
「・・・あ。」
「君のお探しの子は、この子かな?」
ヴォックスに抱かれたパープルアイが、ミスタを細目で見つめる。
「そ、そう!」
「ヴォックスの猫なの?」
ルカが驚く。
「いや、俺のじゃない。気まぐれでよく遊びに来るんだ。」
「飼い主に返さなきゃ!」
「俺も、依頼主に連絡しなきゃ・・・」
ヴォックスの膝に座るパープルアイの黒猫の写真を撮って、依頼主にメールを送る。
それとほぼ変わらないタイミングで、ガラガラと事務所の引き戸の音が響く。
「アイク、おかえり」
ヴォックスが声をかける。
見えてないのに誰かわかるのか。
ミスタはさっきから不思議な人だなぁとヴォックスを見る。
「ただいま・・・お客さん?」
「あ!」
帰ってきたアイクという人物。
今日の一番最初に声をかけた、エナジードリンクを飲んでいた彼。
「知り合いか?」
「いや、はじめまして、かな?」
ニコリと爽やかな笑顔をこちらに向けるので、思わず目を見開いた。
「朝、声かけたのは覚えてない感じ?」
「ん〜?朝・・・はちょっと寝不足で覚えてないかな。僕の記憶には君は残念ながらいないや」
やっぱりあの無愛想さは寝不足だったのか。
「あれ、シュウまた遊びに来てるの?」
「ニャーン」
アイクはヴォックスの膝の上に乗っている猫をシュウと呼んだ。
猫は可愛い鳴き声で返事をする。
「え、この猫シュウっていうの?」
ルカがまたしても声を上げる。
「俺と一緒にいた友達もシュウっていうんだけど…」
ミスタは本能で何か怪しいと感じる。
その時、遠くから声が聞こえる。
─スタ、ミスタ。
キョロキョロと辺りを見渡すが誰もいない。
脳に直接流れ込んでくるように、呼ばれる名前。
─ミスタ、ミスタ!
「ハッ!!!」
プツン、と世界が途絶えて、目の前には自分のよく知るシュウ。
「ミスタ、こんなところで寝てたら風邪ひくよ。」
「あ、れ?シュウ?人間の姿、なの?」
「ん?何いってんの、寝ぼけてる?」
んはは、と笑うシュウ。
目の前に広がる光景は、見慣れたリビングルーム。
メンバー全員で一緒に住んでいるシェアハウス。
ソファで寝落ちてしまっていたようだ。
「シュウが猫になった夢見た。」
「わぁ、何それ面白そう!」
どうぞ、と水の入ったコップを渡される。
水分を補給して、時計に目をやると深夜の3時を過ぎたところ。
彼とてこんな時間になにしてんだ。
「シュウは寝ないの?」
「寝る前に僕も水をとりにきたらミスタが寝てたから起こしちゃった。」
「そっか、わざわざサンキュ。」
一緒に階段を上がって、廊下からそれぞれの部屋へ別れる。
「じゃ、おやすみ、ミスタ」
「おやすみ、シュウ」
パタン、とシュウの部屋の扉か閉まる時に、チリン、と鈴の音が鳴った気がした。