眉毛が変な男と傷が凄い男の話【side 鯉登】
数年が経ち、鯉登はこの春から大学生になりそれを機に一人暮らしをすることを画策していた。一人で住むのは危ないから駄目だとずっと反対されていたが、兄のように立派になりたい。これまで兄がいろんなことを教えてくれたから一人でもやっていける。鯉登の男たるもの一人暮らしくらい出来なければ格好がつかぬでしょう。と言い張り、では無理だけはしないように、せめて兄が駆け付けられる範囲に住むように。との条件下でようやっと一人暮らしの許可をおろしてもらった。
引越しも終わり数日が経った頃、その日は兄がプレゼントしてくれると言った新しい家電が届く予定だった。午後イチの指定でくるはずだったため、紅茶を飲みながら待っていると
ピンポーン
呼び鈴が鳴り、インターホンを確認するとそこには大きな荷物を持った宅配業者がおり、「カムイ運輸です、鯉登平之丞様からお荷物のお届けです」という声と、「ウパシ急便です」と二つの声がした。鯉登は「今開けますのでどうぞ」と鍵を開け、業者が上がってくるのを待った。
ピンポーン
再び呼び鈴が鳴り、鯉登が玄関を開けるとそこに立っていたのは、見知ったとまではいかないまでも過去数回の邂逅で鯉登の脳内と情緒をグルグルに掻き乱していた傷の男その人だった。かたや傷の男も同じように、目の前の男が知っている顔だったのか目を見開いて固まってしまっていた。
「すいません、次が詰まっているのでお荷物の受け取りお願いしてもよろしいですか?」
固まった二人を尻目に言葉を発したのはその場にいたもう一人の業者だった。すみませんっお受け取りします。と急いで荷物を受け取った鯉登は、それを抱えながら「あの…そちらの荷物は誰からのものでしょうか?」と傷の男に尋ねた。
「あ、えと鯉登ユキ様からのお荷物、ですね…」
「そうですか…受け取りするので、少し待っていてもらえるだろうか?」
そう伝えると鯉登は、一度部屋の中へ荷物を置きに戻った。
『あの顔間違いない、あの男だ。まさかこんな、自分の部屋にいてまで遭遇するなんて…どうしていつも突然なんだ‼』
少し理不尽なことを思いながらも、平常心平常心…と言い聞かせながら男の元へ戻った。
「待たせてしまってすまない、受け取りを…」と言った時、男が何かを見ているのに気が付いた。何を見ているのかと視線をやったが、そこにあるのは鯉登の家の鍵だけだった。
「何か気になるものでもあっただろうか?」
「あ、いや勝手に見てスイマセン。見たことあるキーホルダーだなって思っちゃって…」
「ああ、幼い頃に兄から貰ったものなんです」
「へぇ…」じゃあ、受け取りのサインを…とサインを書きながら、鯉登はこれは良い機会なのではないだろうか?と考えていた。
考えるが早いが、「ありがとうございました」と言う男の腕をガッと掴んで
「貴様名は何と言う‼」
と聞いていた。呆気にとられた男は、
「杉元、佐一…」
と答え、その時やっと鯉登は傷の男の名前を知ったのだった。
杉元と名乗ったその男は、この後も配達が残ってるからと帰ろうとしたため鯉登は急ぎ連絡先を渡した。自分でも驚きの行動だと思ったが、どうしても杉元を引き止めなければいけないと身体が動いた。
「連絡してくれ」
連絡がくるとは到底思えなかったが、咄嗟にこれしか方法が思いつかなかったため致し方ない。
鯉登はハァ…とため息を吐きながらソファにもたれかかった。
【side杉元】
「驚いた。俺のこと覚えてんのかどっちなんだ一体?」
今しがた貰った紙を眺めながら杉元は小さく呟いた。配達先の住人から連絡先を貰ってしまった。
「連絡してくれ」
彼はそう言っていたが、連絡するべきだろうか否か杉元は困っていた。悩んでいる内にバイトが忙しくなったこともあり、気付いたら二週間も経っていた。
『こんな時間経ってて連絡とかきたら逆に困んねぇかなぁ』だが連絡してくれと言った時の鯉登の顔を思い出して、杉元はようやく連絡をする決心がついたのだった。
長いコール音が杉元の緊張感を押し上げてくる。何で俺電話にしたのぉと後悔しながら、俺が電話の方が好きだからなんだけどさぁと自問自答していると
「もしもし」
と繋がった。杉元は突然繋がったことに焦りながら「杉元ですが」となんとか声を出した。
「……」
「あれ、えっと俺「きさん…連絡一つよこすとにどれほどん時間がかかっちょっど‼」
「⁉」
「おいがどれだけこん電話を待ち侘びちょったかきさんにわかっか‼」
と火がついたように捲し立てられてしまった。
ほとんど何を言っているのかわからなかったが、杉元はなんとか自分が理解できる範囲で連絡が遅かったこと、連絡を待っていたことに対する謝罪をした。
「本当にごめん‼バイト忙しかったってのは言い訳にしかなんないけど、気付いたら二週間も経っててさ」
「…いや、私の方こそすまない。無理を言ったのはこちらだ。連絡をしてくれただけでありがたい」
鯉登は突然しゅんとした声になり、杉元に謝ってきた。
え〜なぁにちゃんと謝れるじゃん。そうだよねお礼も言える子だもんねぇ。なんて小学生の時に会った鯉登のことを思い出していた。
それから暫く他愛もない話をしていたが
「杉元さん、今回は無理を言ってすまなかった。付き合ってくれてありがとう」
電話口の鯉登の声は明らかに寂しそうに聞こえた。
「あのさ、今度一緒にメシでも食いに行かない?」
杉元はそんな鯉登の声に、思わずそう声をかけてしまっていた。
「ご飯…ですか」
「あんま良いとこは連れてけねぇけどそれでもよけりゃ」
「いえ、ぜひお願いします」
それが杉元と鯉登が互いを認識してから初めて会うお出掛けになった。
そのお出掛けでは、お互いに年齢が近いこと、現在共に大学生であること、嗜好なんかがわりと一緒だったこともあり、杉元と鯉登の二人は一気に仲良くなっていった。
お互い家を行き来するような仲にもなり、気が付いたら「鯉登」「杉元」と呼び合うようにもなっていた。
「そういえばさぁなんで鯉登はあの時俺に連絡先くれたのぉ」
ある日の晩、杉元は酒を飲んでいたのもあり、ずっと疑問に思っていたことを鯉登にぶつけた。
「は?何だ突然」
ずっと気になってたんだよねぇ。と言う杉元に鯉登は
「別に、大した理由などない」
とそっけなく答えた。
えぇ〜ほんとにぃ?ほんとは俺に惚れちゃって引き止めたくってくれたんじゃないのぉ。なんて言いながら杉元がヘラヘラ笑っていると、
「うるさい」
と鯉登は更に冷たく答えた。
そんな冷たくしなくてもいいじゃぁんと杉元が鯉登を見ると、褐色肌でわかりづらいはずの鯉登の耳が、それはもう真っ赤に染まっていたのだ。
「ねぇ、こいと、こいとくん、音ちゃん」
「うるさいなんだ」
「耳真っ赤だよ」
バッと赤くなった耳を隠した鯉登を見て、杉元の顔も伝染したように赤くなった。
「えぇ…ほんとにぃ」
「違う」
「鯉登、ねぇ俺のこと好きなの?」
「ちがう」
「鯉登」
「…っ好きなんだ…すまない……」
泣き出しそうな顔をしていた鯉登の目からはとうとう涙が溢れてしまった。そんな鯉登の顔を見ながら杉元は
「うん、俺も鯉登が好きだよ」
と告げた。
杉元の言葉を聞いた鯉登は驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「杉元は私のことはいつから好きだったんだ」
鯉登が言った言葉に俺は、
「昔からだよ。俺ね、昔の記憶があるんだ」
そう笑って告げた。
【side杉鯉】
俺さ、ずっと気になっているやつがいるんだよね。
そいつは浅黒い肌をしてて、背は俺よりもちょっと小さいかな。身体は細いわけじゃないけど、俺に比べたらヒョロッとしてるかも。
芯の強そうな目をしてて顔はスゲー美人だけど、口を開いたらめちゃくちゃ我儘。だから俺がずっと気になってる理由は、きっとあいつの眉毛が特徴的で変わっているからなんだよ。断じて好みのタイプだったからとかじゃない。
「なんだ、それは私のことを言っているのか?」
「お前だなんて俺言ってなくなぁい?」
「褐色肌の強い目の美人だろう。私以外ありえないではないか」
「自己肯定感強すぎじゃね」
「私は世界の鯉登音之進だぞ」
「それ平之丞さんがよく言うやつぅ」
「それより私の話を聞け」
「んもぉ〜〜」
私にもずっと気になっている男がいてな。
その者はいつも帽子を被っていて、身長は私よりも少しばかし大きい。身体つきも運動をやっていたから厚みもあり、ガタイもいい。
パッと見は強面に見えるが、よく見れば男前な顔立ちをしている。無駄に優しく、無類の可愛いもの好きで周りからの評判も悪くない。しかし私があの男を気になっている理由は、そんなものではなく単にあの顔に走る大きな傷が目につくからだ。それしかありえん。
「それ絶対俺のことだよねぇ」
「杉元のすの字も入ってはおらんだろう聞いていたのかバカもの」
「杉元って言ってなくても顔に傷って言われたら大体俺じゃないの」
「自惚れすぎだろう、尾形かもしれんではないか」
「突然尾形出してくるのやめてもらって良いですか」
「なんだ、拗ねたのか」
「はぁ?拗ねてませんけどぉ」
「うふふ、可愛いやつめ。安心しろ杉元、お前でしかありえないぞ」
「んもぉ〜〜」
そう言い合いながら楽しそうにしている鯉登を見ているのは、俺も楽しい。
でも、俺にはまだ鯉登に伝えていない秘密がある。これを言ったら鯉登はきっと、俺から離れていってしまうだろうからまだ伝えない。俺は折角手に入れた鯉登を手離す気はないんだ。
ねぇ鯉登、俺は昔の記憶があるって言っただろ。