彼の人「お慕いしております、鯉登少尉殿」
常と変わらぬ顔で目の前の男、月島はそう言った。
「ああ、私も好きだぞ月島‼お前は気が利くし、鶴見中尉殿に信頼されている。部下にも慕われているな。背が少し低いが……」
「わかっておられるのでしょう?人が悪いですね」
感情の読めぬ声ではあったが、冗談や揶揄いの様子はなく、ましてや友愛や敬愛でもないのは目を見れば明らかだった。
「…気持ちはありがたいが、私はそれに応えることはできん」
私がそう言えば、断られると思っていなかったのか月島は少し目を見開き「何故です?」と問うた。
「何故?私が聯隊旗手を志しているのはお前も知っているだろう?恋人などを作るつもりはない」
これは本当のことだ。
「あんな目を、私に向けながら…?」
ボソリと月島が呟いた言葉は私には聞こえなかった。
「あんな熱の籠った目を向けておきながら恋人を作るつもりはない?どの口が言っているんですか。何故私の気持ちに応えられないんです?あなたも私と同じ気持ちでしょう‼」
掴み握り締められた両肩がギシリと軋んだ。
『こいつはこんな顔もするのか』と、どこか他人事のように少し冷めた頭で思った。
「忘れられない人がいる」
「……は?」
これも本当のことだ。
「何故、と言っただろう。簡単なことだ。私には忘れられない人がいるのだ」
掴まれている両肩に更に力が入り、骨が折れそうな気配がした。
「鶴見中尉ですか…?」
「……いいや違う」
「では「鯉登平之丞……私の、兄だ」
「兄、君…?」
流石の月島も驚いているようだった。それはそうだろう、恋愛感情が関わる話に出てくるような人ではないからな。
「どういうことですか」
「熱の籠った目を向けていたのなら謝ろう。勘違いをさせてしまったな。だが、生きていれば、兄さあは三十四歳…お前と同じくらいなのだ月島…」
「兄君と、重ねていたのですか」
「そんなつもりはなかったんだが…すまない」
兄と重ねていた自負はあったが、そこまで酷い目を向けていたとは思っていなかった。
私は兄の代わりを探したいわけではない。兄の代わりが欲しいわけではない。兄が、欲しいだけなのだ。もう何処にもいない、私の、私だけの兄が。
「兄君の代わりで構いません。私を、あなたの特別にしていただけませんか?」
「…何を言っているのかわかってるのか、月島」
「私はあなたが好きです。あの視線を受ける前にはもう戻れないのです」
「お前は…酷い男だな」
兄の代わりを探したいわけじゃない——
「好いた男が好いてる男に重ねられるのだぞ。私に、心で留めさせておいてくれないとは」
兄の代わりが欲しいわけじゃない——
「私は兄さあを忘れることはできない。生涯唯一人の私の愛した人だ。お前はずっと兄さあの皮を被っていることになるのだぞ」
「それでもあなたの目は私に向いているでしょう?」
「…やはりお前は、酷い男だ」
兄しか愛せない私もまた、酷い男だ——