遊びで済まない「キスだけは絶っっっっっっっ対しない」
ミスタは確かに、最初にそう言った。
「ハァ、あうっ♡も、ムリぃ……♡何も出ない……♡」
少なくとも今より締まった顔で。
胎に埋めたものが、白濁を吐きながら硬度を失っていくのが分かる。
事に及ぶ前のミスタは、下品な誘い文句や、露骨なスキンシップに乗り気だった。しかしいざ押し倒して、口付けようとすると、「タンマ」とだけ言って一度渋い顔を見せる。その時にはもうお互い、触れる場所すべてが熱くて仕方ないというのに。お気に入りのコロンだけじゃなく、汗の匂いまで届くほど近くにいたのに。ミスタは何か一線を越えまいとして、踏ん張っている。ただこの先への期待はあるようで、視線は泳がせながらも、拒む素振りは見せなかった。あと一歩を踏み出させるように、できるだけ優しく、低く、ミスタの耳元で囁く。
「ミスタ、何もしないまま終わるつもりか?初めてでもないだろう」
実際、ミスタも恥じらっている訳では無さそうだった。ただ気まずそうに眉根を寄せ、口ごもる。恐らく、彼なりに何か気持ちの整理をつけようとしているのだ。そうしてしばらく顔を背け、ひとしきりウンウン唸った後、先のような『誓い』を立てたのである。
「……なんでまた?」
キス無しでは楽しめないほど、夜を過ごしてない訳じゃない。だが今までの経験があるからこそ、キスに浮かされることがどんなに楽しいか知っていた。
「んん……でもほら、キスなんてしなくても気持ち良くなれるじゃん。オレ、今だって十分コーフンしてるよ」
ミスタはそう言って背中に腕を回し、腹を押し付けてきた。その言葉に嘘がないことを確かめて、フンと鼻を鳴らす。
「気持ちよくなれるって?」
「オレそう言ったよ」
ミスタは生意気に、ニヤリと笑った。
飼い犬の勝気な顔を見ていると、どちらが主人かきちんと教えてやりたくなる。この『悪い子』に乗り上げて、情けなくキャンキャン鳴くのを心ゆくまで堪能した。昇りつめた余韻に浸りながら、長く息を吐く。中の楔をゆっくり引き抜いて、そのまま隣でうつ伏せになった。上半身だけ起こし、ミスタの顔を覗く。呼吸は少し落ち着いたものの、未だに恍惚としたままぼんやりしていた。そっと汗ばんだ前髪を払ってやると、撫でられたと思ったのか、気持ちよさそうに目を閉じる。そのまま望み通り、寝かしつけるように、髪やら顔やらをさすってやる。満足そうな顔を見ているうちに、さっき満たされたはずの嗜虐心が、再び鎌首をもたげた。なぜキスを嫌がったのか。愛おしさを込めてキスをするのは、大人じゃなくても当然の営みだろうに。もし、対等に『遊んで』いるつもりなら、冗談じゃない。互いに愛していると、執着していると知っている。一人だけ諦めて、楽になれると思うな。見逃がすと思ったか?
「ヒヒ、」
こんなにも腹が煮えているのに、口から漏れたのは、いたずらを企んだ時と同じ声だった。もしかしたら本当に、楽しんでいるのかもしれない。どんな反応が返るか分かっていて、それを心から喜ばしく思えるところが、ヒトを愛おしむ時の気持ちと似ている。
涙で、汗で、唾液で、鼻水で、ぐちゃぐちゃになった顔にキスをした。
「んむ……」
ゆっくり開かれた、湖面のような瞳と目が合う。触れるだけのキスで、ミスタの目はとろけるように潤んだ。彼の腕が、縋るように首へ回される。最初はこちらから重ね、やがてミスタの方から追いかけてきた。
「ハハ、やっと本気になったか?」
「ちがう、ヤケになったんだよ」
はあ、とわざとらしいため息をつきながら、それでも回した腕を緩めようとはしない。だだをこねるように、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。それから弱弱しい声で呟いた。
「オレは……オレは、最初っから……」
ミスタがこうやって小さい声で訴えるときは、大体本音を話そうとしている時だ。きちんと聞いてやらないと、またいつかのように癇癪を起こすかもしれないし、一人で泣くかもしれない。顔を覗き込もうとしたら、ミスタの方からこちらに向き直った。
「あーもう、我慢すんのムリ。降参!」
そう叫んだかと思えば、頭を掻き抱いて強引にキスをする。無理やり口をこじ開けて、貪るように舌を絡めた。やる気になったのなら都合がいい。もう一度楽しもうと思って前に触れると、ミスタのそれは既に立ちあがっていた。
「早漏の割に、溜めるのは早いな」
「だから早漏じゃない!!」
「なら証明してくれ」
瞼にキスを落とす。
「なんっ……!ああもう!」
ミスタが顔を真っ赤にして金切り声を上げる。相変わらずのキレっ早さに笑いを堪えきれずにいると、ミスタは体を起こして上に乗り上げた。上気した顔のまま、獣のように湿った息を吐く。
「証明しろっていったのは、ヴォックスだからね」
「そうだとも」
ギシ、とベッドだけが文句を垂れた。