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    何も分からないです

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    POIPOI 7

    遊びで済まない「キスだけは絶っっっっっっっ対しない」
    ミスタは確かに、最初にそう言った。
    「ハァ、あうっ♡も、ムリぃ……♡何も出ない……♡」
    少なくとも今より締まった顔で。
    胎に埋めたものが、白濁を吐きながら硬度を失っていくのが分かる。
    事に及ぶ前のミスタは、下品な誘い文句や、露骨なスキンシップに乗り気だった。しかしいざ押し倒して、口付けようとすると、「タンマ」とだけ言って一度渋い顔を見せる。その時にはもうお互い、触れる場所すべてが熱くて仕方ないというのに。お気に入りのコロンだけじゃなく、汗の匂いまで届くほど近くにいたのに。ミスタは何か一線を越えまいとして、踏ん張っている。ただこの先への期待はあるようで、視線は泳がせながらも、拒む素振りは見せなかった。あと一歩を踏み出させるように、できるだけ優しく、低く、ミスタの耳元で囁く。
    「ミスタ、何もしないまま終わるつもりか?初めてでもないだろう」
    実際、ミスタも恥じらっている訳では無さそうだった。ただ気まずそうに眉根を寄せ、口ごもる。恐らく、彼なりに何か気持ちの整理をつけようとしているのだ。そうしてしばらく顔を背け、ひとしきりウンウン唸った後、先のような『誓い』を立てたのである。
    「……なんでまた?」
    キス無しでは楽しめないほど、夜を過ごしてない訳じゃない。だが今までの経験があるからこそ、キスに浮かされることがどんなに楽しいか知っていた。
    「んん……でもほら、キスなんてしなくても気持ち良くなれるじゃん。オレ、今だって十分コーフンしてるよ」
    ミスタはそう言って背中に腕を回し、腹を押し付けてきた。その言葉に嘘がないことを確かめて、フンと鼻を鳴らす。
    「気持ちよくなれるって?」
    「オレそう言ったよ」
    ミスタは生意気に、ニヤリと笑った。

    飼い犬の勝気な顔を見ていると、どちらが主人かきちんと教えてやりたくなる。この『悪い子』に乗り上げて、情けなくキャンキャン鳴くのを心ゆくまで堪能した。昇りつめた余韻に浸りながら、長く息を吐く。中の楔をゆっくり引き抜いて、そのまま隣でうつ伏せになった。上半身だけ起こし、ミスタの顔を覗く。呼吸は少し落ち着いたものの、未だに恍惚としたままぼんやりしていた。そっと汗ばんだ前髪を払ってやると、撫でられたと思ったのか、気持ちよさそうに目を閉じる。そのまま望み通り、寝かしつけるように、髪やら顔やらをさすってやる。満足そうな顔を見ているうちに、さっき満たされたはずの嗜虐心が、再び鎌首をもたげた。なぜキスを嫌がったのか。愛おしさを込めてキスをするのは、大人じゃなくても当然の営みだろうに。もし、対等に『遊んで』いるつもりなら、冗談じゃない。互いに愛していると、執着していると知っている。一人だけ諦めて、楽になれると思うな。見逃がすと思ったか?
    「ヒヒ、」
    こんなにも腹が煮えているのに、口から漏れたのは、いたずらを企んだ時と同じ声だった。もしかしたら本当に、楽しんでいるのかもしれない。どんな反応が返るか分かっていて、それを心から喜ばしく思えるところが、ヒトを愛おしむ時の気持ちと似ている。
    涙で、汗で、唾液で、鼻水で、ぐちゃぐちゃになった顔にキスをした。
    「んむ……」
    ゆっくり開かれた、湖面のような瞳と目が合う。触れるだけのキスで、ミスタの目はとろけるように潤んだ。彼の腕が、縋るように首へ回される。最初はこちらから重ね、やがてミスタの方から追いかけてきた。
    「ハハ、やっと本気になったか?」
    「ちがう、ヤケになったんだよ」
    はあ、とわざとらしいため息をつきながら、それでも回した腕を緩めようとはしない。だだをこねるように、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。それから弱弱しい声で呟いた。
    「オレは……オレは、最初っから……」
    ミスタがこうやって小さい声で訴えるときは、大体本音を話そうとしている時だ。きちんと聞いてやらないと、またいつかのように癇癪を起こすかもしれないし、一人で泣くかもしれない。顔を覗き込もうとしたら、ミスタの方からこちらに向き直った。
    「あーもう、我慢すんのムリ。降参!」
    そう叫んだかと思えば、頭を掻き抱いて強引にキスをする。無理やり口をこじ開けて、貪るように舌を絡めた。やる気になったのなら都合がいい。もう一度楽しもうと思って前に触れると、ミスタのそれは既に立ちあがっていた。
    「早漏の割に、溜めるのは早いな」
    「だから早漏じゃない!!」
    「なら証明してくれ」
    瞼にキスを落とす。
    「なんっ……!ああもう!」
    ミスタが顔を真っ赤にして金切り声を上げる。相変わらずのキレっ早さに笑いを堪えきれずにいると、ミスタは体を起こして上に乗り上げた。上気した顔のまま、獣のように湿った息を吐く。
    「証明しろっていったのは、ヴォックスだからね」
    「そうだとも」
    ギシ、とベッドだけが文句を垂れた。
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    何も分からないです

    PAST
    刻む音、その後腕の中に収めた毛布のかたまりが、ゆっくりと上下する。そっと耳を当ててみると、ミスタの呼吸はかなり穏やかになっていた。きっと、ようやく眠りにつけたのだろう。彼を抱きしめたまま、目だけ動かして窓を見る。カーテンはぴったり閉じたが、それでも裾から少しの光を零していた。日の高いこの時間では、「寝れた」と言うよりほとんど気絶かもしれない。俺はマットの上を這って、毛布から少し覗く、灰色の猫っ毛に顔を近づける。シーツがしゅるしゅると音を立て、それだけで小さな寝息はかき消された。もう一度じっと耳を澄ませてようやく、今ので起こしていないと分かる。それから目の前のつむじにキスをした。
    「おやすみ、ミスタ」
    返事をしたのか、ただタイミングが良かったのか、ミスタは「うぅん……」と小さく呻く。もう一度だけキスをしたら、観念して彼を拘束していた腕をほどく。重い上半身を起こせば、ミスタはそれに気付いたみたいに身じろぎして、渋い顔で仰向けに体を倒す。それから少し毛布へ潜り、安心したように眉間の皺を伸ばした。慎重にはなってみたが、正直、ここまで神経質にならないでもいいとは思う。ミスタがこうやって苦労して寝た時、だいたい1時間は起きない。それより多く寝れるかは、体調と運次第だった。とりあえず、彼が寝ているこの間に、起き抜けに見てもウンザリしない部屋にしておきたい。体をベッドから乗り出して、足を下すスペースを探す。ちょうどすぐ横は床が見えていたので、そこへゆっくり立った。慎重を期したが、それでもスプリングはギギ、と小さく音を立てる。念のためもう一度後ろのミスタを見ると、目は閉じたまま、落ち着いた顔のままだった。安堵からひとつ溜息を吐いて、俺は足元に近いものから少しずつ、床に散らされたミスタの服やらゴミやらを拾う。ベッドの周りから拾っていくと、デスクの傍に時計と、その下に何かを零された紙の束が落ちていた。時計のアラームが切ってあることを確認して、デスクに置く。そしてシミの付いた書類を拾えば、それは何かの契約書だった。
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