晩夏の想い出〈せせらぎと鈴虫の音色と〉立秋を過ぎ昼間の暑さが収まる頃、夜には秋を感じられる涼しげな風が吹く。草むらからは秋の虫の声が日に日に増えていく……
晩夏の夕方、陽は落ち東の空には夜の帳に星が輝いてくる。この日の夜は村の豊作を願う祭りが神社で行われる。
「へへ、僕は祭りを楽しみにしていたんだ。お父もお母も一緒で嬉しいな。」
ニコニコと無邪気な笑顔を浮かび上がらせ、両親の手を握るカナデであった。カラコロと小さな下駄を鳴らしながら神社へ向かう。
「毎日稽古を頑張っておるカナデにご褒美だ。何か好きな物を買ってやろう。」
「……じゃあ飴食べたい」
「おっ、飴か分かった」
「あらあら、カナデは甘い物好きねぇ。」
神社の参道で飴を一つ買ってもらったカナデは嬉しそうに舐める。右手に飴を持ち、左手は父の大きな手を握り神社の境内へと進んで行く。豊作を祈る舞の披露を見て、笛や太鼓の演奏を聴き目を輝かせる無邪気な少年。少し疲れてきたのかカナデは眠そうにしていた。
「なぁお父、僕少し疲れた。」
「そうか。じゃあ近くの河原で休んで帰ろう。」
賑やかな祭りが行われている境内を後にして静かな河原へと歩いて行く。昇ったばかりの月が川面に映り、僅かに夜の闇を照らし心地よい川のせせらぎが聴こえる。
「ここに座ろう。」
「うん。」
河原の草むらに腰を降ろすカナデと両親。ひんやりとした秋を感じさせる風が草むらを駆け抜け、サラサラと音を立てる。風の音の中に混じって鈴虫や秋の鳴く虫の声と川のせせらぎが耳に入る。
「朝から稽古を頑張っていたわね。」
「……」
「カナデ?」
「ははっ、疲れて眠っておるのだろう。いつの間に拙者に凭れておった…。よし、おんぶして家へ帰ろう。」
「あらあら、いつの間に。きっと夢の中でも祭りを楽しんでいるわよ。」
父の背中におんぶされ家路につくカナデ。子守唄のように、彼の耳には川のせせらぎと鈴虫の鳴き声が聴こえているであろう。