食器を片付けたところでちょうど尾形が風呂から上がってきた。どうやって聞き出そうかまだ考えがまとまっていなかったが、尾形の髪がまだ濡れていたので。
「髪、乾かしてやろうか」
「え?」
有無を言わさず首に掛かったタオルごとテレビの前まで引っ張っていった。
風呂上がりのホカホカとした尾形の身体を膝ではさんでソファに座る。テレビはオフ。乾いたタオルで艶々した髪を包むようにして水分を取る。右に流し、左に流し、前に落としていると『遊んでるでしょ』と怒られる。まぁ、自分じゃできないことだし。それもあるが、切り出し方を考えていたんだ。
「コンペ、残念だったな」
今日じゃなく今週だと考えるとこれがいちばん確率が高い。尾形から聞いたわけじゃない。自販機の前で谷垣が、『自分がチームの足を引っ張ってしまったかもしれない』と落ち込んでいたのを慰めたときに聞かされたのだ。
「…今回は手応えがあったと思ったんですけどね。俺もまだまだでした」
床に座った尾形が、抑揚なく答えた。
「リーダーがお前だっただけであって、お前だけのせいじゃないだろ。そもそも100%などあり得ない。安心しろとは言わんが、そこまで落ちるな」
「いえ、落ちているというか……驚いてるんですかね、今週は自分のコントロールも部下のフォローも出来ませんでした」
本当に、ここまで様子がおかしくなるなんて。本当に些細な見落としがあったのかもしれない。珍しいこともあるものだ。
ほぼ乾いた、黒々とした髪を指で掬う。そのまま額の前にすべて流す。後頭部の短いところをショリショリと撫でる。耳の裏側に指を這わせて、耳たぶを捏ねる。しょげてる尾形が珍しくて、悪いけど可愛いなぁなどと思って愛でていた。
「はは、くすぐったいですよ。あんた好きですねぇ、それ。俺みたいに薄い耳なんて触っても面白くもなんともないでしょうに」
「そんなことないぞ? 俺の耳は厚くて硬いし。お前の耳冷たくて、俺の体温が移っていくのがわかっておもしろい。俺のだなぁって思える」
「物好きだなぁ、あんた」
「お前ほどじゃないさ」
前髪をのけて、テレビに反射した尾形の顔を見た。くまのできがちな頬骨付近を優しく撫でる。尾形のまつ毛は長くて、音がしそうなほど。しっとりとした頬は瑞々しくて、髭を携えた三十代間近な男とは思えない。これが自分のパートナーだなんて。自分のような、七つも年上の男を抱いているだなんて。もったいない話だ。もっと若くていい相手がいくらでも見つかるだろうに。
そんなことを考えながら頬を撫でたり摘まんだりしていると、手に手が重なった。自分よりも華奢で、指が長い。……身をもって知っている。画面の中で目が合った。
「……視野を広く持て。道は一つじゃないんだ。間違ってないと思っても、一度立ち止まって見渡すんだぞ」
「それは仕事の話、ですよね?」
「何事もだ」
「……はい、わかりました月島課長。そのお言葉、心に留めます」
振り返るとそのまま、手の甲に口付けられた。それから中指、薬指を順に、優しく食むようなキスを繋げる間、その様子から目を離せなかった。
「月島課長は、ミスをした後輩へはどう対応されるのですか」
「ん~、相手によるけどなぁ、俺も叱るのとか苦手なんだよ」
「フォロー上手ですからね。あなたは優しすぎるんですよ。それで調子に乗るやつを俺が裏でシめてるの、知ってますか」
「え、お前そんなことしてるのか? 嘘だろ?」
「冗談です。そんなやついませんよ、アンタの人徳です」
キスが手の甲に戻って来る。
「そんなアンタに惚れたんです」
「そ、」
こんなふうに真正面から言われることは、最近はお互いあまりなかったので心臓が跳ねた。ベッドの中ではある、と思うけど、無意識というか言葉にしているかどうか覚えていない。
「う、か」
「はい。でも──」
下ろされた前髪の隙間から見えた瞳が瞬いた。
「今日は、ちゃんと叱ってくれませんか?」