月の兄弟は新月に沈む〈誰そ彼時〉
「キョウは僕とレン、両方が同時に溺れてたらどっちを助けてくれる?」
夕日が射す教室の中、アスターは課題の手を止めて、机の向かい側に座るキョウにぽつりと投げかけた。
「なんだ、それ」
スマホの画面を見つめていたキョウは顔を上げ、訝しげな顔でアスターに向き合う。
しかし、天つ人は陽に照らされた空を見つめており、キョウと視線が交わることは無く、ただ無言の空間に答えを促された。
「俺は、」
〈彼は誰時〉
「キョウはさ、俺とアスター、両方が同時に崖から落ちそうになったら」
気怠く、だけど淡い光が清々しさを感じさせる朝の空気の中で、隣に並ぶレンはふとキョウに喋りかけた。
ドクンと心臓が鳴る。この質問は、どこかで。
「どっちを助ける?」
思わず歩が止まり、キョウはその場に立ち尽くした。
レンは何も言わず、キョウの少し前で、彼を振り返り返事を待っている。
「…俺は、」
〈夜陰〉
月のない夜だった。雲ではなく、地球が月を隠していた。
だから、風がいくら雲を運んでも、キョウが一番望むそれだけは見えることは無かった。
闇に伸ばした手をだらりと落とし、キョウはゆっくりと振り返る。
兄弟たちは何も言わず、虚ろな瞳のキョウの元へと向かう。
「一緒だよ、何も怖くない」
キョウの震える右手を、アスターが掬い、そっと包み込む。
「大丈夫。…一緒に、いこうね」
レンは後ろからキョウを覆うように優しく抱き締めた。
『俺は、どっちも助けない。俺も一緒に飛び込んで、それで終わりだ』
『俺も、一緒に逝く』
地面から足が離れる。浮遊感、のち逆さまの景色。
──どうして、最期の時に月は見えないのだろう。
陽の光は、全て闇にかき消された。