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    しきる

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    しきる

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    🔮と🐑が朝ごはんを食べながら愛を誓う話。
    甘めです。

    #Psyborg
    psychborg

    これからは一緒に息をしようそこまで厚くないカーテンに光が当たる。薄手のタオルケットで寝ていたにも関わらず、薄っすら汗ばむのは隣に温もりがあるからだろう。

    ファルガーは目を細く開きながら、とっくに鳴り止んだ時計に目をやる。午前八時を少し過ぎた程度で、寝過ごしたという程でもない時間であった。最も、特段予定があるわけでも無いが。

    何となく二度寝の気分ではなく、ファルガーは手の届く距離にあるカーテンを少しずらして光を浴びた。

    隣で眠っていた浮奇は眩しいのか、声にならない唸り声をシーツに落とし、目を薄く開く。
    「…おはよ、ふうふうちゃん」
    寝起き特有のがらついた低い声で、浮奇はファルガーに声をかける。
    「おはよう浮奇。起こしたか」
    ファルガーは触り心地の良い浮奇の髪を撫でながら応える。

    「んー……起きる…」
    ファルガーの掌の温もりにまた微睡みそうになるが、浮奇はゆっくりと布団から這い出る。
    ファルガーもベッドから降り、簡単にタオルケットを畳んで立ち上がる。
    「良い天気だね、昨日雨だったのに」
    浮奇はファルガーの傍に寄り、窓を覗く。
    「だな。洗濯物回さないと」
    昨日から溜め込んだ洗濯物の山を思い出しながら、ファルガーは欠伸をする。
    「じゃあ、俺は朝ごはんの準備しようかな」
    浮奇もつられて欠伸をし、手で口を覆う。未だぼんやりとした顔をどうにかする為、お互いどちらからともなく洗面所に向かった。


    顔を洗い終わり、ファルガーは洗面所のタオルを回収し洗濯機に放り込んだ。
    溜め込んだ、といっても男の二人暮らしだ。大した量ではない。下着を洗濯ネットに突っ込み、チャックを閉める。
    これで良し、と蛇口を捻り、電源をオンにする。
    ゴウンゴウンと洗濯機が唸っている間に、洗剤と準備する。キャップを捻ればいつもの柔らかい自然の香りが鼻腔をくすぐる。ベッドの中で感じた、浮奇と同じ香りだ。
    自分も同じ香りがするはずなのに、浮奇の香りと記憶しているのは何故だろうか。理由はどうであれ、それはファルガーにとって紛れもなく幸福の証であることに変わりはない。

    ファルガーは水を吐き出す洗濯機に幸せの香りを流し込み、蓋を閉めた。


    簡単にハムエッグとトースト、それとサラダでいいか。
    浮奇は冷蔵庫を覗き込み、朝食のメニューを組み立てた。
    レタスの入ったタッパーと作り置きのポテトサラダを取り出し、サラダボウルに盛り付ける。
    六枚切りの食パンをトースターに二枚セットし、電源を入れる。
    それから、昨日洗って乾かしっぱなしだったフライパンを手に取り、コンロの上に置く。
    薄く油を引いてハムを二枚。しゅわ、と油の弾ける音がキッチンに小さく響く。
    頃合いを見て裏返し、裏面を焼いている間に冷蔵庫から卵を二つ取り出す。
    半熟がいいな、と卵を片手に持ち替え、もう片方の手でシンクの蛇口を捻り、計量カップを持って水を注ぐ。
    フライパンの上のハムは程良い焼き色が付き、端が反り出していた。
    浮奇は卵を片手で割り開き、フライパンに落とす。じゅわあ、と卵の焼ける香りがキッチンを満たす。
    先程注いだカップの水を少しフライパンに落とし、蓋をして蒸らす。

    その間に皿を用意しようとすると、ちょうど洗面所から出てきたファルガーと目が合った。
    「サラダはもう持っていっていいか?」
    「うん。あとコーヒー入れておいてくれる?」
    「ああ、わかった」
    ファルガーはキッチンに備え付けてある電気ケトルに水を注ぎ、スイッチを入れてコーヒーの準備をする。
    サラダボウルを右手に、もう片方の手にはマグカップを持ってファルガーはリビングへと向かった。
    光の当たる方へ向かう彼と影のコントラスト。
    幸せの形を描くなら、俺はこれを描くだろうな。
    浮奇はその後ろ姿を見て、目を細めた。


    リビングにはしっかりと朝日が射し込み、照明を点ける必要がないくらいの明るさだった。
    ファルガーはダイニングテーブルにサラダを置き、右手を空ける。
    マグカップにテーブルに置いているインスタントコーヒーを適量入れ、ちょうどお湯が沸いた音を鳴らしたケトルを取りにキッチンへ引っ込む。
    浮奇はコンロの火を止め、楕円形の皿にハムエッグを乗せていた。

    ファルガーは再びリビングに戻り、マグカップにお湯を注ぐ。心地良い香りがリビングを満たし、空気を暖める。
    程なくしてトースターが焼き上がりを示す音を鳴らした。


    「いただきます」

    焼き立ての小麦の香りと、コーヒーの苦い香りが食卓に絡まる。
    浮奇はコーヒーにミルクを注ぎ、少し温くなったそれに口付ける。
    ファルガーはトーストを齧り、サクリと良い音を響かせた。

    「ん、浮奇、ハンドソープのストックが無かった」
    「あれ、そうだっけ。じゃ、今日は買い出しだね」
    「あとは植物たちの栄養剤も」
    「ガジュマル、そろそろ葉の剪定しないとね」
    「あぁ、もうそんな時期か」

    目玉焼きのピンク色をフォークで割ってやると、中からとろりと卵黄が流れて白い皿を汚す。
    浮奇はトーストをちぎり、卵黄につけて口に運んだ。よし、ちゃんと半熟だ。

    いつもと変わらない、くだらない話をして朝の気怠い時間を過ごす。
    朝食を半分ほど食べ終えたところで、浮奇はコーヒーを啜り、会話を切り出した。

    「ね、ふうふうちゃん」
    マグカップから唇を離し、浮奇は視線をファルガーに移す。甘い苦味が喉を通り過ぎた。
    「なんだ?」
    カーテン越しの光が、揺れるファルガーの銀色と共に踊る。

    この空間、香り、そして人。全部が愛おしいと考えてたら、何だかいても立ってもいられなくて、浮奇は背筋を少し伸ばして言葉を続けた。

    「結婚しよっか」

    いつもと変わらない、低く優しい声で、浮奇は微笑んだ。
    チチ、と外で名前も知らない鳥が囀る。
    短い沈黙が、幸せの空気を確かなものにする。少しして、ファルガーは唇を綻ばせた。

    「そうだな」

    普段通りのハスキーな声が、幸福の色を乗せて返事をした。
    浮奇もまた、つられて口元が緩む。

    「じゃあ、買い出しに指輪も追加だね」
    「予定が増えたな」

    なんだかむず痒くて、あったかくて、それはどちらも同じ気持ちだったのか、浮奇もファルガーも同時にクツクツと笑い出した。


    朝食を終え、浮奇は食器を洗いにキッチンへ、ファルガーはテーブルを拭いた後に洗濯の終わった洗濯物を運ぶ。
    多くない洗濯物をピンチで留め、ハンガーをベランダに干すのには、大した時間を要さなかった。
    ファルガーはキッチンへ向かい、シンクを磨いている浮奇の背中にそっと腕を回した。
    「わ、びっくりした」
    ファルガーから抱き着いてくるとは珍しい、と浮奇は素直に声に出す。
    ファルガーは返事をするでもなく、浮奇の背中に寄せた胸元から彼の体温を感じていた。
    浮奇は何となくシンクを磨く手を止め、ファルガーの腕に触れる。
    すると、ファルガーはゆっくり口を開いた。


    「なあ浮奇」
    「なぁに?ふうふうちゃん」
    「…幸せだな」


    振り向いて見えたファルガーの顔は、陳腐な表現だが、今まで見たことない表情だった。

    幸せに結び付くまで苦の方が多い人生を送ってきた浮奇には、“幸福”は何より甘美で、脆い言葉だと思っていた。
    彼もまた、同じなのだ。

    この幸せが例え、夜空に瞬く何千年も前の星と同じ、一瞬の輝きだったとしても。
    時空すら越えて巡り合った幸福を、もう一生手放さないように、浮奇はファルガーの機械の手に自分の掌を重ねた。
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