事故って恋って *1
取引先から会社に帰る途中、信号を渡ろうとしたら目の前で赤になっちまった。
「チッ、ツイてねぇ。」
上司の阿呆官じゃあるまいし。まぁ?運動も兼ねて歩道橋で渡るか。オレ様は信号のすぐ隣の階段を登り出した。そう言えば、今週末までの案件の確認をしておこう。ポケットから手帳を取り出してパラパラとめくる。
「えぇとぉ、あった。ここだ。」
歩きながら軽く書き込む。下階段に差し掛かった所でポケットに手帳をしまう、が、引っかかって上手く入らない。
「んぁ…?」
立ち止まって入れ直そうとすると、ドン、と背中に何かが当たった。
「ヒギャア!?」
「What 」
ぐら、と景色が回って、階段から落ちたと気付いた時にはもう地面は目の前。
「ぐギャ!」
ゴジャ、と体が地面に当たって擦れる音。衝撃で動かない体を叱咤して起き上がり、ぶつかって来やがった馬鹿を探す。
「何しやがんだぁ!?」
階段の上から男が何かを喚きながら降りてくる。文句の一つや二つや三つでも言ってやろうと立ち上がる。
「あれ…?」
足に力が入らない。降りてきて目の前にいる男の声もぐわんぐわん反響して理解できない。なんだぁ?
「あ…」
急に目の前が遠くなって、体から力が抜ける。あれ、どうしたんだ?何かを考えるより先に、意識がプツリと消えていった。
*2
「んぁ…?」
目を開ける。頭がぼんやりと痛む。目が慣れてくると見慣れない天井が目に入り、目を見開く。
「アァ!?」
起き上がろうとすると頭がズキリと痛んでベッドに沈む。どこだここは。辺りには薄い色のカーテン。もしかして、病院か?
「Are you awake 起きたか?」
横から声が降ってくる。目を向けると眼帯をした男が座っていた。
「誰ですかぁ?」
痛え頭からくるイラつきをそのまま声に乗せて男に聞く。男は申し訳なさそうな顔をした。
「Ah…オレがアンタにぶつかっちまって、アンタが歩道橋から落ちたんだ。You see 」
そうですかぁ。コイツのせいで!
「ふざっけんなよぉ!オマエ、この事故でオレ様が死んだらどう責任取るつもりだったんですかぁ!?」
男が短く息を吐く。
「Ha そりゃオレがぶつかったのは確かだが変な場所で立ち止まってたのはアンタだろ!」
「んだとぉ!?」
シャ、とカーテンが開く。
「政宗様、程々になされよ。」
見ると厳つい男が立っていた。
「テメェが政宗様がぶつかった男か。」
ギロリとオレ様を睨む目を睨み返す。
「そぉだよぉ。で?オマエは何なんですかぁ?この事件をもみ消してハイお終い、にしようってか?」
ハァ、とソイツがため息をつく。
「うちの政宗が、申し訳ない。」
そういうと深々と頭を下げた。
「なっ、…え?」
こんなに素直に謝るの!?
「ま…まぁ?オレ様も器の小さい男じゃねぇし?許して差し上げますよぉ。」
つい勢いで許しちまった。まぁ、この後はもう帰るだけだし大丈夫だろう。
「じゃ、オレ様帰るんで看護師呼んできてもらえますぅ?」
男二人が気まずそうにオレ様の足の方を見る。何だぁ?
「は…?」
見ると、オレ様の足が包帯でぐるぐる巻きにされている。
「leg bone…脛骨骨折、入院二ヶ月だとよ。」
瞬間、精神が崩れ落ちる音がした。
*3
入院初日、会社や取引先に電話をかけまくり傷病休暇をもぎ取った。今は入院生活も一週間。阿呆官に持って来させたポケットWi-Fiとパソコンで書類作成をしている。近年は書類の共有をネットでできるから便利ですねぇ。入院し始めの頃は隣のベッドのお年寄りがやたら話しかけてきたが、仕事中だと言うとほっといてくれるようになった。
カタカタとキーボードを鳴らしていると病室のカーテンが開いた。
「またですかぁ?」
目も向けずに言ってやるとソイツはベッドの隣の椅子に腰掛けた。
「Ha アンタが暇じゃねぇかと思ってな!」
「そりゃどぉもぉ。暇じゃねぇので帰っていただけますぅ?」
作った書類の確認をして共有する。次の書類は、ああこれか。
「昨日実家から美味い笹かまが届いたんだ!Let's eat together!一緒に食おうぜ!」
「うるせぇ。他の人に迷惑だろぉが。」
そう、オレ様が入院した日からコイツは一日一回、オレ様の所に来ては見舞い品を置いていく様になった。別に誰が来ようが来まいがどぉでもいいんですけど、来る分には悪い気はしないので無理に追い出さない事にしたのだ。それに気を良くしたのか貢物は増えてゆき、今や病室の小さな冷蔵庫はパンパンになりつつある。
「まぁ?仕方ねぇからもらって差し上げますよぉ。」
笹かまを受け取り口に運ぶ。ふわりと芳醇な香りが口に広がる。
「美味しいですねぇ。」
伊達の顔がパァッと明るくなる。
「Yes これはオレがガキの頃から食ってた贔屓の店のなんだ!」
これをガキの頃から、かぁ。随分といいお育ちなんですねぇ。
「あ、そぉ。でもさぁ。」
オレ様は伊達の手元を見る。笹かまがでかい箱に陳列していた。
「オレ様一人じゃその量は食い切れないよぉ。」
元々少食な上に動かないから腹が減らないのだ。量の少ない病院食もキツくなりつつある。
「I see…じゃ、しばらくpresentは無しにするか。その代わり、funnyな話を持ってくるからな!」
「あ、お気遣いなくぅ。」
そうしてその日は書類作成の傍ら伊達の相手をしながら面会時間は終わった。帰り際に笹かまを「talkするのに肴も必要だろ」と置いて行かれ、もしかしてこれが無くなるまで毎日来るのかと辟易した。
*4
共に笹かまを消費して三週間が経った。入院生活も残す所半分の後一ヶ月、リハビリも明日から始まる。もうそろそろ来る時間かと書類を終わらせていたら、カーテンが開いた。
「後少しで終わるんで待ってくれますぅ?」
「Ok. いいぜ。」
ギシ、と椅子に座る音が聞こえる。オレ様は書類の確認をして共有ボタンを押した。
「終わりましたよぉ…ん?」
伊達の方を向くと、紫色の恐竜のぬいぐるみを抱いていた。
「何ですかぁ?これ?まさかオレ様へのプレゼント、なんて言わないよねぇ?」
「そのまさかだ。」
そう言ってオレ様にぬいぐるみを差し出す。もちもちとした不思議な触感だ。
「……。」
中に入っているのは綿だよなぁ?でも真綿じゃありませんよね?
「そのcottonは真綿に特殊加工をしたものらしい。つっても、オレも詳しくは知らねえが。」
「へぇ〜…。」
真綿もこんな風に化けるんですねぇ。
「でも、なんでぬいぐるみなんてオレ様に?」
伊達は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「Ah…このぬいぐるみを見た瞬間アンタの事を思い出してな。買って来ちまった。」
「ふぅん…。」
ぬいぐるみを見る。まぁまぁ精悍な顔つきだ。
「まぁ、無碍にするのも嫌なんで貰っておきますよぉ。ありがとうねぇ。」
何となくぬいぐるみを膝の上に乗せ、その日はいつもの通り話して面会時間は終わった。
その後、今日のノルマを終わらせようとパソコンに向かったら膝の上のぬいぐるみが意外と腹とテーブルの間にフィットしたので明日からも使う事にした。
*5
その後、リハビリもしつつ伊達と話しつつ退院の日が近づいていた。伊達に学校は大丈夫なのか聞いたら春休みだと帰ってきた。大学の春休みは三ヶ月近くあるんだと。羨ましい限りですねぇ。
さて、今は退院前日。ベッド周りの物を整理している。
「Hey, 後藤。」
今日も伊達がやってきた。
「どぉもぉ。そういえばオレ様明日退院なんですよぉ。」
捨てていくものをゴミ袋に入れながら言う。あ、タオルも捨てとこ。
「I see…なあ後藤、よかったらこれからも会っちゃくれねえか?」
「ハァ?」
オレ様は逡巡する。まぁ、断る理由もねぇかぁ。
「あ〜…いいですよぉ。ただしオレ様も暇じゃねぇから今までみてぇに会えねぇぞ。」
「Yeah じゃあ明日からもよろしくな!退院時間はいつだ?」
そんなに喜ぶんですねぇ。ふぅん…。
「午前十時でぇす。何ですかぁ?お見送りでもしてくれるんですかぁ?」
「ああ、そのつもりだ。」
「…暇なの?」
まぁ、荷物持ちくらいは居てもいいかもしれない。小物入れにしていた笹かまの空き箱を見て、ふと思い立った。
「まぁ?ここまで皆勤賞だった伊達くんに褒美でもあげましょうかねぇ。購買行くぅ?」
ジュースくらいは奢ってやるよ。だが退院してから一緒に飯に行って欲しいらしい。まぁ、いいですけど。
それからたわいも無い話をして、荷造りは終わった。
次の日の朝十時に病院の外に出ると、伊達が立っていて荷物持ちを申し出てきた。悪い気はしないので家まで荷物を運ばせた。
*6
さて、家に着き茶でも出そうとしたら後ろから抱きしめられた。
「なっ…何ですかぁ!?ねぇ!?」
伊達は黙って抱きしめる力を強くした。
「ねぇってば、ねぇ!どけよぉ!」
「…アンタが。」
「ハァ!?」
「アンタが、気づかないのが悪い!」
聞けば、入院中ずっと通っていたのはアプローチのつもりだったらしい。分かる訳ねぇだろと言ったら、分かってないのは気づいてたと言った。
正直、コイツは顔は端正だし性格もやんちゃだがそこが逆にモテるだろうと思っていた。だけど、まさかそっち系だったとはねぇ。不安そうな顔をする伊達。二ヶ月間通い詰めたその根性を評してチャンスくらいはやるか。
「まぁ?もしオレ様を落とせたら考えてやるよ。」
どうせ学生の恋なんざすぐ飽きるでしょうし、無理だと思いますけど。
伊達の顔がパァッと明るくなる。この日から、伊達の猛攻撃が始まるのであった。