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    ruruyuduru

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    ruruyuduru

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    エンエイ。エンテンに好かれている自覚があるエイトさんの話。第三者に指摘されると認めざるを得ない部分があるよね。

    ##エンエイ

    自惚れでも勘違いでもなく容赦なく降り注ぐ陽射しと凶暴な魔獣に苦しめられながら、エイトは太陽の都に数度目の到着を果たす。定期的にエスター邸に届けられる丁寧すぎる言葉選びがいっそ腹立たしい報告書によると、祭壇や街の様子に主だった変化は見られないらしい。つまりエイトがわざわざ訪問する理由は何もないということだ。この状況で遠路はるばる火のエリアまでやってきてすることと言えば、名物グルメの食べ歩きを始めとした観光、それから報告書の差出人であるエンテンとの口論じみた会話を起点とするセックスぐらいのものであった。
    エスターの屋敷では贅を尽くした食生活を送っているし、城下町で人気のスイーツや遠方で栽培された珍しい果物に舌鼓を打つ機会もある。クライン大陸での生活にだいぶ順応してきたとはいえ、もとの世界とは異なる文化や価値観に驚かされる機会は未だに多い。
    そして性的な欲求に関しても、特に不自由はしていない。エイトがムラッときたときは誰かしらが応じてくれるし、そうでなくてもお誘いがかかったり、なし崩し的に裸の付き合いになったりする日も少なくない。
    つまり食欲も性欲も十分に満たされているのだが、それでもエイトは定期的に太陽の都に足を伸ばしている。暑さと乾燥、それからもう一歩も動きたくないレベルの疲労感に喘ぎながら。
    「我ながらどうにかしているよなぁ」と、複雑な思いを紛らわすようにエイトは深い溜息をつく。それでも、初回訪問時に比べればだいぶ状況は改善したのだ。事前に連絡しておけば途中まで迎えの馬車を寄越してくれるし、二ヶ月なんて待たずともエンテンとの面会が実現する。もっとも最近はほとんど私的な付き合いで、日中に客間で待たされることは皆無となりつつあったのだが。
    今回は完全に意表を突かれた。エイトが指定された場所で待っていると、迎えの馬車が近付いてくる。毎回それがエイトには、天の御使いのように思えてならない。乗り込んだところで暑いことに変わりはないが、カーテンで陽射しを遮った状態で足を休められるだけでもありがたいものだ。いつも通り髪や服についた砂を払って、御者台から降りてきた車夫が扉を開けてくれるのを待つ。
    しかしその次の瞬間、エイトはおのれの耳を、目を、続いて頭を疑った。あまりの暑さに脳がやられて幻覚を見ているのではないかと。今エイトの目の前にはエンテンがいる。普段は決して使用人たちの仕事を取り上げない男が、車夫が回り込んでくるのを待たずにみずからの手で扉を開けた。その事実に思い至ると同時に、エイトはぐにゃりと歪みそうになった唇を真っ直ぐに引き結んだ。腑抜けた顔を指摘されたくない一心で。
    「やあ、待たせたね」
    それこそ嘘みたいに整った容貌の男が、艶のある声で悪びれなく謝罪の言葉を口にすると、文様と宝飾品をまとった手指を差し出してきた。そしてエイトは、一秒に満たない逡巡の後に当然のように伸ばされた手を握る。エンテンの表情は暑さなんて感じていないように涼しげだが、その肌の温度はしばらく砂漠を歩き続けていたエイトのそれと大差ない。
    「どうしたんだよ、お忙しいエンテン様がわざわざ迎えに来るとか」
    「たまには私みずから君をエスコートしてあげようと思ってね」
    全部は言わなかったが、その得意げな表情が「光栄だろう、感謝するといい」と物語っている。エイトはあえて素知らぬ振りをして、エンテンとは少し離れた位置に座る少年執事──ジェロに小さく目配せした。お前のご主人様は相変わらずだなという意味を込めたものだが、伝わっているかどうかは定かでない。礼儀正しい少年は、エイトにただ上品に微笑んで返した。
    「エスコートねえ……つまり今日はお前とデートってこと?」
    エイトは意地悪い笑みを浮かべる。エンテンはジェロを同行させているし、エイトにも護衛がついている。だから絶対に違うとわかっているし、本人にも顔を真っ赤にして否定されると思っていた。要するに冗談を言ってからかうつもりだったのだが、エイトにとってはイレギュラーな事態が続く。エンテンは顎に手をやって「デート、か」とエイトの言葉を淡々とした調子で繰り返すと、「そうだな」とやはり平然とした態度で首肯した。
    「ふたりきりでなくて申し訳ないが」
    そう言ってエンテンが意味深な笑みを浮かべる。そのあまりの美しさと色気に頬を赤らめたエイトを見て、エンテンの唇は勝ち誇ったように弧を描いた。


    エンテンがこの外出を立場あるふたりの逢瀬と定義したことで、それぞれに供する面々は沈黙を強いられた。そしてエイトが不機嫌そうに──実際は気恥しさで押し黙っているせいで車内は奇妙な沈黙で満たされている。エイトは思う。この静寂を作り出すために自分の冗談は利用されたのではないかと。周りに気を遣わる発言をした張本人は、馬車の揺れなどものともせずにご機嫌な顔で報告書の束に目を通している。
    やがて一同を乗せた馬車は、太陽の都の郊外に停車した。エイトが窓の外に目を向けると、柵で囲まれた広大な敷地の中に石造りの建物が見える。特に目を引くのは敷地の一角にある巨大な山だ。「あれはなんだ?」というエイトの疑問を察して、目を通し終えた報告書をたたみ直しながらエンテンがおもむろに口を開いた。
    「我が国が魔獣の骨を資源として活用しているのは知っているね? ここは複数ある加工施設のひとつだ」
    「……ってことは、あれは魔獣の骨の山?」
    「ああ。砂漠で回収されたもの、討伐した魔獣の皮や肉を取った残り……そうした物がここに運び込まれてくる」
    つまり、デートとは名ばかりの社会科見学ということだ。少なからず落胆している自分には見て見ぬ振りを決め込んで、エイトは今度こそ車夫の手によって開けられた扉から外に降り立った。
    外から見ている分にはわからなかったが、建物の内部では多くの子供たちが作業していた。彼らに相応しい仕事を探させる──いつかエイトと交わした約束を守った事実を見せつけたいのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。エンテンは得意気な顔をするわけでも、エイトに感想を求めるわけでもなく、大人たちに混じって懸命に働く子供たち、もといおのれの民の姿をただ見守っている。
    やはり今日のエンテンはすこぶる機嫌がいいのだろう。少なくともエイトの瞳に映る彼は、普段よりだいぶ穏やかな表情を浮かべていた。
    大柄な男たちと一緒になって歯を食いしばりながら黒ずんだ骨の硬い表面を磨いている少年もいれば、大量の粉末から細かな異物を次々と取り除いている十歳にも満たない子供の姿もある。エイトは知らず知らずのうちに、彼らをかつての自分と重ねてしまう。自分は守られていた。心行くまで美味しい料理を食べたり、病気のときに付きっきりで看病されたりはしなくとも、働かなくても最低限の衣食住は確保されていて、学校で読み書きや計算の勉強だってさせてもらえた。
    だから目の前に広がる光景は、エイトにとって手放しで褒められるものではない。もっと良くしてやってくれと、傍らに立つエンテンに求めたくなってしまう。
    しかし、それは違うと今のエイトは理解している。これまでエンテンひとりの知恵と努力では対処できずにいた部分にようやく手が届き始めたのだ。この流れを止めてはならない。これまでエンテンがそうしてきたように、地道な努力を積み重ねていくことが大切なのだと、この場にいる誰もが心のどこかで理解していた。だからこそ子供たちは、弱音や文句も言わずに与えられた仕事を成し遂げている。砕け散った祭壇の宝石の欠片を拾い集めた対価を払うだけに留まらず、その功績と能力を認めてくれた恩人──エンテンはもちろん、彼が考えを改めるきっかけかつ決め手となったエイトの気持ちに報いるために。



    「……優秀な人財を得られてエンテンも嬉しいんだろうな」
    路地裏で身を隠すように暮らしていた子供たちが主要産業の担い手になったのだ。彼らがしっかり働けば、大きな利益を生み出せる。だからこそエンテンは、貴重な時間を割いてまで彼らが役に立っているかどうかをその目で確かめたかったのだろう。そんな考えありきの独り言を、耳ざとく拾い上げたのはジェロだった。
    「どうしてそう思われたんですか?」
    「え?」
    誰かに聞かれるとも、ましてや疑問をぶつけられるとも思っていなかったエイトは突然のことに驚き、返答に窮した。エンテンの執事として重用されてるジェロは、主人のことをよく理解している。いくつかの事実と情報に基づいて本人が決して語らない本音さえも汲み取れるほどに。そのジェロの同意を得られなかった時点で、エイトは自分の言葉が見当違いであると理解した。とはいえ、首を捻って考えたところで別の答えも思いつかない。
    「……なんかあいつ、ずっと機嫌が良さそうだから」
    エンテンはこの国をもっと豊かにすると豪語している。だから生産性や利益が上がった実績を喜んでいるものだとあたりをつけたのだが。
    「普段のエンテン様は滅多なことでは感情をあらわにしません。エイト様とご一緒しているときだけ、表情が豊かになるのです」
    「……あー」
    ジェロに正解を告げられて、エイトは唸り声を上げた。以前なら「それはないだろう」と即座に否定したのだろうが、今のエイトにはそうできない理由がある。
    兵を鍛えているとき、商談のテーブルにつくとき、屋敷の使用人たちに指示を出すとき。多忙なエンテンが他の誰かと話す様子を幾度となく目にする中で、エイトもまた気付いていたのだ。エンテンは自分と一緒にいるときに最もいい顔をすると。
    とはいえ、四六時中傍にいるわけではないし、基本的には一緒にいるよりも離れて過ごす時間の方が遥かに長い間柄だ。自惚れの線も捨てきれないまま、それでも本当に特別に想われているなら定期的に顔を見せてやらなければ寂しがると思っていたのだが。
    「……執事さんにもそう見える?」
    「はい」
    即答された。だからエイトは、自惚れでも勘違いでもなかったと認識を改める。そして工房の人間と何やら話し込んでいる表情と、馬車で自分を出迎えたときの表情を頭の中で比較して、「悪くないな」と思うのだ。それから自分の滞在中に、もっとちゃんとした“ デート”の時間を捻出させる必要があるとも。









    2022.06.12

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