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    kabe

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    毛利小五郎をヤバいレベルで捏造した話、完成版です。

    やさしいひと 油断していたわけではなかった。

     それは不慮の事故と片付けるには余りにも不甲斐ないことであり、十分に予測できた事態だった。予測できたということは予防できたということで、つまり回避できる可能性は十二分に存在していたということになる。

     運が悪かった。間が悪かった。そう言い切ることができたなら、どれほど良かっただろう。

     黒の組織が壊滅した。詳細が語られることのない国際的犯罪組織壊滅のニュースは世界を賑やかせ、念願を果たした日本警察やFBIなどはほんの少し気を緩めていた。とはいえ、残党は残っている。組織の末端まで須く捕まえるため、まだやることは残っていた。気を引き締めていたつもりだったが、本願を果たしたことで幾許かの気の緩みがあったのかもしれない。解毒剤が完成し、高校生探偵として戻ってきた工藤新一は後にそう呟いた。
     関係者の関係者に至るまで、油断なく構えていたつもりだった。尊い日常、何の変哲もない日常で生活するため、万全の体制を整えていたはずだった。
     
     本当に偶然が重なった結果なのだろう。


     毛利小五郎が組織の残党に捉えられ、アポトキシン4869を飲まされた。


     動揺し泣いて震える恋人、毛利蘭から連絡を受けた新一は血相を変えて病院へと駆けつけた。普通は立入禁止、厳重に固められている警備をここぞとばかりにコネを使いまくりゴネまくりセーフラインギリギリを攻めて攻めて攻めまくってようやく、面会が叶ったのだ。娘である蘭ですら、詳しいことを聞かされていないという現実。守るためとはいえ、心情的にはとてもではないが納得できるものではない。
     新たな戸籍を手に入れ、阿笠博士の養子として生きることを決めた灰原哀の協力により、『毛利小五郎がアポトキシン4869を飲まされた』という事実だけをやっとの思いで入手できたのだ。

     工藤新一は青褪めた。灰原哀も青褪めた。血の気の引く顔で、這いずり回って情報を掻き集めていた。そうして、ようやくだ。ようやく、顔面蒼白の降谷零、赤井秀一とコンタクトを取り、面会が許されたのだ。

     病室のドアが、強固な檻に見えた。

     先に面会を終えて気が緩んだのだろう蘭は待合室のソファに身を沈め、俯いたままだった。
     本来なら、新一は蘭の側にいるべきだったのだろう。そうするべきだと理性では分かっている。幼馴染の父親。家族ぐるみで付き合いがあり、毛利小五郎は認めないだろうが息子同然に可愛がってもらっていた自覚はある。でも、家族ではないのだ。未来の家族ではあるけれど、今はまだ、家族ではない。厳しい言い方になるが、他人なのだ。だから、本来であれば新一はまだ首を突っ込める段階じゃあない。

     でも、それでも、これは理屈じゃない。

     子供の我儘大いに結構。新一はまだ高校生だ。いかに大人びていようと、頭脳明晰な探偵であろうと、割り切れるものではない。物分かりの良い子供でいられるほど、良い子にはなれない。
     工藤新一は毛利小五郎に返しきれないほどの恩がある。彼は決してそんなことを思ってないし、思わせる気もなかったのだろうが、新一が恩だと思えば恩なのだ。

     組織が壊滅して元の身体に戻ってまず一番最初に工藤新一がしたのは、人生で初めて土下座し、毛利小五郎に詫びることだった。

     身元が曖昧な子供。見方によっては親に捨てられたも同然、そして生意気な子供であった江戸川コナンを居候と言いながらも引き受け、面倒を見てもらったこと。悪態をつきながらも、毛利小五郎は江戸川コナンを見捨てなかった。見限らなかった。我が子でもないのに、我が子のように当たり前に年相応の子供扱いをしてくれていた。事件に首を突っ込むコナンに拳骨を落とし、子供が見るものじゃないと当たり前のように叱ってくれた。
     最初は不満だった。でも、それは当たり前のことなのだ。頭が良くても、事件を解決できるスペックが揃っていても、凄惨な現場を見せたい大人が何処にいる。
     居候だ。関係のない、血の繋がらないただの預けられた子供だ。放っておけば良いものを、毛利小五郎はそれを良しとしなかった。当たり前のことを当たり前にする。そういう、優しい大人だ。
     江戸川コナンの身を真っ当に案じる大人が嬉しかった。探偵の性とはいえ、首を突っ込む方法なら他にあった。それこそ、毛利小五郎に分からないようにする方法なんていくらでもあった。子供の我儘だ。気を引きたいクソガキの考えだ。でも、嬉しかったから。拳骨を落とし、叱り、嗜める大人が、江戸川コナンにも工藤新一にもいなかったから。
     叱られる度に僅かに緩む口元に気づいていただろうに、呆れることなく仕方のないクソガキだと撫でられるのが、嬉しかった。
     

     ドアに触れる手が震えた。巻き込んでしまった。大恩のある人を、巻き込んでしまった。
     心中を支配するのは恐怖。工藤新一は毛利家が好きだ。恋人である蘭は勿論のこと、父親である毛利小五郎だって大好きだ。大切にしたいのだ。だから、本当に、怖かった。
     

     毛利小五郎は江戸川コナンが工藤新一であることに薄々気がついていた。コナンであった時から新一自身も気がつかれていることを察知していた。いつ何を言われるかとドキドキしていたが、毛利小五郎は何も言わなかった。最後の最後まで、新一が詫びるその時まで、何も言わなかったし何も聞かなかった。そして、知っていて、知らないふりをしながらも普通に接してくれていた。どれだけありがたかったことか、嬉しかったことか、きっと彼は分からないだろう。

     蘭がいない時『ポアロに行くぞ』と決まって声をかけられた。普段はオレンジジュースなのに、コナンが注文する前にコーヒーが注文されていた。砂糖もミルクも入れなかった小学一年生を前に、何も言わなかった。ただ、ぼんやりと煙草を吹かし、ゆったりと時間を過ごす。
     絶対に毛利小五郎の趣味ではない探偵小説を依頼人に貰ったからと渡されることがあった。到底小学一年生が読むレベルの本ではないのに。夢中になって読み進めるコナンを黙って眺め、翌朝のめり込んで徹夜して蘭に叱られるコナンをケラケラと笑って見ていた。
     工藤新一にとって、それが、その時間が如何に尊く、どれほどの救いになっていたのか、きっと毛利小五郎は知らない。

     関係者には本当のことを話した。せめてもの誠意であったし、残党が残っている現状を考えると、言わない選択肢は存在していなかった。公安もFBIも協力した各国機関も渋ったが、何度も説得して漕ぎつけた。主に降谷零、赤井秀一が思うところがあったのか、上に掛け合ってくれたらしい。幾許かの情報制限はあったが許可は降りた。
     真っ先に伝えるべきは毛利蘭であったのだろうが、新一はまず何よりも先に毛利小五郎に伝えることを選んだ。一番世話になり、一番狙われる可能性があるのが毛利小五郎だったからだ。
     戻ってきた娘の恋人が帰ってきて早々に事務所に訪れ、土下座し、血の気の引いた顔で震えながら懺悔するように話す内容を毛利小五郎は静かに聞いていた。それは驚くというより、淡々と事実を受け入れる様子で。やはりこの人は薄らだろうが自分の正体に気づき、何かに巻き込まれていることにも気づき、それを全て黙殺して見守ってくれてたのだと知る。
     最後まで黙って聞き、何を言われるかと拳を握り締め、何を言われても受け入れると土下座したまま固まっている工藤新一に毛利小五郎は拳骨一つ落とすと口を開いた。

    『生きてんならそれで良い。帰って来たんなら俺から言うことはねぇよ。だが、まぁ。やんちゃもほどほどにしとけ。あんまり心配かけさせんじゃねぇぞ、クソガキ』

     泣いた。実の親の前でもこんなに泣いたことがないほどに泣いた。えぐえぐ泣く新一を前にぎょっとした表情の毛利小五郎は決まり悪そうに『ポアロ、行くか』と声をかけ、それで奢られたのがコナンが一番好んでいたブレンドコーヒーだったものだから、また泣いた。
     結局、泣きすぎて枯れ果てた声で礼を言うことしかできなかったのだ。

     そんな人が、このドアの向こうにいる。工藤新一にとって、返しきれないほどのものをくれた人が、いるのだ。震えない方がどうかしている。頭脳が良くてもどうにもならないことはある。人の心なんてその最先端だ。だから、かつてないほどに恐怖を感じていた。蘭に嫌われるのとはまた別の恐怖だ。

     良識のある優しい大人に、尊敬に値する人に嫌われる、見限られるかもしれない恐怖は計り知れない。
     
     それでも、逃げることは許されない。自分が巻き込んだも同然なのだ。きっと周囲の大人は言うだろう。『君のせいではない』と。詭弁だそんなもの。どう言い繕ったところで、工藤新一の存在が毛利小五郎を巻き込んだことに変わりはないのだ。

     震える手でドアに手をかけ、開く。

     ベットで上体を起こし、こちらを見る毛利小五郎の面影を残した青年にヒュッと息が詰まった。
     はくり。口から息が零れ落ちる。先ほどとは別の意味で血の気が引いた。
     だってその人の表情が、目が、告げていた。嘘だと言いたかった。
     僅かな違和感はあった。蘭が沈痛な面持ちでソファに沈み込んでいたから。蘭の性格からして、生きていることをまず喜ぶはずだ。そんなに容態が悪いのかと思ったが、実体験として同じ薬を打たれた身だ。若返った父親に混乱しているのかもしれない、と思った。僅かに、一種の可能性として最悪の事態が過ったけれど、見なかったことにした。直視してしまえば本当になる気がしたから。結果として、確かに最悪の事態ではない。しかし、これは。

     工藤新一を怪訝な顔で見つめていた青年はゆったりと口を開く。


    「どちら様?」


     最悪に程近い状態であることをその言葉は物語っていた。






     アポトキシン4846は端的に小難しい理論をすっ飛ばしていえば肉体退行の薬。それは肉体に限った話であり、精神は元のままのはずだった。だからこそ、江戸川コナンは工藤新一の精神を持った見た目は小学生、中身は高校生という状態だったのだ。だとしたら、これはどういうことだろうか。

    「記憶喪失ってことか」
    「記憶喪失というよりは記憶退行と言った方が正しいわ。でも、医学的にも科学者の観点からしても、事はそんな簡単なものじゃないわ」
    「ハッキリ言えよ。俺が原因だろ」
    「…………ええ、そうね。でも、あくまで工藤くんだけが悪いわけじゃないわ。元は私。私がこんな薬を作り出したからよ」

     それを言って仕舞えば、そもそも灰原哀だって被害者と称せる立場だ。しかし、そんなことは関係ない。今にも自殺しそうなほど自責の念に駆られている灰原哀は、泣きそうに顔を歪める。誰もいなかったならきっと、泣いていただろう。新一だって、誰もいなければ泣いていた。感情が一周回って無表情の降谷零、険しい眼光でどこかを睨み付ける赤井秀一がいなければ、正気ではなかったかもしれない。
     
     現在の毛利小五郎は25歳の時まで身も心も若返っている。十年ほど若返るアポトキシン4846だが、個人差はあるらしく、元は38歳の毛利小五郎は13年若返ったことになる。さらに、体内の抗体が反応したのか、記憶や精神までもが13年若返ることになっていた。
     つまり、毛利小五郎の精神としては今も尚現役刑事時代の毛利小五郎であり、蘭はまだ小さいし妃英理とは別居していない。そして今の中年の頃とは違い、ぼんやりとしている。お調子者の面はあるにはあるが、何処か態とらしい。板についていないとでも言うべきか。自分たちが知る毛利小五郎との乖離は違和感として現れている。対面したのだろう感想を訥々と溢す公安とFBIに頷くことすらできずに新一は俯く。

     本来ならば精神はそのままであり、工藤新一という実例があるから解毒薬はすぐさま出来上がるはずだった。そのはずだったのだ。

     しかし、できなかった。

     毛利小五郎の体内は健常者とは違っていた。どんなリスクがあるか分からない爆弾と化している。突然死のリスクだってないわけではない。様々な検査の結果、その可能性は著しく低いとされているが。しかし、新種の薬を投薬するとなれば話は別だ。
     毛利小五郎が記憶まで退行したのは、間違いなく江戸川コナンに起因している。
     彼は幾度となく麻酔銃を打たれていた。麻酔だ。改良に改良を重ね、極力影響を及ぼさないようにはしていたが、それでも通常打たれる麻酔の量を遥かに上回る量を頻回に何度も打たれていた。これで人体に影響がない方が可笑しい。それは肉体退行だけでなく、記憶が退行していることからも明らかに影響があると言わざるを得ない。
     毛利小五郎の体内は以前とは違っていた。麻酔に対する抗体が出来上がっていた。薬に対する抗体、適応環境も常人とは異なっていた。
     今の毛利小五郎の肉体に新薬を打ち込めば死の危険がある。だから解毒剤を投与できない。諦めず研究はするが、実現できる日は果てしなく遠い。でも、諦めないと灰原哀は血を吐くような声で叫んだ。

     工藤新一は俯いたまま動けなかった。無駄に回る頭だけは様々な可能性を指摘していたが、頭のど真ん中にあるのは『俺の所為』という言葉だ。

     やんちゃで済まされる段階は超えていた。許す許さないの次元じゃない。そんなことで済まされない。謝って許されるような問題じゃない。毛利小五郎が支払わされた代償は余りにも大きすぎる。

     ギリ、と握り締めた手に爪が食い込む。

     謝ってどうするのか。どうにもならないのに。軽率な自分の行動が原因だというのに。
     蘭との会話を思い出す。新一は話した。全てを話した。涙の跡が残る顔で、蘭は優しく微笑んでいた。

    「お父さんがこうなったのは新一のせいじゃないでしょ?黒の組織だっけ。そこの人が悪いんでしょ?だから、新一が悪いわけじゃないよ」

    そう、気丈にも笑みを見せて言う彼女。いっそ責めてほしかった。泣いて怒ってほしかった。
     けれど、それを言う資格が新一にはない。
     強がりだと分かっている。震えた手が、泣くのを堪える身体が、推理するまでもなく全てを物語っていた。それを崩す資格が新一にはない。強がりを指摘することなどできるはずがない。だから、震える手で蘭を抱きしめ、今にも消えそうな「大丈夫」を言うしかなかった。
     
     俯いてばかりではいられないことなど分かっている。立ち止まることなど許されない。泣いて喚いてどうにかなるならいくらでも。謝って叱られてどうにかなるならとっくにしている。
     どうにもならないから、どうにもできないからただ無力を噛み締める。どうしたって工藤新一は高校生であり、子供である。できることは限られている。なら、限られていることの中で最大限のことをしなければならない。

     俯いていた顔を上げる。幸いなことに、この頭脳が積み重ねてきた経歴は使い勝手が良かった。築き上げてきた人脈を活用するならば今しかない。半分以上は自業自得とはいえ、それによって強力すぎるカードを得たのは事実。
     だから、恥を忍んで工藤新一は頭を下げた。
     
    「降谷さん、赤井さん、頼みがあります」

     工藤新一は、例え自身の何かを失ったとしても、大切な人を見捨てるような真似だけはしないと決めている。救えるのであれば手を伸ばすべきだと教わった。彼にそんなつもりはなくとも、江戸川コナンであった工藤新一は、工藤新一である時からその背中を、毛利小五郎の背中を見ていたのだから。それこそ、実の父親と同じ程に、毛利小五郎という男の背中を見ていたのだから。だから、知っている。


     工藤新一は、毛利小五郎が優秀であることを知っている。







     日本のヨハネスブルクと揶揄される米花町では今日も今日とて犯罪の巣窟だ。道を歩けば殺人強盗誘拐。事件発生率No. 1。だからこそ日本の警察の中でも米花町を担当している警察は忙しい。

     青年毛利小五郎もその一人であるのだが、なんというか実感のないままにこの場にいる。

     ぼんやりと記憶にあるよりも歳を取った目暮警部補を眺める。いや、今は警部だったか。昇格したらしい。班を率いる目暮警部は新鮮だ。バディを組んでいた先輩は見当たらない。数年前に殉職したと聞いたので、墓参りくらいは行きたいと思う。胸に宿るのが哀愁なのか悲しみなのか理解が及ばない。やはり自分はまだ、変われないのだと思い知る。

     どうやら、毛利小五郎は若返ったらしい。
     つまり、ここは13年後の未来。一人だけ若返ってタイムスリップしたような心地になる。実際は記憶退行と肉体退行をしているだけらしいので、毛利小五郎はキチンと歳を重ねていたのだが。今の25歳である青年毛利小五郎には何処か現実味のない話だ。

     さて、この時代の毛利小五郎は警察官を辞め、探偵業を営んでいると聞いていたのだが。どうして自分は警察官として目暮班に配属されているのだろう。

     原因は分かっている。記憶よりも遥かに成長し、高校生の姿で現れた工藤新一という青年だ。彼は毛利に正直に全てを話した。顔面蒼白で今にも自殺するのではないかと思うほどに追い詰められた人間の顔をしていた。
     荒唐無稽な話だが、テレビを見れば知らない芸能人が当たり前のようにいるし、知らないニュースが流れている。新聞を見れば日付は現在──小五郎にしてみれば未来──のものだ。ドッキリにしては金と手間がかかりすぎている。なのでまあ、すんなりと信じることになったのだが。
     確かに面影を残しているお隣さんの子どもは罪を犯した人間の顔をしていた。それがどのにも腑に落ちない。話は聞いた。理解もした。規模が大きすぎて映画みたいだなぁと思ったことは否めないが理解はしているのだ。その上で、小五郎は腑に落ちない。
     確かに、原因の一端は工藤新一の軽率な行動にある。しかし、偶然といえば偶然であるのだ。それに、大変苦労したのだろうと思う。更に言えば、自分が言わずとも自身を責めている子どもにこれ以上何を言えと。反省するのは構わないが、何事も過ぎれば毒だ。
     だからまあ、小五郎自身が工藤新一に何かを思うことはなかった。頑張ったのだろうなぁと話を聞くに思ったので、乱暴に撫で回したことは許してほしい。あんなに小さく、蘭と同じ年頃の少年が自業自得とはいえ凶悪な犯罪に巻き込まれ、戦ったのだから。生きて帰ってこれたのであれば上等だろう。褒めるくらいはしても良いだろうと。だというのに、一層身の置き場がなく固まり泣き出した子どもにどういう顔をすれば良いのか分からず戸惑ってしまった。
     幼少期くらいの記憶しかないとはいえ、こんなに泣くような子どもだっただろうか。もうちょっと悪ガキらしかったような気がするのだが。口が回るのは変わってないけれども、こう、もうちょっと格好付けたがりの面があったような気がするのだが。

    「お、俺に、できること、ありますか」
    「とりあえず泣き止め。な?悪かった。無理に泣き止むな。息をしろ息を」

     言えば無理矢理にも嗚咽を飲み込んで泣き止もうとするので、これはもう泣かせた方が良いなと判断した。乱雑に撫でていた手を下げようとすれば不安そうに見上げ、仕方がなくそのままにすれば甘えたように擦り寄り、無意識なのか安心したように息を吐く子ども。
     思えば妙にそういうところのある少年であった。何が楽しいのか、蘭に会いに来たと思えば小五郎の側を彷徨きたがり、蘭の手を引きつつも小五郎を気にするような少年であった。
     こういうところは変わってないのだと知る。

     ぼうっとしていたのが悪かったのか、工藤新一がおずおずと話す内容を話半分に聞き流していたのが悪かったのか。いつのまにか中年の毛利小五郎は行方不明ということになり、青年の毛利小五郎は刑事に復帰するということになっていた。どうしてそうなった。

     工藤新一によれば、刑事時代の毛利小五郎であるなら、同じ職場の方が良いだろうという気遣いらしい。配属先は目暮班。詳細な事情は守秘義務の面で話せないが、大まかなことは知っているのだとか。警察組織の上層部に顔が効く人間に貸しがあるから、存分に使ったのだとかなんとか。

     その人間とは誰あろう降谷零である。まあ、権力濫用である。所属は違うが赤井秀一も援護した。黒の組織壊滅の立役者である面々に言われれば、そのくらいの融通は、ということだ。

     ぶっちゃけ小五郎は理解を放棄していたが、とりあえず自分は刑事として働くのだと分かれば良い。生きていくのにはお金がいる。働かねばならぬのだ。例え生活の全てを保証したって良いと言われても、流石にそれは駄目だろうという良識はある。
     目暮班ならば、というか目暮警部がいるのなら悪いようにはならないだろう。小五郎のやり方を理解している数少ない人だ。なので不満はない。ただ、当時の面々とは明らかに変わっている。良いと言われはしたが、大丈夫か?と思うだけで。

     今までのことを思い返しながら、事件現場に意識を戻す。
     場所は都内の宝石店。開店前に店主が準備の為中に入り、売り場で倒れているスタッフを発見、後に通報となった。一昨日の閉店後、店主含めスタッフは全員帰宅しており、誰も店に入ってないという。昨日は定休日であり、誰も現場となった店内に足を踏み入れてない。当然のことながら全てのドアに施錠はされており、防犯カメラの死角で殺されていた女の姿は現在に至るまで写されていない。勿論、犯人らしき姿もだ。密室での犯行。誰が、どのように。現時点では何も分からない。完全犯罪というベタな言葉が思い浮かぶ。
     検証は既に終えている。御遺体と対面し、手袋を嵌めて身体に触れる。年の頃は三十前半といったところだろうか。まだ若く、綺麗な女性だ。青白い顔は苦悶の表情もなく、されど何かを訴えかけているように思えた。
     鑑識が選別する遺留品に目を向ける。なんとなく、気になった。星をモチーフにしたらしいキーホルダー。何かにつけるわけでもなく、ポツンと遺されていたそれら。二つ合わさると星座の形になるキーホルダーは、三つ。一つ目の組み合わせは分かったが、もう一つは半分欠けている。何処に行ったのだろうか。
     ぼうっと考えている間にどうやら粗方の聴取は終わったらしい。一度署に戻るというので、追従した。しれっと遺留品であるキーホルダーを三つ、ハンカチに挟んでポケットに仕舞い込んで。








    「被害者は東野美保。年齢は32歳。都内の宝石店に勤務しており───」

     ホワイトボードに貼られた顔写真や現場写真。こういうところは変わってないなと一瞥する。新しいデスクの上でハンカチを広げ、小五郎は遺留品であるキーホルダーを見つめていた。
     遺留品を広げた小五郎に目暮班の面々は複雑な顔で嗜めたけれど、目暮警部は「満足したら返しなさいよ」と告げるだけ。いつものことだと流されている。まあ、それはそう。目暮警部にとっては『いつも通り』である。
     佐藤刑事と高木刑事の説明を聞きながら、ぼんやりと考える。
     昔から頭が回る方ではなかった。隣に住む推理小説家のように、密室トリックを見破るなんてことはできない。時間をかければできるかもしれないが、小五郎の頭では時間がかかりすぎる。迷宮入りさせるわけにもいかない。被害者が浮かばれない。だから、小五郎としては探偵を使うことに忌避感はない。
     そもそも、今の目暮班には頭のキレる人材がいるようだ。ならば、やはり自分はいつも通りで良いのだろう。とはいえ、そうでなかったとしても自分のやることは変わらないのだが。小五郎が行う捜査は昔も今も未来も変わってないのだろう。何故ならば、自分はこのやり方しかできないのだから。
     現在の──小五郎にとっては未来の──自分を知っている人からすれば、今の青年である毛利小五郎は違和感の塊らしい。どうやら自分は上手く人に溶け込むことができていたのだと知る。ほんの少し、喜ばしいと思う。

     昔から、人の感情がよく分からなかった。

     何故、泣くのか笑うのか怒るのか喜ぶのかそう思うのか考えるのか。
     いつだって人と人との関係や感情の揺れ動きは硝子一枚隔てた外側のことのように思えた。
     何故、が分からないから。それでも、理解したいと思ったから。
     どこか人とズレたリズムを刻む自分はきっと、致命的に人としての何かが欠けているような気がしていたけれど、それでも知りたかった。

     何故。どうして。

     ドラマで見た反応をなぞれば人に溶け込むことはできた。学生生活で周囲の反応を伺い、何が正解かを探った。的外れの時もあるけれど、大抵は上手くいっていた。でも、分からない。
     羊水の中にいるように、小五郎の周りには薄い膜がある。外に飛び出してみたいのに、やり方が分からない。どうすれば良いのかが分からない。知りたくて手を伸ばして、諦めきれずに藻搔いて足掻いて必死に息をしている。

     英理はそんな自分に気づいていた。愛しているのかと問われれば首を傾げる。小五郎にはそもそも、愛が分からない。それは何が違うのか。どういう感情なのか。分からないままに手を伸ばした。
     だって、彼女が差し伸べるから。こんなどうしようもない自分に、手を差し出すから。なんてことのないように「馬鹿ね」と小五郎の膜を破るから。
     愛が何か分からない。でも、彼女の隣は息がしやすかった。分からないことを分からないと言っても許された。一つずつ、理論的に教える彼女の横顔を綺麗だと思えた。小五郎にとって英理は必要な人だ。人生において、彼女と結婚したことは数少ない自分の意思。
     小五郎が自分の意思を発することは滅多にない。輪の中心にいるような性格と誤解されるが、小五郎自身が意見を述べることは殆どなかった。周囲を見て道化を演じ、お調子者のような人であれば、大抵皆が笑うので。そうすることが良いのだと小五郎は思っていた。時が経てば経つほど、そんな自分も悪くないように思えてきた。それでも、感情を理解するには程遠かったのだけれど。
     刑事を目指したのは英理が「格好良い」と何かの拍子に言ったからだ。そうか。彼女にとって格好良いのかと妙に頭にこびりついた。思えば人生を左右するような大きな判断を行う際、小五郎の根底には決まって英理がいた。それほど、彼女が小五郎に与えたものは大きい。

     今は別居中だと大きくなった高校生の娘である蘭から聞いている。多分、何かがあったのだろう。自分にとって、彼女に起因する何かが。それが何かは分からないけれど、そのうち分かるのではないだろうか。彼女は、小五郎が分からないことを教えてくれる優しい人だから。分からないでいる小五郎を理解し、だからこそ手を差し伸べる人だから。

     また余計なことを考えてしまった。仕方がない。まだ混乱しているのだろう。しかし、捜査はしなくては。署の一室で会話が途切れた頃、小五郎はぼんやりとホワイトボードを見た。書き込みだらけのホワイトボード。
     誰が、どうやって殺したか。フォーカスを当てる点はそこに絞られている。密室殺人。凝ったトリックを使う犯罪者の多い米花町だ。この犯人もそうなのだろうか。でも、小五郎が考えるべきはそれじゃない。

     誰が、どうやって、何のために。

     何故。どうして。殺されたのか。

     被害者は、何を思っていたのだろうか。

     トリックなんて頭の良い奴らに任せておけば良い。目暮班は優秀らしい。聞くところによると、自分がぼんやりしている間に探偵が加わるらしいので。ならば、いつも通りで良い。
     被害者に恨みのある人物が何人か。重要参考人だそうだ。小五郎はその人物たちをスルーして、一番端、被害者の恋人だという人物の写真を一枚取る。誰も見向きもしなかった写真だ。被害者の恋人ではいるが、その日はアリバイがあり、証人だっている。というか、殺された一週間ほど前から被害者の恋人は地方に出張で行っている。物理的に犯行は不可能だ。犯人とは成り得ない。真っ先に犯人候補から外される人間だ。それは当然小五郎だって理解している。でも。

    「警部、ちょっと出てきます」
    「ん?あぁ。毛利君、報告はするように」
    「はい」
    「それと、松田君、萩原君、着いていくように」
    「はあっ!?なんで俺ら?」
    「ええー?俺らですか?」
    「刑事は単独行動禁止だ。まあ、良い勉強になるだろう」

     ふらりといつものように目暮警部に声をかければ慣れたように了承された。でも、次の言葉は違っていて。いつもなら先輩に声をかけるのに、どうして。と不満を隠さない二人の声を聞きながら首を傾げる。


     あぁ、そうか。


    『そんじゃあ行くか、毛利!今度は何が気になってんだ?』


     そう言って笑う先輩は、ここにいない。








     被害者の足取りを一つ一つ確かめる。休日、どこに行ったのか。いつもどうしているのか。目撃者の話から一つ一つ辿って行く。殺されたとされる死亡時刻、その日の被害者はいつも通りではない行動をしていたらしい。
     小五郎はいつも通りではない被害者の足取りではなく、いつも通りの被害者の足取りをなぞっていた。
     被害者の恋人との会話を思い起こす。
     神経質そうな男だった。メガネを何度もカチャカチャと揺らし、苛々している様子だ。

    「知りませんよ。アイツ、仕事のことは何も言いませんし。一々言うような性格でもありませんから」
    「最近何か変わったことはありませんでしたか?」
    「さあ?出張だったんでね。もういいですか?」
    「……ありがとうございます」

     苛立ちを隠さず、迷惑だと顔に書いているような男はバタンと大きな音を立てて扉を閉めた。

    「んだよ、あれ」
    「ま、まあまあ」
    「仮にも恋人が殺されたってのに……」

     爆発物処理班から移動してきたという松田刑事と萩原刑事は腑に落ちない反応だ。
     小五郎としては、何も感じなかった。ただ少し、何かが琴線に引っ掛かった。ポケットに入れている遺留品が熱を灯したような気がした。

     被害者は同じルーティンワークを好んでいたらしい。休日は古本屋に行き、本を一冊購入する。お気に入りのカフェに行き、珈琲と共にゆったりと購入したばかりの本を読む。その後は散歩に最適だという公園に行き、道中でキッチンカーで販売されているサンドイッチを購入。公園のベンチでランチをして、ゆるりと歩いて帰宅する。

     同じ足取りを辿る小五郎は古書店に向かった。店主は年季の入った皺がある歳を重ねた老婦人だった。眼鏡のチェーンが揺れ、知的な瞳を優しく細めている。

    「彼女は良く此処に?」
    「えぇ、そうよ。もうずっとそう」
    「彼女が購入している本はありますか?」
    「そうねぇ。あの子、何でも読むから。あぁ、でもここ数年はこの棚かしら?」
    「……棚?」
    「ふふっ、星座の本よ。星に興味があったみたいなの。いつも熱心に見ていたわ。まとめて買わないの?って聞いたら、一つずつ選ぶのが楽しいんですって」
    「そう、ですか」
    「そうそう、これ!この本はよく手に取ってたわ。何度も何度も手に取るから覚えちゃったの」
    「これは、購入されなかったのですか?」
    「そうねぇ。今はやめとくって言ってたわ。でも、いつか買いに来るってね。だから私、この本はずっと置いてるのよ」
    「………一冊、いただけますか」
    「あら?刑事さんも興味があるの?男の人はどちらかといえばこういうのは読まないんじゃないかしら?」
    「そう、ですね。あまり本を読む習慣はありませんが、気になったものでして。いやあ、お恥ずかしいですな!」
    「あらあら」

     戯ける小五郎にクスクスと楽しそうに笑う店主はふと、悲しげに目を伏せた。

    「でも、そうね。もう、買いには来れないのねぇ」
    「………ええ」
    「待っていたのにねぇ。まだ若いのに、読んで欲しかったのにねぇ」
    「…………。」

     悲しい、のだろうか。店主と客。それだけの関係なのに、悲しんでいるのだろうか。東野美保の死を悲しむ人がここにいるのだ。
     何を言えば良いのか分からなくなる。悲しいと思うのは何故。本をなぞる手つきが優しくて、受け取った本がズッシリと重たくて。読まれなかった本が寂しそうに見えた。

    「何か分かりましたか?」
    「いやあ?何も」
    「……何しに行ったんだよ」
    「まあまあ、陣平ちゃん」

     早々に事務的なやり取りをして店の前で待っていた二人は対照的でありながら、思っていることは同じなのだろう。何故、こんなことを?と目が語っている。それに答える言葉を小五郎は持たない。何故、と問われても何故だろう。ただ、知りたかった。被害者の日常が。何を思って生活していたのかを知りたかった。

     個人経営のカフェは珈琲の香りが漂っている。クラシックが流れる空間は大人のお店といった雰囲気がある。若い店主が朗らかに笑って小五郎たちを迎え入れた。

    「ああ、彼女か。よく知ってるよ。常連だからね。ほら、あそこ」
    「……?」
    「窓際のね、花瓶があるだろう?彼女がくれたんだ。どうか飾ってくれないかってね」
    「彼女はこの店を気に入ってらしたんですね」
    「そりゃあもう!うちの一番最初のお客様だよ」
    「そんなに前から?」
    「そうさ。よく、あそこの席に座ってたんだ。彼女の特等席なんだろうね」
    「特等席……」

     二人掛けの席から見る窓の外はどんな景色なのだろうか。彼女はいつも何を見ていたのだろうか。

    「……彼女はいつも何を?」
    「いつもかい?あの席で珈琲を飲みながら本を読んでたよ。時々、本から顔を上げて窓の外を見てたかなぁ」
    「珈琲は、これですか?」
    「いや?これだね。ウチで頼むのは彼女くらいだから」
    「へぇ……」

     浅煎りオリジナルブレンド、と書かれたメニュー表の文字を暫し眺める。深煎りブランドの方が人気らしく、頼むのは彼女くらいだと笑うマスターに一つ頷いた。

    「これ、一つ」

     彼女が座る席に座り、古書店の老婦人から購入した小説を開く。星に関する本だが、御伽噺のような童話のような優しいイラストが散りばめられている。正直なところ星に興味はない。特段気を惹かれる内容でもない。だけど小五郎は運ばれてきた珈琲を飲みながら頁を捲る。
     時折窓の外を眺めてみる。疎に人が通り過ぎる。お年寄りが散歩をしていたり、若い二人組が通りがかったり。外回りだろうか。営業らしきサラリーマンが袖を捲り上げている。クラシックが流れる店内とは異なり、騒々しくも穏やかに感じた。
     一口飲んだ酸味が強く感じる浅煎りの珈琲はここが現実だと教えてくれるようだった。

    「休憩かよ。何しに来たんだか」
    「陣平ちゃん!……ところでこれ、経費で落ちるの?」
    「落ちてたまるか」
    「やっぱり?自腹かぁ……」

     あ、いたんだ。後ろの席に座っていた二人の存在をスッカリ忘れていた小五郎である。
     ぶつくさ言いながらも目暮警部に言われているからか、離れる気はないらしい。小五郎の好きなようにさせてくれている。
     なんとなく、懐かしい感覚だ。思えばバディを組んだ先輩も最初、こんな感じだった。

    『お前それよぉ、事件と関係あんのかよ』
    『……さあ。でも、気になるので』
    『これだから新人は……』
    『先輩の捜査のついでで構いませんから。勝手にやりますので』
    『止める気はねぇんだな?』
    『はい』
    『クソ扱い辛い奴が来たもんだ』

     嫌味っぽく言うが、面と向かって言う先輩は渋々であれど小五郎から目を離すことはなかった。松田刑事と萩原刑事。二人を見ていると、何故か懐かしさが込み上げる。先輩の姿と重なった気がして目を擦るが、気がしただけだった。

     半分ほど読み進めた小説を閉じる。なんとなく星座の知識が増えたような増えてないような。カフェを出てから公園へと向かう。二人は勝手についてきているらしいので、そのままだ。声をかけるのも変な気がして、どういう対応をして良いのか悩む。

     おそらく、小五郎は混乱していた。混乱、というよりかは戸惑いと言い表す方が正確かもしれない。まだ未熟な道化の仮面は馴染みきっていない。聞き込みの際に戯けた言動をするが、剥き出しの青年、毛利小五郎が滲み出している。おそらく、先輩の前では取り繕うことが少なかったからだろうか。刑事として最初の事件を担当してから、小五郎は今まで被っていた道化の仮面を上手く付けられなくなっている。一度剥がれ、再構築している最中なのだ。
     中年であった毛利小五郎は再構築した仮面を馴染ませ、自分の一部とし、新たなアイデンティティを確立した自分自身であったのだろう。
     青年の毛利小五郎にとっては未来の毛利小五郎が得たものを眩しく思う。今の毛利小五郎には持ち得ない人間らしさ。それを素直に羨ましいと思う。過程は同じはずだ。いずれ辿り着けると分かっているから、その未来があると知ったから。ほんの少し喜ばしく思ってしまった。

     公園に向かう道中でキッチンカーを見つけた。おそらく、被害者の彼女がいつも立ち寄っていたサンドイッチの店だろう。具材を自分で選べるらしい。種類が豊富というわけではないが、自分で組み合わせられるのは楽しい。
     被害者の顔写真を見せながら形式的な質問を終える。キッチンカーの主人は年若い女性だった。分かりきっていたことだが、有力な証言は得られない。そもそも、ほぼ関係ないとされているのだから当然ではある。
     気落ちすることもなく、メニュー表を眺めていれば、ふと店に貼られてる限定の数々が目に付いた。

    「カップル限定子供限定シニア限定女子高生限定男子高生限定……あっ、親友限定ってあるよ陣平ちゃん!」
    「陣平ちゃん言うな。ホイップクリーム増量サービス、ねぇ……」
    「それ女子高生限定じゃね?」

     客層に合わせてサービスしているらしい。なるほど、と頷く。限定品に弱いのはどこの層でも一緒だ。お得感は大事なのだろう。多分。
     店主の女性は柔らかい笑顔を浮かべた。

    「これね、あの人の発案なんです。限定だとお得感があるし、なんか楽しいじゃない!って」
    「そうですか……。彼女はいつもこの店に?」
    「ええ。毎週決まった日に来てくださってたの」
    「彼女がいつも買うものはどれです?」
    「え?これ、ですけど……」
    「では、これを一つ」
    「え、ええ……?構いませんが、女性向けですし、かなり甘いですよ?」
    「はい。頑張ります」
    「えええ……?」

     甘党に大人気とポップがある生クリームカスタードサンドにちょっと怯んだのは内緒だ。ぼうっと店主の手付きを眺める。生クリームがとんでもない量だ。ちょっと自信がない。頑張るしかない。小五郎は別に甘党ではないので。
     
    「キッチンカーは私の夢だったんです」

     店主が懐かしむように言葉を紡いだ。

    「でも、駄目ですね。夢ばかりで現実は甘くなかった。お客さんもそんなに来ないし、これはもう無理かなって時に彼女が来たんです」
    「…………。」
    「限定品をやってみたらどうかって言われた時、どうせ変わらないって思ったんです。でもね、最後の機会にって思いきってやってみたの。どうせ同じならって。そうしたら、いつのまにか話題になって、口コミで広がって……」
    「………そう、でしたか」
    「恩人なんですよ。だから、そう、なんていうか。こんなに突然いなくなるなんて思ってなかった」

     俯いた店主の顔は見えない。小五郎には何をどうすれば良いのか分からない。沈黙が続く。届けるにしても、どうやって?何を言えば良いのだろうか。分からないのに。その悲しみを寂しさを小五郎は理解できない。だから、何も言えない。そんな自分が嫌で、分からないことが分からなくて、奥歯を噛み締める。

    「なんて、ちょっと湿っぽくなってしまいましたね!はい、甘党限定フルーツサンド!かなり甘いので……無理は禁物ですよ?」
    「残しません。頑張ります」

     パッと顔を上げた店主は泣いてなかった。ほんの少し震える声を気づかなかったことにして、手渡された紙袋を受け取った。しれっと購入していた松田刑事は生クリームをさらに増やし、カブトムシを捕まえた少年のように目を輝かせていたが些細なことだ。萩原刑事がドン引きしていたが些細なことだ。小五郎は何も気づかず店を後にした。

     公園は思っていたよりも広く長閑だ。並木道沿いにあるベンチに腰掛ける。一つ隣のベンチに腰掛けた松田刑事と萩原刑事は微妙な顔をしながらサンドイッチに齧り付いていた。小五郎もぼんやりしながら齧り付く。
     散歩をしている婦人にウォーキング中の若者。井戸端会議というより老人会のような有様のお年寄りたち。はしゃいで走る子供たち。その空間はのんびりとしていて、優しくて。殺伐とした世界から隔絶されたような穏やかさ。
     
    「散歩か?散歩をしに来たのか?犯人捕まえなきゃいけねぇのに、んでこんな……」
    「陣平ちゃんや」
    「陣平ちゃん言うなや研二ちゃん」
    「それ何個め?」
    「三つ目」
    「なんだかんだでエンジョイしてんじゃん」

     サンドイッチは甘ったるくて重たいが、頑張れば食べきれなくもない。めちゃくちゃ頑張れば。本当に、めちゃくちゃ頑張ったら。
     彼女はいつもこの景色を見ていたのか。何を思って、一人で見ていたのだろう。穏やかな空気に仕事の疲れを癒していたのだろうか。
     でも、なんとなく。それだけではないような気がしている。
     頑張って飲み込んで、自販機で購入したブラックコーヒーで流し込む。甘くて苦い。
     ふと空を見上げると、なんの変哲もない青空と浮雲が目に焼き付いた。







    「なんですか。こっちは疲れてるんですけど」
    「申し訳ありません。捜査にご協力をお願いしたく」
    「全てお話しましたよね?まだ何か?」
    「サンドイッチはお好きですか?」
    「は?サンドイッチ?」

     翌日、毛利小五郎は被害者の恋人の家を訪れていた。

    「お嫌いですか?」
    「いや、別に……。それが何か?」
    「フルーツサンドは好きですか?」
    「はあ?」
    「生クリームとカスタードクリームに挟まって申し訳程度にしかないフルーツのサンドイッチです。お好きですか?」
    「そ、れはフルーツサンドではないのでは?」
    「甘いものは好きですか?」
    「……なんなんですかさっきから。別に普通ですよ。人並みです」
    「そうですか。彼女は好きだったようですので」
    「…………は?」
    「知りませんか?ここから歩いて行ける距離にある公園近くのキッチンカー。地元人気が根強いらしいですよ」
    「……それ、事件に関係ありませんよね」
    「さあ?関係ないかもしれませんし、関係あるかもしれません」
    「刑事さん。僕はね、暇じゃないんだ。ふざけてるのなら帰ってくれ」
    「……私はふざけてなどいませんが」
    「────っ!」

     バタン、と大きな音を立ててドアが閉められた。パチリと瞬いて、小五郎は一つ頷く。

    「また来ます」

     静かに礼をして、一歩、踏み出す。ぼんやりしながら、今日もまた、彼女の足取りを辿る。昨日と同じ道筋を辿り、彼女と同じことを繰り返す。

     老婦人が経営する小さな古書店に立ち寄る。

    「あら?昨日の。またいらしたの?」
    「星に関する本に興味が湧きまして」
    「嬉しいわ。そうねぇ、これはどう?」
    「……童話、ですか」
    「子供の本だと思う?それは間違いよ。大人だからこそ、こういう本が必要なの」
    「はぁ……」

     本を一冊購入して、若い店主が経営するカフェへと向かう。

    「おや?昨日の刑事さんじゃないか。また来てくれたのかい?」
    「浅煎りのブレンドを一つ。席は、あそこで」
    「まさか、気に入ったのかい?」
    「まあ、そんなところです」

     童話を読みながら、珈琲を飲む。そうしたら次はサンドイッチを買いに。

    「あっ、昨日の!」
    「はい。昨日の、です。フルーツサンドを。甘党限定のもので」
    「……刑事さん、もしかして甘党なんですか?ちゃんと食べきれます?」
    「大丈夫です。食べきりました。また頑張ります」
    「それなら、良いですけど……」

     公園のベンチに座ってサンドイッチを食べ、やっぱり頑張らなくてはいけないような甘さだったのでブラックコーヒーに勇気をもらう。

     翌日、また被害者の恋人の家へと向かう。

    「……またですか。なんなんですか」
    「コーヒーは浅煎りと深煎り、どちらが好きですか?」
    「今度は何」
    「個人的な興味です。あぁ、失礼。中煎りが好きでしたか?」
    「どうでもいいだろ!なんでそんなこと聞くんだよ!」
    「彼女は浅煎りが好きだったようなので」
    「……っ、知らないよそんなこと!」

     バタンと大きな音を立ててドアが閉められる。

    「また来ます」

     小五郎は静かに礼をして、一歩踏み出す。
     そしてまた、繰り返す。同じことを何度でも繰り返していく。

     老婦人が経営する小さな古書店に立ち寄る。

    「まあ、まあまあまあ!またいらしたの?刑事さん、お仕事は?」
    「これも仕事の一環ですので」
    「あらあ?本当かしら?本当かしらあ?」
    「本当です。私は嘘は吐きませんので」
    「うふふ。嘘吐きの言いそうなことね」
    「これは手厳しい」
    「いいわ。いいわ。若い人が来てくれるのは嬉しいもの。それで?今日は何をお探しに?」
    「……星の本を」
    「あら。あらあらあら。本当に興味があるのかしら?どうなのかしら?」
    「興味があるのは本当ですよ」
    「そういうことにしておきましょうかね。そうだ。なら、これなんて如何?」
    「……写真集?」
    「小説を読むのが苦手な人も楽しめるのよ?」
    「そうですか」

     写真集を購入して、若い店主が経営するカフェへと向かう。

    「あれ。また来たのかい?」
    「はい。浅煎りを一つ。席はあそこで」
    「良いけど……。本当に気に入ってくれたのかい?そりゃあ自信を持って出してるが……。言っちゃあなんだけど、ウチは深煎りの方が美味しいよ?」
    「いえ。これが良いんです」
    「そうかい?なら、良いけどねぇ」

     写真集を捲り、珈琲を飲んだらサンドイッチを買いに。

    「えっ、えっ?また来てくださったんですか?」
    「はい。甘党限定フルーツサンドを一つ」
    「刑事さん。実は隠れ甘党ですか?」
    「いえ。そういうわけでは……」
    「今ならサービスでチョコレートソース付きにしますよ!」
    「はぁ……。頑張ります」

     公園のベンチに座ってサンドイッチを食べる。甘さが増してとても頑張らなくてはいけなくなった。ブラックコーヒーがなければ心が折れてたかもしれない。

     翌日もまた、被害者の恋人の家へと向かう。

    「……なんですか。なにがしたいんですか!」
    「本はお好きですか?童話も写真集も悪くないですよ」
    「何の話をしてるんだよ!」
    「星座の本です。星はお好きですか?」
    「はあ?星?」
    「彼女が気に入っていたようなので」
    「だからなんだって言うんだよ!」
    「星にも逸話や言葉があるそうです。中々に興味深い内容でした」
    「……んっとに、なにがしたいんだよ」

     バタンとドアが閉められる。

    「また来ます。また、来ますから。何度でも」

     小五郎は一礼して、また一歩踏み出す。


     何回も何回も何度も何度も繰り返す。


     気が付けば一週間、通い詰めていた。


    「ほんっとに、何がしたいんだよ」
    「何、ですか」
    「事件を追うのが仕事だろ?犯人逮捕するのがアンタの、アンタらの仕事だろ!?」
    「はい」
    「話すことは話した!これ以上知っていることなんてないんだよ!僕には!ないんだ……」
    「…………本当に?」
    「は………?」
    「本当に、ありませんか。何も言うことはありませんか。恋人である東野美保さんが殺されて。貴方と当たり前に過ごす日々が奪われて。本当に何も言うことはありませんか。話すことはありませんか」
    「なに、言って……」
    「……貴方は、怒って良いんですよ。泣いて良いんですよ。ふざけるなって。なんで殺されたんだって。返してくれって。そう、叫んで良いんです」
    「…………んだよ、それ」
    「いつから、寝てないんですか?顔色が悪い。私は良く鈍感と言われます。その私ですら分かるほどに、今の貴方は追い詰められている。どうしてですか。なぜですか」
    「………帰ってくれ。もう、良いだろ。アイツが殺された日、僕は出張だった。何も知らなかったんだ。何も……」
    「嫌です」
    「………っ」

     ゆっくりとドアが閉められる。小五郎は黙って閉められるドアを見つめ、一礼した。

    「また来ます。また、明日も来ます」

     一歩、踏み出す。同じ道筋を辿って、繰り返す。
     古書店に寄り、老婦人のおすすめの本を教えてもらう。

    「今日はね、これ。どうかしら?どうかしら?」
    「短編集、ですか」
    「短いお話だけどね。心が温かくなるのよ?」
    「そうですか。では、これを」
    「うふふ。貴方、不思議な人ねぇ」
    「はい?」
    「普段はね、こんな風にお客様とお喋りすることなんてないもの。だけど貴方は……なんでかしら。話したくなっちゃう」
    「はぁ……」
    「なんだか安心するのよ。不思議ねぇ」

     クスクス笑う老婦人はチャリ、と眼鏡のチェーンを揺らしている。
     パチパチと瞬いて、小五郎はゆっくりとポケットに手を入れ、ハンカチに包まれた遺留品を取り出した。

    「あの、このキーホルダーに見覚えはありませんか?」
    「あらぁ?お仕事のお話?」
    「ええ。職務ですので」

     大袈裟な仕草で自分の胸を叩けば、老婦人は可笑しそうに笑った。

    「そうねぇ。そういえば、あの子が本と照らし合わせているのを何度か見たことがあるわ」
    「どの本ですか?」
    「それは、もう分かっているのではなくて?」
    「…………年の功は侮れませんね」
    「そりゃあそうよ。経験値が違うもの」

     茶目っ気にウインクした老婦人に苦笑して、本を一冊購入する。

    「おや、刑事さん。毎日来てるけど、仕事は大丈夫かい?」
    「はい。浅煎りブレンドを一つ。それと」
    「席はあそこだろ?」
    「…………はい」
    「アンタも物好きだなぁ。深煎りは飲まないのかい?」
    「はい。浅煎りで」
    「そうかい」

     薄らと口角を上げた店主は淀みない手つきで珈琲の準備をしている。

    「このキーホルダーに見覚えはありませんか」
    「キーホルダー?いやぁ、さっぱり」
    「そうですか」
    「ん?んん?あ、そういえば」
    「はい?」
    「彼女が時折眺めてたのと似てるよ。いつもは本を読んでるのに、珍しいなぁってね。遠目だから、それかは分からないけど」
    「そうですか……」

     珈琲を飲んで、窓の外を眺める。つい先日、一人の人間がいなくなったとは思えないほどに平和な世界だ。

    「あっ、刑事さん!」
    「フルーツサンドを一つ。甘党限定の」
    「また頑張るんですか?」
    「はい。頑張ります」
    「血糖値上がっちゃいますよ?」
    「運動します」

     弾けるような笑顔で笑う店主はオマケですとフルーツを追加してくれた。生クリームに埋もれて見えなくなったが。

    「このキーホルダーに見覚えはありませんか」
    「キーホルダー?わあ、可愛い!」
    「ペアになっているようでして……」
    「女の子が好きそうなキーホルダーですね!でも、ううん、ごめんなさい。分からないわ」
    「そうですか……」
    「あ、でも。似たようなものなら見たことがあるような?」
    「それは、どこで?」
    「うーん……確か……。あっ、露店!」
    「露店?」
    「公園で決まった曜日に出ている露店なんです!帰りに見かけるんですけど、星のモチーフの小物を販売しているみたいで。そう、そうそう!こんな感じのデザイン!」
    「……その露店はいつ来るのか分かりますか?」
    「え?えーっと……。今日、と明日ですかね?」

     いつも繰り返しの日に、繰り返しでないことが加わった。
     
     




    「あんな捜査があってたまるか!勘弁してくれよ!目暮警部!俺と萩原を外してください!」
    「松田、大声出すなって」
    「お前だって思ってんだろ!」
    「……まあ、否定はしないけど」

     案外長く持ったな、というのが目暮の率直な心であった。目の前で不満をぶちまける二人を眺め、まあそうなるだろうなと想定内のことにいっそ心は穏やかだ。
     席を外して、丁度今し方戻ってきた毛利小五郎は自分のことだと分かっているだろうにぼんやりとデスクに座っている。
     懐かしいな、と思う。この頃の毛利小五郎は人間らしさというものが希薄だった。
     中年の毛利小五郎が得た感情表現という能力が欠けていた。それを支えていたのは、刑事部に配属されてからずっとバディを組んでいた今は亡き自分の部下だ。
     毛利小五郎は何一つ変わっていない。言動は変化したが、その心は、思いは、行動は何一つとして変わっていないのだ。
     目暮から見た毛利小五郎は感情表現が下手くそで、人の心を受け取るのが下手くそな不器用な男である。
     もっと楽に生きられるだろうに、それを良しとしない。真正面から分からないことを分かるまでぶつかろうとする。心が傷だらけになっても、どれほどしんどいやり方だとしても改めようとはしない。そして、彼はそれを成し遂げてしまうからこそ、放ってはおけないのだ。

    「まあまあ、君たち。落ち着きたまえよ」
    「これが落ち着いていられるかってんだ!こうしている間にも犯人がのさばっているかもしれねぇってのに!」
    「犯人に関わりがなさそうな捜査しかしてない気がします。毛利刑事の捜査に意味はあるんでしょうか?」

     思えば自分もこうやって反発していた。今は亡き部下が必死に説得するのを首を傾げるしかなかった。既視感に懐かしい思い出が浮かび上がる。

    『アイツはちゃんと刑事ですよ』
    『確かに有益な情報は得ているがね、犯人確保のためにしては無駄なことが多すぎる』
    『違います。それは、違いますよ』
    『なに?』
    『捜査すれば分かります。被害者にはアイツのような人間が必要なんです。馬鹿で不器用で真っ直ぐで……優しい、アイツのような人間が』
    『くだらんな。犯人確保が被害者のためになる。それが、刑事というものだろう』
    『確かにその通りです。でも、それだけじゃあない。それだけじゃ、いけないんですよ』
    『何が言いたいのかね?』
    『いつのまにか、大事なことを見落としてたんです。分かってたのに、知っていたのに、見ないふりをしていた。それをアイツは真正面から向き合っている。目暮警部補、毛利のような人間は、被害者の救いになる。俺はそれを確信してる』
    『どういうことかね』
    『アイツと一度でも一緒に捜査すれば分かります。組織としては異端かもしれません。でもね、俺は毛利みたいな刑事が一人くらいはいても良いと思うんですよ』
    『随分買っているようだが。君がそこまで言うほどかね』
    『言いますよ。何度だって言ってやります。アイツは、毛利小五郎は、刑事であるべきだ』
    『……君がそこまで言うのなら、様子を見よう。だが、認めたわけではない。それを忘れないように』
    『………っ!警部補!』
    『君は少し、毛利君に入れ込み過ぎている。冷静な判断が出来てないのではないかね?』
    『一度で良い!捜査すれば分かるんだ。小五郎は被害者にとって救いになるんだよ!アイツは、刑事として大事なモンをちゃんと持ってんだよ!』
    『……口の聞き方には気をつけたまえ。上に行きたいのなら』

     バディを組んでいるからか、毛利小五郎を庇い立てる男に、冷たく突き放した自分。なのに、一度毛利小五郎と捜査を行なって仕舞えば、目暮の評価は全く変わっていた。それどころか、いつのまにか犯人確保のみに固執していた自身を恥じることになった。奇妙な偶然の結果だが、その偶然を目暮は心底感謝している。あれがなければ、誤解したままだった。そして、大切なことを見落としていたままだった。

    『どうでした?毛利は。なんて、言うまでもないって感じですね。アイツ、凄いでしょ』
    『………否定はせんよ』
    『またまた〜、気に入ったんでしょ。そりゃあ気に入りますよ。俺が気に入ってんだから』
    『言い方に気をつけたまえ。……前に言ったことに関しては謝罪しよう。すまなかった』
    『……まあ、捜査しなきゃ、あれを見てなきゃ警部補が思うのも無理はないです。分かってんですよ。でも、なんか、悔しくて』
    『気持ちは分かるが……あれでは仕方がないだろう。現状、誰も毛利君と組みたがらない。私もこうした偶然がなければ、遠慮していただろうからね』
    『そうなんですけど。そうなんですけどね?分かっちゃあいるんですけどね?ま、その代わり俺が同行するんで良いんですけど。でもやっぱ、悔しいんですよね。アイツのしていることは真っ当で、刑事として無関係じゃない。きっと、本当は、やらなきゃいけなかったことなんですよ』
    『そう、だな。恥ずかしながら私もいつのまにか忘れていた。それを痛感したよ。君の言う通り、毛利君のような刑事が一人くらいいても良いだろうな』
    『……言っておきますけど、アイツのバディは俺ですからね?』
    『分かっておるわ!上司を威圧するんじゃない!全く……』
    『へへっ、すんません』
    『反省しとらんだろう』
    『バレました?』
    『全く、君は……』

     不満を溢し訴えかける二人を見る。まだ若い二人だ。頭の回転が良く、勘も良い。なにより真っ直ぐな心根と素直さ、柔軟性がある。
     固定概念に囚われがちな人間は論外だが、ある程度の規則を守る姿勢は必要だ。目暮班には柔軟性に溢れた人間が揃っている。だから、正直なところ毛利と組ませるのはこの二人でなくても良かった。この二人でなくとも毛利とやっていけるだろう。一度捜査して仕舞えば、彼の異質さに気づくだろうから。しかし、それだけではいけない。毛利には、真正面からぶつけられる気の強く反骨精神が旺盛な人間が必要だ。

     かつての部下とはタイプが違うようで似ている二人。

     松田刑事は情に厚く硬派だが一匹狼のきらいがある。そこを萩原刑事が緩急剤のように和らげて上手く立ち回っている。また、二人とも負けず嫌いで物怖じしない。そしてなにより、我は強いが柔軟性があり、周りをよく見ている。
     伊達刑事でも良いのだが、彼は見守る姿勢が板についている。毛利小五郎の人間らしさを引き摺り出すには、少々物足りない。跳ねっ返りが強いの方が双方の刺激になる。
     この頃の毛利小五郎であれば尚更に。
     そこまで考えて、目暮は苦笑し、未だぼんやりと遺留品を見つめる毛利刑事に目を向けた。

    「毛利君。進展はあったのかね?」
    「はい。目暮警部補殿」

     聞いていたのだろう。仮にも自分のことで不満をぶちまけられたというのに、彼は感情の揺れ動きが少なく、希薄だ。おそらく、意識の外側に置いているのだろう。彼の頭は今、被害者のことしかないのだろうから。

    「あと、どれくらいかかりそうかね?」
    「早くて明日かと」
    「よろしい。報告はするように」
    「はい」

     こくりと頷いた毛利はやはり何も変わってはいなかった。

    「それと、今の私は警部だ。間違えないように」
    「……はい。警部殿」

     所々抜けているのも変わってはいなかった。





     何故こんなことを?とは何回も言われてきた。意味のないことだと顔を顰める人間の方が多かった。それでもやめなかったのは何故だろう。

    『お前、しんどくねぇのか。こんなやり方、持たないだろ』
    『身体は丈夫な方と自負してますが』
    『ちげぇよ。心の話だ。お前のやり方は、いつかお前自身が飲み込まれる。悪いとは言わねぇけどよ』
    『はぁ……』
    『自覚なしかよ』
    『そう言われても……自分はこれしかできませんから』
    『……しゃあねぇなぁ』

     かつて、先輩と交わした会話が呼び起こされる。ふとした瞬間に思い出すのは面影を探しているからか。
     隣を見ても誰もいない。その事実を振り払うように、小五郎は目を閉じた。


     翌日、被害者の恋人の家へと向かう。

    「何回やっても同じだろ。何の証拠にもならないキーホルダーに拘ったところで……」
    「まあ、確かに。犯人に繋がる証拠ではないよね」

     刑事は単独行動厳禁。だから、松田刑事と萩原刑事は毎日同じような行動をする小五郎の後を追いかける。辟易としながらも、不満を溢しながらも、同行していた。
     小五郎のやり方は万人受けするものではない。刑事らしくないと思うし、似たようなことなんて幾らでも言われてきた。それでも、変える気はない。変えられない。
     ポケットに入れている遺留品が熱を持つ。軽いはずのキーホルダーは重たい。それでも、伝えるべきなのではないかと思ったから。そしてなにより、知りたかったから。理解できるかは分からないけれど、知ることはできるはずだから。
     
    「……またアンタかよ」
    「はい。また、です」

     インターホンを鳴らせば、心なしか草臥れた顔の恋人の男が顔を出した。

    「…………今日は何。また泣いて良いとか言い出すのかよ」
    「いいえ。今日は、キーホルダーについて」
    「……キーホルダー?」

     ポケットから、遺留品を丁寧に取り出す。初めて、男が目を見開いた。

    「……見覚え、ありますか」
    「…………アンタ、しつこいんだよ」
    「すみません」
    「事件と関係あんのかよ。ないだろ。アイツが殺されたことに関係ないだろ」
    「はい。ありません」
    「だったらっ!」
    「でも、貴方には関係があります」

     ひゅっと息を呑む音が聞こえた。小五郎は真っ直ぐな目で男を見ていた。それは透明で優しい瞳だった。

    「関係あるんです。貴方は、貴方も、被害者なので」
    「僕が、被害者?」

     呆然とする男へ小五郎は暫し逡巡する。どう言葉にすれば良いのかと、どうまとめれば良いのかと、考える。

    「一週間」

     ポツリと言の葉が溢れた。一つ溢れると後から後から、洪水のように言の葉が溢れだす。

    「一週間、私は『被害者』の元へ通いました。貴方の恋人が過ごした休日を辿りました。彼女は一人でした。一人で古書店で本を購入し、カフェで珈琲を飲んで、サンドイッチ屋に寄り、公園でランチをして帰る。ずっとそうしていました」
    「それが、彼女に会ったことだとでも言うんですか」
    「いいえ。東野美保さんは亡くなっています。亡くなった方に会うことはできません」
    「なに、を」

     奇妙な顔をする男に、小五郎は一度目を伏せ、再度真っ向から相対する。

    「彼女。東野美保さんに関わった方々に会っていました。古書店の老婦人、カフェのマスターである男性、キッチンカーの店主である女性。客と店主という立場ですが、それでも、東野美保さんと関わり、東野美保さんが亡くなったことで何かしらの影響を受けた。悲しいと、寂しいと。心に傷を負った。それは貴方もそうでしょう?」

     まとまらない言の葉を紡ぐ。小五郎は理解できない。何度だって理解できない。

     なぜ、どうして。

    「どうして殺されなくてはならなかったのか。なぜ、彼女は殺されたのか。そして何より、彼女は何を思っていたのか。何を伝えたかったのか。私はそれが知りたい。ごく普通に生きていた彼女が、何を思っていたのかを知りたい」

     真っ当に明日が訪れると思っていた東野美保は、呆気なく亡くなった。来るはずの未来を奪われた。納得できる理由なんて存在しない。ならばせめて、彼女の想いだけは取り零したくない。

    「殺された人間だけが被害者じゃない。殺された人間に関わる人の中に、殺されたことによって何かが変わったなら、その人だって被害者です」

     亡くなったことによって変わった未来。失われた未来。それがあるのであれば、見過ごすことはできない。
     彼ら彼女らは笑っていた。悲しんでいた。
     なぜ。どうして。言いたくとも言えない現実を受け入れて、寂しさを感じながらも明日を待っている。
     
    「ちょっとだけ、私に時間をください」

     お願いしますと頭を下げる。動揺する男の気配がするが、小五郎は頭を上げない。どうしても伝えるべきだと思った。単なる推測だ。事実とは異なるかもしれない。それを事実だと言える人はもうこの世にいない。答え合わせなんてできない。それでも。彼女の想いが遺されたのであれば。伝えるべきだと思う。

    「……頭、上げてください」
    「…………嫌です」
    「アンタ、頑固だなぁ」
    「よく言われます」
    「周りの人は大変そうだ」
    「でしょうね」
    「………少しだけなら」

     頼りない声が上から降り注ぐ。震えていて、掠れて、今にも泣きそうな声だった。

    「少しだけなら、アンタの話、聞いても良い」

     ぎゅっと握られた手。力を込め過ぎて白くなった手が痛々しい。
     ようやく、小五郎は近づけた気がした。東野美保の恋人の男が抱える心に、近づけたような気がしたのだ。
     もっとも、近づけたとして、分からないことに変わりはないのだけれど。






     ふらりふらりと歩いて行く。いつもと違うのは被害者の恋人である男性が同じ道順を辿っていること。

    「刑事さん、話は?」
    「……とりあえず、来てください。それから、話をしましょう」

     淡々と足を進めると、通い慣れてしまった古書店が見える。アンティーク調のベルが鳴る。上品な老婦人が笑顔で出迎えてくれた。

    「あら。またいらしたの?今日は別の方もいらっしゃるのねぇ」
    「あの、星座の本はありますか」
    「ええ、ええ!ありますよ。今度は……」
    「いえ。それではなく」
    「あらあ?」
    「……彼に、彼が、読むはずだったものです。いつか、を叶える為に待っていた本です。ありますか」
    「………!ええ、ええ……!ありますよ!そう、そうなのね。此方の方が……」
    「はい」
    「うふふ、嬉しいわ。悲しいわ。でも、そう。やっとね。やっとなのねぇ」

     じわり。柔らかい光を帯びた瞳が優しく細められる。皺だらけの顔を泣きそうに歪めて、それでも嬉しそうに笑う老婦人。ついていけない恋人の男は所在無く立ち竦んでいる。老婦人は構うことなく彼に本を差し出した。
     
    「お代は要らないわ。実はね、あの子から貰ってるの」
    「そうだったのですか?」
    「ええ。こんなおばあちゃんの昔話に付き合ってくれたのだもの」
    「……そう、ですか」

     小五郎は何を言うべきかと悩み、結局何も言わなかった。彼は差し出された本を怪訝な表情で見つめている。

    「ねえ、貴方」
    「え?はい」
    「一度で良いの。読んであげてね。捨てても良いわ。悲しいけれど、それは構わないわ。でもね、この本は『彼女』が貴方に読ませたかったのだと思うの。ううん、違うわ。貴方と読みたかったの。きっと、そう」
    「は………」
    「やっと、読んでもらえるのねぇ。良かったわねぇ」

     老婦人が優しく本を撫でた。小五郎が購入した時、この本と同じ本を店の奥から持ってきていた。おそらく、ずっと待っていた本とは別のものなのだろう。やっと今、この本は望まれた人に渡ったのだ。

    「ありがとうございます」

     そう、小五郎は声をかける。老婦人は楽しそうに笑っていた。呆然とする彼を連れ出し、店を出る間際まで、老婦人は嬉しそうに笑っていたのだ。



    「おや、また来たのかい」
    「はい。浅煎りを。……持ち帰りで二つ」
    「こりゃあ、珍しい。飲んでいかないのかい?」
    「はい。……今度からは、別の方があの席を特等席にするでしょうから」
    「別の?」

     カフェに立ち寄り、テイクアウトを頼む。若い男の店主は驚いたようだったが、小五郎の隣に立つ男を見ると何かを感じたようだった。

    「こりゃあ、とびっきりのを淹れないとなぁ。初めましてとさよなら、なんだろう?」
    「……気づかれていましたか」
    「刑事さん、隠すのが下手だなぁ」
    「顔に出てましたか?」
    「接客業を舐めてはいけないよ。客の顔を見れば、分かるようになるもんさ。ま、俺はまだまだなんだけどなぁ」
    「そうですか」

     キョロキョロと店内を見渡している彼は、やはり居心地が悪そうだった。
     コポコポとサイフォンの音が響く。店主が淀みない手つきで珈琲を淹れ、独り言のように語り出した。

    「右から三番目。窓側。外が良く見える二人席。彼女の特等席だった。あの席は対面じゃなく、隣同士で座るようになっている。多分、誰かと一緒に来たかったんじゃあないかなぁ。来たかったんだろうなぁ」

     ふわり。珈琲の独特の香りが店内に広がっていく。

    「たまにね。溢していたよ。深煎りは彼のために取っておくんだって。『ここの珈琲は浅煎りも美味しいのよ』って、そう得意気に言ってやるんだってね。俺はね、こっそり思ってたよ。その日が来たら、とびっきりのを淹れてやろうってね。ずっと、思ってたんだけどなぁ」

     店主と彼の目が合う。店主は柔らかく笑っていた。悲しそうに、嬉しそうに、笑っていた。

    「だからさ。気に入ったならまた来てくれよ。とびっきり、淹れるからさ。勿論、刑事さんも。たまには顔を出してくれよ?」
    「はい。また来ます」
    「そん時は深煎り、飲むかい?」
    「いえ。中煎りで」
    「刑事さん、素直だねぇ……」
    「数少ない長所です」
    「自分で言っちゃうんだ」

     素直な好みを白状すれば、店主は可笑しそうに笑って、俯いて笑って、肩を震わせて、笑い過ぎて涙目になっていた。
     彼は窓側の席を穴が空くほど凝視していたので、見ることはなかったと思うが。どうだろうか。




    「あっ、刑事さん。また頑張るんですか?」
    「これがおそらく最後ですので」
    「!……そっかぁ。なら、たくさんサービスしますね!」
    「ほどほどでお願いします」
    「はい!いっぱいですね!」
    「ほどほどで………」
    「分かってますよぉ、冗談です」

     キッチンカーのお店は今日も可愛らしい笑顔の店主が迎えてくれる。彼はメニュー表を眺め、甘党限定サンドイッチに目が釘付けになっていた。

    「頼まれますか?」
    「いや、僕は……」
    「彼女、ここの常連でした。この限定品のアイデアは彼女の考案だそうです」
    「…………」
    「すみません、甘党限定サンドイッチをもう一つ。クリーム、増してください」
    「なっ、勝手に……!」
    「珈琲もあります。頑張れます。多分」
    「調子狂うな……」

     店主が器用な手つきでクリームをパンに乗せている。小五郎はぼんやりとそれを眺めていた。

    「この刑事さん、変な人ですよね」

     唐突に、店主が言い出す。向けられた言葉は彼にだろう。小五郎は無言で待っていた。

    「甘党でもないのに、頑張りますって。他にも男性向けのサンドイッチがあるのに、頑固なんです。まるで、あの人みたい」
    「………あの人?」

     聞き返す彼の言葉を返すことなく、店主はぽつりぽつりと溢し出す。

    「あの人ね、本当は辛いものの方が好きなんですって。なのに毎回甘いサンドイッチを頼むんです。いつか、分け合うからって。私ね、お客様の苦手なものを勧めるのは得意じゃないんです。だって、美味しく食べてほしいじゃないですか。でもね、なんだろう。あの人にとって、このサンドイッチは特別なんだなぁって思ったら、その『いつか』が来るまで絶対妥協してあげない!って思ったんです」

     店主は注文にはなかった三つ目のパンを取り出した。

    「本当はね、甘さ控えめにもできるんですよ?でも、それをしたらあの人の頑張りがなくなっちゃう気がして。刑事さんが同じように頼むから、なんだか悔しくなっちゃって。あの人が亡くなったって聞かされて、悔しくなっちゃったんですよ。『いつか』を私も待ってたのにって。変ですよねぇ。ただのお客様と店員。それだけなのに。それだけ、だったのに……」

     パッと顔を上げた店主は泣いてはいなかった。にっこりと可憐に笑って紙袋を差し出す。

    「甘党限定サンドイッチ二つ!それと、辛党限定サンドイッチ一つ。此方はサービスですよ!」
    「……ありがとうございます」
    「頑張ってくださいね!」
    「はい。頑張ります」

     震える手で受け取った彼を促し、小五郎は公園へと向かう。
     いつもなら不満を溢す萩原刑事と松田刑事は彼の肩を叩き、前へと進むように促した。
     彼らは今日、ずっと見守っていた。何も言わずに、ずっと。小五郎が何を話すのか、それをただ待っているように思えた。
     ベンチに座って、サンドイッチに齧り付く。隣に腰掛けた彼も同様に、無言でサンドイッチを噛み締めていた。

     何を言うべきか。話すべきか。お説教なんて真似をする気はない。そうするだけのモノを小五郎は持っていない。人様に言えるような崇高な考えなどないし、その立場にも立っていない。何を言えというのだ。否定する気も肯定する気もない。ただ、知るべきだと思った。伝えるべきだと思った。それだけのこと。

    「僕は、何も知らない。知らなかったんですよ」
    「…………」
    「事件のことだけじゃない。本当に彼女のことを、美保のことを知らなかった」

     被害者の恋人である彼は、東條英樹は静かに呟いた。

    「彼女は何が好きで、何を思っていたのか。僕は知ろうとしなかった。彼女が殺されて、それを知って、僕はね、刑事さん。ゾッとしたんです」

     珈琲を飲んでも流し込むことができなかった心が、一つずつ零れ落ちていく。

    「家に帰るとまだいるんじゃないかって。ずっと家に居たら、いつか帰ってくるんじゃないかなって。そんなことを思ったんです。でも、帰ってこないんですよ。美保の好きなものでも作ろうかなんて思っても、何も分からなくて。いつからだろう。いつから、僕は彼女のことが分からなくなったんだろう」

     東條英樹はあれから毎日家に居た。小五郎が訪ねて留守にする日はなく、毎日、必ず出てきた。

    「彼女の好きな花を買いに行こうとして、好きな花が分からないんです。彼女の部屋を見ても、僕の知らないことばかりで。最近の会話なんて思い出せなくて。僕は、僕はね。刑事さん。逃げたんですよ」
    「逃げた?」
    「ええ。逃げたんです。知らないことを思い知らされるのが嫌で、何も聞きたくなかった。アンタが訪ねてきて、彼女のことを話すのが怖かった。そんなことも知らない自分が嫌でたまらなくて、思い知らされるのが怖くてたまらなかった」
    「…………」
    「アンタを追い返して、ちょっとだけ安心して、それでもね、寂しいんですよ。悲しいんですよ。そんな資格がないって、僕はそうできるほど美保のことを知らないのに、泣くほどのものを美保にしてないのに、思っちまったんですよ」

     自嘲するように、東條英樹が笑う。

    「でもね、少しだけアンタが来るのを待ち望んでいる僕がいた。僕が知り得なかった美保のことを知りたがる僕がいた。今更ですよ。本当、今更です。でも、恋人なんですよ。結婚の約束だってしてた。僕ね、今大きなプロジェクトを任されていて。これが終わったらやっと時間が取れるから。出張だってそのためで。帰ってきたら美保と何処かに出掛けようかなんて思ってたんです。ずっと寂しい思いをさせてきたから。やっと、伝えられるって、そう、思って。なのに、さあ。死んだって。殺されたって。なんでだよって」
    「はい」
    「やっと、これからだったんだ。これから、これからアイツにっ……アイツとっ……幸せに、なりたかったんだ……」
    「はい」

     ポツリと地面に雫が零れ落ちた。小五郎はそれをジッと見ていた。

    「不甲斐ない男でしょう。ふざけんなって言いたかったのに言えやしなかったんですよ。いなくなってから、ようやく気づいたんです。僕の独り善がりだって。笑っちまいますよね。美保の笑顔を最後に見たのがいつなのか思い出せないんですよ。声を聞いたのは?食事をしたのは?些細な会話ですら思い出せないんです。何もね、何も思い出せないんです。そんな男が、今更、幸せにって。どの口が言ってんだよって話じゃないですか。何も知ろうとしなかった男が、今更、ねえ?」
    「知ろうとしなかった、ですか」
    「電話がね、あったんです」
    「電話?」
    「はい。アイツから。出張の前でした。僕は忙しいから後にしてくれって言ったんです。アイツは、分かった。仕事頑張ってって。それが最後なんです。聞いておけば良かった。五分でも十分でも、聞いておけば良かった。忙しいなんて、アイツが死んでからじゃ、意味なんてないのに」

     嗚咽を溢す男を小五郎は見つめていた。悲しいと泣く資格がないだなんて言いながら泣く男を黙って見つめていた。
     ややあって、ゆったりと口を開く。

    「人のために泣くことに、資格なんてないですよ」
    「…………っ!」
    「自分のために、人のために、笑ったり泣いたりすることに資格なんてありません。泣きたいときは泣いて良いんです。笑いたいときに笑って良いんです。なんで、どうしてって怒って良いんです」
    「だけど、僕はっ」
    「今日、立ち寄ったお店の人たちもそうでした」
    「はっ……?」
    「古書店の老婦人も、カフェの店主も、キッチンカーの店主も。言ってしまえば他人なんです。きっと東條さんよりも彼女のことを知らない。東野美保さんの人生において、ほんの少しだけ関わったことのある人たちです。それだけしかないんです。でも、彼らは悲しんでいる。寂しいと自覚している」
    「それ、は……」
    「関係ないと切り捨てることを否定するわけではありません。週に一度。東野美保さんの休日にほんの僅かな時間関わったことがあるというだけです。それでも、彼らにとっては日常の変化なのです。些細な、ともすれば忘れてしまうような微かな繋がりでも、変化なんです。貴方は自身が思うよりもずっと深く東野美保さんと関わってきました。繋がってきました。資格がない、なんて誰が決めたのですか」

     珈琲を飲み干し、流し込む。

     かつて、笑って良いのか分からず戸惑う小五郎に英理は言った。

    『馬鹿ね。感情を出すことに何の理由がいるのよ。あるはずがないでしょう。私たちはコンピューターではないの。人なの。心があるの。人の心に法律はないの。あるのは行動だけよ。笑いたいときに笑えば良いじゃない。理解できないから何?そんなもの、言わせとけば良いのよ。貴方は泣きたいから泣いた。笑いたいから笑った。それだけのことでしょう?』

     それを聞いた小五郎が不器用に笑うと『下手くそに笑うのね。でも、貴方らしいわ』と英理は優しく微笑んだ。

     何かを思うことに資格なんてない。だから。

    「貴方は怒って良いし泣いて良いんです。失われて気づくことができた。上出来じゃないですか。気づくことができない人だっているんです。でも、貴方は気づいた。そして、今、知ろうとしている。確かに、遅すぎるかもしれません。今更かもしれません。東野美保さんはもういません。それでも、貴方は彼女を想っているのでしょう?今もまだ、愛しているのでしょう?今更と分かっていても、それでも、こうして可笑しな刑事についてくるくらいには」

     瞬きすらせず、東條は小五郎を凝視している。涙が伝う頬を隠しもせず、ただ。

    「東野美保さんの日常には、貴方がいました。彼女の休日は、貴方の面影があった」
    「僕、の……?」
    「古書店の星座の本は貴方と読むためのものです。二人で読みたかったのでしょう。カフェの珈琲はいつか二人で行くために。二人掛けの席は貴方と隣り合って座りたかったから。サンドイッチは貴方と二人で分け合って、この公園で食べたかったから。彼女は貴方をちゃんと待っていました。忙しい貴方がいつか時間を取ってくれることを信じてました。だから、その時が来るのを楽しみにして、ずっと待っていたんです」
    「ぁ………」
    「深煎りが人気のお店。甘党のサンドイッチ。星座の本。彼女は、貴方と休日を過ごして、貴方と話したかった。そのための話題を探していた。何を話そうか。切欠となる場所を物を探して。見つけて。そうして貴方との日常を過ごしていたんです」

     ポケットから遺留品のキーホルダーを丁寧に取り出して東條へ差し出す。

    「このキーホルダー、二つで一つなんです。今は三つしかありません。後一つが欠けてたんです」

     そうして、ゆっくりと残りの一つを取り出す。

    「これは、週に決まった日に訪れる露店のものだそうです。後一つ、聞いたら教えてくれました。あぁ、やっぱり。ピッタリと重なりますね」

     カチリ。東條の手のひらで重なったキーホルダー。それを見て、東條は息を呑んだ。

    「これ、は……」
    「……おそらくですが、当たっていたようです。貴方と、彼女の星座ですね?」
    「…………は、い」
    「このキーホルダーは幸運のキーホルダーだそうですよ。星座を表す石に使われているのはパワーストーンだそうです」
    「パワーストーン……」
    「アクアマリンは幸せな結婚を象徴とする石として有名だそうですよ」
    「ぁ、あ………っ!」

     キーホルダーを握り締め、泣く東條に小五郎は優しく声を響かせる。
     届け、と祈って。せめて、彼女の想いを。想像でしかないけれど、それでもそうあれば良いと願って。

    「彼女は、彼女も、貴方と幸せになりたかったのでしょう。いや、幸せだったのだと、私は思います。これは推測です。彼女が、東野美保が亡くなった今、真実は誰にも分かりません。ですが、そうだと良いと思うのです。そして、もしそうであれば、貴方は、貴方には伝えるべきだと思ったのです。私の妄想かもしれません。都合の良い言葉かもしれません。それでも、聞いてください」

     真っ直ぐに東條英樹を見つめ、毛利小五郎は柔らかく笑う。

    「貴方は愛されていた。彼女はちゃんと貴方を信じて待っていたのだから」

     







     
     松田陣平は自分が頭の回る人間であることを自覚している。同期の主席様には及ばないが、それでも人よりは鋭いことを自覚している。
    犯人確保のために熱くなる性格を自覚している。しかしそれは刑事として当たり前のことだろう。
     元々爆発物処理班のダブルエースとして名を馳せた松田だったが、とある事件により移動願いを出した。
     とある事件の爆弾解除。たまたま防護服を着ていた萩原が解除したが、解体には間に合わず、時限装置が仕掛けられていた爆弾は起爆し、萩原は手を負傷した。爆弾処理をするには指先の動きが間に合わない。油断した萩原の自業自得の部分があるとはいえ、やりきれなさが募った。犯人は逃亡し、捕まらなかった。絶対に捕まえてやると意気込んで移動した刑事部。
     『どうせ現場復帰は無理だからさー』と軽く言って同じく刑事部に移動した萩原は、言いはしないが悔しさで一杯だったろうし、松田と同じ想いを抱えている。だって萩原は松田と二人でダブルエースだったのだから。
     まあ、数年後に逮捕したのだが。伊達がいなければ冷静さを欠いていただろうし、萩原がいなければ観覧車で爆弾と心中していただろうが。
     
     それはさておき、刑事部に移動になり、目暮班に配属され幾年か。公安に行った同期二名はたまに生存を確認している。いつのまにか大きな組織が崩壊したらしい。アイツら頑張ったんだなぁとこっそり同期で祝ったのも懐かしい。偽名だったし知り合いという体裁を保って開かれた同期の飲み会だったが、楽しかった。

     そんな記憶が吹っ飛ぶ衝撃はすぐに来た。

     急に新たな人員が寄せられ、しかも身も心も若返った毛利小五郎という。
     流石に詳細は教えられてないが、伝えられる範囲のことで黒の組織のことを伝えられ、その被害者にあたる人物とまで。
     いやわかる。確かに、何事かと思う。でもその、守秘義務は良いのか。それで良いのか公安。と思った松田と萩原を誰が責められようか。元々刑事だったとは聞いていた。しかし、失礼ながら優秀とは思えない。過去の記録からしてもそれは事実だろう。

     だが、上の判断なら仕方がない。そう、思っていた。

     印象はうだつの上がらない人間。昼行燈のような人物。どこかぼんやりしている様は知っている中年の毛利小五郎と乖離があったが、若返っていることだしそんなものかと済ませた。
     問題は、何故か松田と萩原が毛利刑事と組むように命じられたことだ。
     ぶっちゃけ、不満しかなかった。普段萩原と組んでいる松田からしてみれば、頭がキレるように見えないし実際その通りなのは中年の毛利小五郎から察している。

     だから、どうしてと苛立った。

     事件現場から署に戻った後の捜査で苛立ちは顕著に現れた。
     何故、明らかに犯人と関係ない捜査をしているのか。遺留品に犯人と繋がるような点はどう考えてもなかった。なのに何故。毎日飽きもせず同じ道筋を辿り、サボってるのかと思うほどにふざけた捜査を大真面目にやっている。何度胸ぐらを掴みそうになったか分からない。萩原が止めてくれたが、その萩原も苛立っているのは明白だ。目暮警部は何を考えているのか。勉強になるとは何がだ。教わることなどないだろ。それよりも犯人確保のためにやることがあるだろう。
     苛立ちは増す一方で、この事件が解決したら二度と組まないように何が何でも伝えようと萩原と肩を叩き合った。

     なのに。

    『殺された人間だけが、被害者じゃない、と思う。殺された人間に関わる人の中に、殺されたことによって何かが変わったなら、その人だって被害者だ』

     横っ面をぶん殴られたような衝撃だった。

     なんてことのないように話す言葉は毛利小五郎という一人の人間の、刑事としての在り方を示していた。
     それは、その言葉は。いつしか気にも止めなくなってしまった被害者の心を想っていた。
     忘れていたわけではない。頭の片隅にはあった。そもそも、犯人確保は被害者のためであり、そのことに間違いはない。ないのだけど。

     煙草を吹かす。グシャリと髪を撫で付ける。
     苛立ちは既になく、心に宿るこれは何だろうか。

    「……格好良かったね」
    「………ああ」

     隣で煙草を吹かす萩原はゆっくりと煙を吐いている。

    「俺、さあ。申し訳ないことしてたかなって」
    「………ん」
    「トリック、とかさあ。犯人、とか、大事なんだけど。なんか、さ」
    「見落としてた、な」
    「うん。間違ったことしてなかった。刑事として当然のことをしてきた。でも、さあ」
    「被害者にあんな真っ向から向き合ったこと、俺はねぇよ」
    「俺も」

     一言で言えば、悔しい。東條英樹と毛利小五郎が向き合うまで、何をしているのかと思っていた自分は何も見ていなかった。毛利小五郎は最初から、真っ直ぐに向き合っていたのに。何も分かろうとしていなかった。それが、とても悔しい。
     犯人は捕まった。東條英樹が泣き腫らした目で『そういえばアイツ、誰かにストーカーされてたみたいなんです。そん時は気のせいだろって笑ってて。アイツも笑ってたんですけど』と証言したことにより、ストーカーの線からも捜査をし、あっさりと犯人は捕まった。
     同じ宝石店勤務の男性だった。思わず胸ぐらを掴んで揺さぶったのは許してほしい。一発くらい殴りたかったのにしなかったので。
     松田は恋人を想って泣く東條英樹の姿が忘れられない。何故、どうして。そう溢して泣く姿が。知らなかった恋人の思いが重たく心にのしかかって、犯人への怒りに震えて。
     毛利小五郎はずっとこんな真似をしていたのか。こんなにも苦しく重たい心に向き合っていたのか。

    「あの人、さあ。しんどくねぇのかなぁ」
    「…………」
    「あんなやり方で、捜査するとか考えたことなかった。そりゃあ被害者の話を聞くことはあるよ。でも、あんなしんどいやり方で、真っ向からなんて普通考えないっしょ」
    「思ったとしてもやらねぇよ」
    「でもあの人はしてる。当たり前に、普通の顔で、やってんだよなぁ」

     人の心と向き合うのはしんどい。東條英樹の心に触れた今なら尚更に実感する。想いは重い。苦しいことを敢えてしている。それは何故。

    「何故殺したか、よりも、どうして。なんだと」
    「んあ?」
    「あの後、聞いたんだよ。毛利刑事に。そしたら」

    『俺は頭が良くない。だから、トリックなんてもん分からない。犯人を捕まえなきゃいけないのは分かる。俺も捕まえたいし捕まえるべきだと思う。許すべきではないことをしたなら、刑事として、捕まえるべきだ。でも、それだけで良いのか。被害者はどうしたら良い。なんで、どうして。ずっとそう思って生きていく被害者は。俺は知りたい。何故殺されたのかは勿論、被害者が最後に思ったのは何か。何を思って生きてきたのか。亡くなったのなら尚更。伝えたいことが遺っているのなら、伝えるべきだと、俺はそう思うから』

     辿々しく告げる毛利小五郎は、ふと言葉を途切れさせ、ややあって口を開いた。

    『俺は、心が知りたい。被害者の心が』

     そう告げた毛利小五郎は真っ直ぐな目をしていた。

    「だってよ」
    「心、かぁ」
    「馬鹿だと思ったわ」
    「あははっ!」
    「馬鹿だろ、馬鹿。だけど愚かじゃねぇ。んで……」
    「嫌いじゃない、でしょ?」
    「………………まぁ」

     呆れるほどのお人好し。鈍感で天然で真っ直ぐな刑事。その癖、心が分からないなんて言う。あれほど真っ直ぐな目で、被害者から目を背けず心に触れようとしているのに。
     変な奴。不思議な奴。でも、嫌いじゃなかった。あんな刑事が、毛利小五郎のような刑事が一人くらいは必要なのかもしれない。

     何故、どうして。

    「わかんねぇよ、俺だって」
    「わかんないねぇ」

     それは被害者がずっと抱えるもの。いつのまにか見落としていたもの。

    「目暮警部、絶対笑うだろうなぁ」
    「したり顔しそう」
    「うざ……」
    「でも、まあ。悪くなかった」
    「…………同感」

     毛利小五郎の捜査は悪くなかった。むしろ、ほんの少し優しい気持ちになる。だから。

    「また組んでやらんこともない」
    「陣平ちゃん素直じゃないねぇ」
    「陣平ちゃん言うなや研二ちゃん」






     ぼうっと事件の記録を整理する。解決済みの棚に入れられる記録。だけど、記録だけでは収まりきらない心がある。
     やはり、分からない。触れて感じて、その先が毛利小五郎には分からない。
     松田刑事のように犯人への怒りに震え激昂することも、萩原刑事のように、被害者に共感して顔を歪めることもできなかった。
     ただ、伝えたいことを伝えるために。そして、心を知るために。そうして行う捜査でいつも戸惑う。

     何故。どうして。

     ずっと分からないままだ。分かりたいのに、分からない。それは遥か遠くにあるようで、必死に手を伸ばすのに届かなくて。それでもやめたくないのは何故。

     小五郎には分からないことばかりだ。

     不意に頭の中で声が響く。かつての先輩の姿が映し出される。

    『俺らはさぁ、刑事だろ。だからってぇわけじゃねぇが、やっぱ手柄立ててナンボなわけよ。分かるか?』
    『そうですか』
    『お前、犯人逮捕したくねぇの?手柄立てようってぇ気はねぇの?』
    『……自分は頭が良くありません。犯罪トリックを解き明かすなんて芸当ができるとは思えません。犯罪者は捕まえるべきです。しかし、それだけではないと思うのです』
    『……被害者を救う、か。言うほど簡単なことじゃねぇんだよ。普通はな』
    『そう、ですね。でも、知りたいので』
    『……………。』
    『被害者が何を思い生きていたのか。何を伝えたかったのか。心残りは。言い残すことは。死んでしまってからでは伝えられません。そして、被害者に関わる人もそうだと俺は思います。彼ら彼女らはもう、何も伝える術を持ちませんから』
    『だから、か?そんなに拘るのは』
    『せめて、と思ったんです。俺には分からないので。分かりたいのに、分からないので。せめて、被害者の心を知りたい。それだけです』
    『………こんな事件ばっか見てっとさ。許さねぇって思うわけよ。刑事としてだけじゃない。人として、普通に生きてたはずの被害者の明日を奪った犯人を許さねぇ。だから絶対捕まえるってな』
    『……それが、普通で正しいことだと思います』
    『そうだ。間違っちゃあいねぇよ。刑事として、犯人逮捕すんのは当たり前だ。絶対許しちゃあなんねぇ。でも、なぁ』
    『……?』
    『被害者の心ってぇのもまた、救わなきゃいけねぇんだよ。いけねぇなあ。つい、忘れちまう。お前のやり方は間違ってない。クソしんどい上にお前自身もいつか飲み込まれるような諸刃の剣だがな。だけど』
    『だけど?』
    『俺は、嫌いじゃないね。お前みたいなやり方。お前のような刑事ってぇのは』
    『え…………?』
    『一人くらい、お前みたいなお人好しの刑事がいても良いだろ。お前は、ちゃんと刑事やってる。向いてるよ、この仕事』
    『はぁ………』
    『おいおいおい、なんだよその微妙な面は!褒めたんだぞ一応!?有り難く受け取れ!』
    『ありがとうございます……?』
    『んっとに、世話の焼ける奴だなぁ!?』
    『お人好しと、言われたことがないので』
    『そうかあ?俺からみりゃ、お前ほど【やさしい】男はいねぇと思うがなあ?』
    『優しい、ですか?自分が?』
    『人の心が分からないだなんだ言うけどよぉ、それってつまりはだ。お前はそれだけ相手に向き合ってるってことだろ』
    『……よく、分かりません』

     優しい人だと、先輩は言った。刑事に向いているとも。でも、小五郎はそうは思わない。思えない。それでも。

    「やめられないってぇのは、なんでだろうなぁ」

     結局のところ、やめられないのだ。知りたいと思うことをやめられない。それは途方もなく罪深いような気がしていた。
     パタン、と記録を閉じる。

     また一つ【分からない】が増えた音がした。






    ─やさしいひと【完】─

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    Replies from the creator

    kabe

    DOODLEリクエストでいただいたデュースの幼馴染は小説家番外編、鍋パーティーの導入です。三分の一くらいできたので。こういう感じで進んじゃうけど良いです?という気持ちを込めている。
    食材はやってくるもの 本日のグリムは張り切っていた。グリムはオンボロ寮のキッチンの主である。オンボロ寮において、キッチンはグリムの縄張りである。子分といえどもグリムの許可なしに好き勝手できない聖域である。
     グリムは監督生の親分である。親分たるもの、子分を飢えさせるとは言語道断。そしてどうせなら美味いものが食いたい。監督生はツイステッドワンダーランドに来る前までただの男子中学生であった。特技が料理なんてことはなく、本当にごく普通のちょっとドライでやんちゃで一途な男の子だったのだ。つまり料理なんてもんは中学校の家庭科レベル。それもクラスの女子生徒のお手伝いレベル。監督生は率先して洗い物係をしていた。三年間ずっとである。つまり、お察しくださいというわけだ。というわけで、グリムは早々にキッチンの主へと名乗り出た。監督生にやらせるくらいなら自分がした方が美味いものが食べれるので。あと、子分が美味しいと笑う顔は悪くなかったので。
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