その日、アサシンのエミヤは運命に出会った。──多分。これを本当に運命と呼ぶのならば。
きっと本人にしたらそんな運命、傍迷惑以外の何物でもなかったことだろう。──いや、しかし。あちらの記憶を持ち得ない彼にとっては、もしかしたら──そんな運命でも、悪くないと思うのかもしれない。
真夏の邂逅
北極圏に突如現れた真夏の特異点。アークティック・サマーワールド。
そのエリアの一つである、エリセランド内のフードコートにて。
そこで、アサシンのエミヤは一人、一服をとっていた。
それはまだ、マスター達からは何とも言えない評価にあった激辛メニューが、裏メニューとして復活して人気となる少し前のこと。
真夏の特異点に赴く際──マスターからの要請がない限り──、エミヤはいつも通り、彼にとっての大切であるらしいとある少女たちの見守りをしていた。それ以外興味も何もなかったし、特に水着を得てはしゃぐ彼女たちを人知れずに守るのは僕の役目だと自負していたからだ。しかしながら、四六時中張り付いているのを彼の息子(義理の)を名乗る赤い弓兵に見つかってしまったが為に。「じいさん、少し休憩してきなよ」と釘を刺され、アサシンのエミヤは仕方なく休息を取るしかなくなったのだった。
本人は尾行しながらも食事が手軽に取れるファストフードが良かったのだが。「ここは任せてよ」と、あどけない少年の顔で言われてしまえば、致し方なく。特に何も感慨もない筈なのに、どうしてかその少年の顔には逆らうことが出来ず。渋々とフードコートへとやって来ることとなった。
そもそもサーヴァントの身であるのだから、休息も食事も不要ではあるのだけど。そこはカルデアのサーヴァント。現界の為に、カルデアからの電力が使われていることは重々承知していたので。少しでも人だった頃のように──と、言ってもその頃だって彼はあまりそういう事をしなかったのだが──食事したり休んだりをして、その電力に頼らないことも必要であった。
そうは言っても、特に食べたいものが思い付かないエミヤは──甘いものを摂りたかったが、なかなか見付からなかったのもある──、何か手軽に食べられるものがないかと、このフードコートにやって来て。偶然にも運命と出会うこととなる。──違う。彼にとってのまた新しい新境地を開くこととなったのだ。
そう、激辛料理である。
そしてそこで、彼はかつての宿敵──本人が知るよしもないが宿命付けられた──、とある神父と出会うのである。
それはまさしく真夏の邂逅で。出会うべきして出会った運命で。
後にアサシンのエミヤは思うのだった。
これが君と僕の、因縁染みた運命の始まりだったと。
──そう、これは運命なのだ。アサシンのエミヤには覚えがないことでも。少なからず、神父の方にはその顔に覚えがあったので。どんな場所での出会いでも、彼らにとっては出会った瞬間から因縁が始まってしまうから。
運ばれてきた激辛料理を前に。少し怯んだエミヤを見逃さなかった神父は。つい出来心で言ってしまう。もしかして完食する自信がないのか──と。だって神父は少しだけ苛立っていたから。その顔をした男が、自分を知らないと思ったことが。どうしても許せなくて。
けれども。そんなことも知らないエミヤだったが、怯んだ自分を悟られたくなかった彼は素知らぬ顔でこう返す。まさか──と。
それは互いの間でゴングが鳴り響いた瞬間だった。
互いに引くに引けなくなったとある暗殺者と、とある神父は。
偶然にも鉢合わせてしまったばっかりに。激辛料理をどこまで食べ続けられるか、競いに競って、対決することとなる。
これを運命と言わず、何と言うのか。
体中から汗を吹き出しながら。互いに真っ赤な顔で、激辛による苦痛をものともせずに料理を口へと運び続ける。壮絶なる我慢比べ。しかし、どちらも一歩も引かず。両者は同じペースで皿を空にしてく。──きっと、食べるペースが落ちた瞬間に、負けは確定するのだろう。だから両者共にペースは落ちず。その場に熱気だけが渦巻いていく。
最終的には様子を見にやって来た雀の女将の一言で、強制的にその対決は打ちきりとなるのだけれども。
二人は互いの健闘を称え合い、握手を交わして笑い合う。
多分、アサシンのエミヤはこう思った。随分とまあ面白い神父だと。そうして出来た縁は、今後の彼らを近付けさせる要因となり。
神父が胸の内で、過ぎ去った筈の苛立ちを抱えながらも、表面上は友好的に振る舞い続けるが為に、彼らはどんどんと距離をなくしていく。
折れることのなかった鋼の心のままのエミヤにとっては、神父の考えは受け入れやすいものだった。それがまた、神父の中で解釈違いを起こしてることも知らずに、彼らは歩み寄る。──いや、逃げ出せない神父にエミヤが距離を縮めてくる。
その距離が零になった時に。彼らは互いにどんなことを思うのか。
こればっかりは神にも分からない。
ただ、きっと──。