一瞬、何が起こったのか分からなかった。僕はさっきまで目の前のスマートフォンをいじってた筈で。それ以上でもそれ以下でもなく。ただ目を開けたら、世界が一変していた。それだけで。現代社会に居た筈なのに、気付いたら知らない別世界に居る、とか。そんな小説じゃないんだから。
「いや、ほんと。どういうこと?」
眼前に広がる光景に、ただ目を丸くする。
スマホが光った先で、異世界転生、なんて。とても洒落にはならないんだけど。
それは本当にいきなりだった。
特に変わったことがあった訳でもない。例えばこういう場合に(もちろん現実ではなく物語の中での話だが)よくありがちな、スマホ画面に何か変わった表示があったとか、余所見をしていて轢かれそうになったからとか、そういう事象が直前に起こった訳でもなく。ただただ目の前のスマホをいじっていた、それだけだったのに。
より具体的に言えば、僕は今日、友人と出掛ける予定があって、その待ち合わせまでの間、ちょっと前から気になっていた冬季限定のス○バのなんちゃらを飲んでた最中で。そんで待ち合わせ相手に連絡を入れようとスマホを開いたところだった。──てか、おもいっきり左手にそのカップ握ったまんまなんだけど。マジかぁ。この場合、カップだけ置き去りにされてててもどうなのよ、って感じなので良いけどね~。
そんなカップを口元へと運び、一口飲めば、ホッとするほんのり甘いミルクの味と少しだけ苦い珈琲の味が口の中に広がって。──あ、まだ温かいや。それが少し参ってた気持ちを軽くしてくれる。
さてはて。どうしたもんかな、と、何度かカップを傾けながら考えて。
未だに変わることのない目の前の光景と向き合うことにした。
別世界だと、そうはっきり分かるのは、目の前が明らかに地球にない色をした植物で埋まっているからだ。荒野みたいな色をした大地に、青とか紫とかピンクとかがうじゃうじゃと生えてて。いや、別にそんな色をした植物、見たことがない訳じゃないんだけど。なんて言うの? 形状? 生え方? もう兎に角、見たことない植物──あれ、これ植物だよね?──がいっぱいあって。てか、なんか動いてね? こいつら。食べられたらどうしよう。
幸い、僕が立ってるところには何も生えてないただの地面だけなので、近付かなきゃ問題なさそうだけど。
「お前、こんなとこで何してる」
突然、そう声をかけられ、驚いて振り返れば。そこには、見慣れた顔をした男が、見慣れぬ格好をして立っていた。──え、コスプレにしたって、なんていうか。派手すぎない? それ。
「ひ、土方さん……」
そう彼の名前を呼べば。男は眉間のシワをますます深くして、こちらを鋭い眼光で睨み付けてくる。
「てめえ……誰だ。なんで俺の名前を知ってる?」
どうやら見た目は知ってる人でも、僕の全く知らない人らしい。なら、別人らしく全く違う姿であればいいものの。こんなところでも彼の姿を見るなんて、ちょっとサイアク。
「あ、その……」
ただまあ、なんて説明したら良いのか分からない。貴方と同じ姿をした人を知ってるんです、ここじゃない世界ですが。──とか? いや、ここが僕にとっては明らかな異世界であっても、そんな事、口に出したら変人と疑われるしかない。並行世界とか多次元宇宙なんてそんなもん、どこに行ったって非現実的な話なんだから──
「もしかして、別世界の俺を知ってるのか?」
なら、俺が分かんなくても変じゃねえな──そう言って、目の前の男は納得したようにうんうんと頷いている。──は? 今この人何て言った?
「別世界のあんた……?」
「おう。──なんだ、俺じゃない俺を知ってるんじゃねえのか?」
「はあ、まあ。」
「だろ。よく見たらお前、見慣れねえ格好してるし、どうせ磁場嵐にでも巻き込まれて、どっかの別次元から来たんだろ」
あっさりとまあ、言ってくれる。
「……そんな簡単に分かるもんですか」
まあ、服装を見たら一目瞭然なのかもしれない、けど。
「ああ。ここじゃしょっちゅうだからな」
「しょっちゅう……」
「なんだ、初めてか?」
初めても何もその。こんなこと、普通は小説とか映画とかフィクションの世界でしか知らないんですが……
「……と、あんま長居してる暇はねえな。ここの宙域は不安定でな。磁場嵐の遭難者は即保護する決まりだから、取り敢えず俺の船に移動するぞ」
「え、あんたに付いてけってことですか?」
「嫌か? まあ、別にそれならここに残ってもらっても構わないが……そんな格好、ここじゃ自殺行為だぞ?」
あっという間に襲われて死ぬぞ──なんて男は軽く付け加えてくれる。
「わ、分かりました。あんたに付いていきますってば」
そうして、俺はこの土方さんに似た男が持っている宇宙船へと移動することとなった。
少し歩いた先にあった小型の宇宙船──って言っても、居住空間も兼ねてるそうなので、そこそこ大きかった。まじで映画の世界みたい。セットでしかお目にかかんねえようなもんばっかだし──へと乗り込んでしばらく経った頃。大分この人とも打ち解けてきたように思う。
トシゾー・ヒジカタ。ここら一帯を仕切っている宇宙海賊スペーストシゾー、その人で。
僕が最初に居た辺りは、先にも話が上がったが、異世界異次元の人間が迷い込み出でる場所だそうだ。スペース新選組として、その別世界別次元の人間──まあ、やって来るのは人間だけじゃないらしいけど──を保護することが役割らしい。
だから、その宙域にいつでも行き来できるよう、彼はこの宇宙船で暮らしているらしかった。最新設備──だと本人が豪語していた──が至るところに搭載さらた宇宙船は、快適そのものであるらしく。何でもここ数年はこれで満足に暮らせてるそうだった。
そういえば。どうやら甘いものが好きらしい。僕が持っていたス○バのカップに興味を示し、礼代わりにくれとせがまれた。飲みさしを差し出すことに多少の抵抗感はあったものの、蓋を外せばいいかと考えて、残り全部をあげた。最初は少し甘さに眉を潜めていたものの、あっという間に残りを飲み干して。満足そうに笑っていた。──あの人の顔で、あの人はしない表情をして。とてもとても満足そうに微笑んだ。
知れば知るほど、ヒジカタさんと土方さんは重なるようで全く重ならなかった。あの人はここまで無邪気ではない。と、思う。──少なくとも、俺の前では。何時だってしかめっ面だ。
あの人が笑ったとこなんて。最近は全く見ない。
そんなヒジカタさんのお陰で、俺がここに来る羽目になった理由も分かった。何でも磁場嵐の中はワープみたいなもので、常にどこかしらかの世界とリンクしているらしい。そのリンク先がどうやらたまたま僕のスマホの電波に引っ掛かったようで。そんでその時、このスマホ自身がゲートとなって空間が繋がった為、僕はこの世界に来る羽目になったのだった。
スマホのせいで、偶然入り口が開いただけ、なんて。なんでそんな天文学的な確率のもんが引っ掛かったのかまでは全く分からなかったけど。(だってスマホ持ってる人間なんて幾らでも居たんだよ、あの場には。)
まあ、もしかしたら僕以外にも運悪く繋がって連れて来られてる人間が居るのかもしれないけど。ヒジカタさん曰く俺と似たような文明の人間は初めて見るみたいだったが。
磁気嵐に巻き込まれた場合、またその磁気嵐に巻き込まれれば簡単に帰れるそうだった。ただ、ちゃんと来た時と同じ条件にしないと、またどこに連れてかれるか分からない。ゲートはランダムに開かれるので、文明も何もない空っぽの空間に連れてかれる可能性だってあるのだ。そしたら悲劇どころの騒ぎじゃない。そうならない為に、何がゲートを繋いだのか知っておく必要がある。何かを媒介にして一度開いたゲートは、また同じ空間を繋いでくれる。だから、その何かを持って──つまり来た時と同じ条件にして──、磁場嵐に入れば、無事、元の世界に帰れるのだ。
ヒジカタさん達は、遭難者を一時的に保護することで、このゲートが開いた原因を解析し、元の場所に戻れるよう手助けをしているそうだ。
「じゃあ、原因が分かった僕は、今すぐに帰れるんですね」
「まあ、そうだな。だが、生憎しばらく磁場嵐は起きねえ」
「え」
「あれは周期があってな。一定期間を過ぎるとパタリと止んで、またある期間が過ぎると発生し続ける」
「じゃあ、次に起きるのは……」
「──二週間後だな。ちょうど月が欠けきる頃だから」
「二週間後……」
「ま、暫くはここに滞在するしかねえな。二週間後なんてあっという間だ。そう気を落とすな」
ぽんぽんと肩を叩かれ、ヒジカタさんは励ましてくれるが、帰れると思った僕としてはぬか喜びも良いところで。ため息を吐き、肩を落とすしかなかった。
まあ、そんなこんなで。せっかく原因も分かって、帰れる兆しも見えてきたのに、俺はこのヒジカタさんの宇宙船でしばらく暮らすことになったのだった。