重陽朝の7時少し前、カルデア内マイルームで立香は微睡んでいた。
(んー、今日は演習も無いしもう少し寝てようかな…)
その立香のマイルームに1人のサーヴァントが訪ねてきた。
『もし、マスター。朝早くから申し訳ございません。お目覚めでしょうか?』
サーヴァント、アルターエゴ蘆屋道満である。
「え、はい。どうしたの?道満。」
こんな時間にどうしたものか、と思いながらも立香は道満を出迎える。
『お出迎えありがとうございます。マスターにおかれましてはご機嫌麗しゅう…等と戯れはここまでにいたしまして、』
少し回りくどい挨拶の後に尚も道満が話を続ける。
『本日9月9日は重陽の節句にございましてマスターの無病息災を願う行事をご用意致しました。』
「ちょうよう?」
あまり聞いた事の無い行事に立香が聞き返す。
『はい。平安時代の貴族の習慣で重陽の節句では菊を鑑賞しながら「菊酒」を飲むと長寿になると言われておりました、ですがマスターはまだ酒を嗜めぬご年齢、その代わりにと「菊の綿着せ」と、申しまして菊の花を真綿で覆って夜露と香りを移しとり、翌朝、その綿で体や顔を拭えば菊の薬効により無病で過ごせ、老いが去り、これも長寿を保つと信じられておりましたので此方をご用意させていただきました。』
さぁ、どうぞ。と道満が小綺麗な器を差し出す。そこにはしっとりと湿り気を含んだ綿が置かれていた。
「え?もしかして昨日の夜から仕込んでくれてたの?」
立香が驚きつつ訊ねる。
『えぇ、はい。』
立香が綿のひとつをつまみ上げ香を嗅ぐ。
「わっ!ホントだすごーい!菊の香がする!」
驚きから笑顔へと立香の表情がコロコロと変わる。
立香はその綿で顔回りや首もとを軽く拭う。
道満はそれを黙って見つめている。
立香がまたひとつ綿をつまみ上げ──
「はい、道満も!」
立香が道満の手を引き腰かけるように促す。
『は?』
道満が一瞬たじろぐ。
『いやいや、拙僧は今は人の身では無くサーヴァントとして顕現しておりますので…』
「サーヴァントだって無病息災お願いしてもいいでしょ!」
『いやいや、拙僧は貴族の身分でもございませぬ故…』
「私だって貴族でも何でも無いですー!」
『いやいや!マスターにおかれましては高貴なご身分であるからして…』
「いいから座るの!おーすーわーりー!」
『ンンンンン…』
駄々をこねる子供を窘めるか如く半ば強引にベッドに腰かけさせられる道満。
まるで赤子をあやしながら顔を拭くかのようにポンポンと軽くはたきながら道満の顔を拭う立香。
『ンン…!何もマスター手ずからなさらなくても…』
慌てながら立香の手から逃れようとする道満。
「いいから、いいから。せっかく道満が用意してくれたんだもん使わなきゃ損だよ」
『損得も何もあったものでは…』
仕方なしに大人しく顔を拭われる道満。ふわり。と菊の香りが漂う。
「これで病気しないで来年巡も一緒に色々なイベント行こうね!」
『ンンソソソ…らいねんもですか…』
何かと複雑な心境の道満であった──。
~了~