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    再走(サイソウ)

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    TL膝膝企画にお邪魔させていただきました。
    一般的な本丸に顕現した練度そこそこの膝丸(一振り目)と、戦果最優先の進軍本丸から引き取られてきた練度頭打ちの膝丸(二振り目)の話。
    ※二振り目が薄緑と呼ばれています

    ##膝膝

    触れては積もる 瞼の裏を染める朝日に、布団のなかの膝丸はゆっくりと目を開ける。冷たい空気が頬を撫で、その時初めて部屋の障子が開いていることに気づいた。
     目をやった先、庭に面した縁側には逆光を黒々と切り取る後ろ姿がある。ぴんと背筋を伸ばしていたその影が、身じろぐ気配に気づいたのか、肩越しに声をかけてきた。
    「起きたか」
    「……早いな」
     身を起こすのと同時に、影が振り返る。逆光のなかでも分かる、薄く笑ったその顔は、自分とまったく同じだ。どれほど早く起きたのか、すでに寝間着から内番着に着替えている。
    「偶然目が覚めただけだ。君は非番なのだから、まだ寝ていても構わないのだぞ」
    「いや、二度寝は性に合わない」
     枕元の着替えを手に取ると、彼は察したようですぐに障子を閉めてくれた。
     ――それにしても、ずいぶんと変わったものだ。
     寝間着の帯を解きながら想起したのは、彼――二振り目の膝丸が、この本丸にやってきた時のことだった。

     二振り目の膝丸は、元いた本丸が審神者の事故死によって運用停止となったため、この本丸へ引き取られた。いわゆる「譲渡刀剣」と呼ばれる刀剣男士だ。ただひとつ、他の譲渡刀剣と違ったのは、「すでに顕現している同個体がいる本丸へ譲渡する」という条件付きでやってきた点である。
     その理由は、すぐに知れることになった。
    「好きに呼んでもらって構わない。名を呼ばれたことはないから、どのような名でもすぐに馴染むだろう」
     二振り目を迎えてすぐ、一振り目と区別するために呼び名をどうしようか、と審神者や近侍が話しあっていた時だ。悲しむでも、怒るでもなく、彼は事もなげにそうのたまった。審神者も近侍も、同席していた膝丸も驚いて彼を見たが、当の本刃は感情の読み取れない顔で佇むのみである。
     先の条件と併せ、ただならぬ事情を察した審神者は、こんのすけを通じて彼がいた本丸の情報を取り寄せた。そうして分かったのは、その本丸が昼夜を問わない出陣でかなりの戦果を挙げていたこと、資源のすべてを手入れに注ぎこみ鍛刀を一切行っていなかったこと、刀剣男士を番号で管理し睡眠から食事に至るまで分刻みの生活を課していたこと――など、およそ一般的とは言いがたい運用実態だった。
     いわゆる「ブラック本丸」にあたるのではないかと審神者はこんのすけに訊ねたが、こんのすけの返事は煮え切らない。実際、この本丸が運用停止となった理由は監査の結果ではなく、あくまで審神者の事故死のためである。件の審神者は服務規程に反していたわけでもなく、刀剣男士の手入れもきちんと行っていた。そのため、監査で摘発することはできなかったらしい。
     とはいえ、大多数の本丸の実態とかけ離れていたのは事実だ。ゆえに、譲渡にあたっては条件が付けられることになった。要するに、一番近しい存在である同個体に面倒を見させれば、一般的な本丸での生活にも馴染みやすいだろう、という政府の思惑である。
     結局、練度が頭打ちであったことから、二振り目の膝丸は最後に付けられた名である《薄緑》と呼ばれることになった。
     こうして、彼を同室に迎えて始まった膝丸と薄緑の共同生活は、初めは互いに戸惑うことばかりだった。練度では薄緑に劣るものの顕現年数が長く、ヒトとしての生活に慣れている膝丸に比べ、練度は高いものの顕現年数が短く、ほとんどモノ扱いだったためにヒトらしい生活をまるで知らない薄緑は、とにかく自分を労わるという点に無頓着だった。不具合があれば手入れで直せばいい、という理論である。
     ある時は食事の席で、
    「いいか薄緑、与えられた人の身を管理するのも俺たちの役目の一つだ。防げた不調を直すために主の手を煩わせることがあってはならない」
    「君の言い分は理解できる。が、それと食事の好物を探すのに何の関係がある? 人の身に必要な栄養分の摂取だけなら、行動食でじゅうぶんだろう」
    「だからだ! 食事とは義務ではない、心の充足に必要な大切な行為なのだ。……それから正直に言えば、俺は君の味覚を心配している。君はあの行動食の評判を聞いたことがあるのか?」
     またある時は朝の室内で、
    「薄緑、眠る時は布団に横になれと言っただろう……」
    「しかし、それでは夜間招集に即応できない」
    「だからと言って立ったまま眠るな! そもそも、それで眠れているのか?」
    「問題ない。元の本丸では刀掛けも縦置きだった」
    「俺が訊いているのは人の身の方のことなんだが」
     と、まあ、一事が万事この調子で、見守る本丸の仲間たちも驚き、時には世話係の膝丸に同情したものだ。
     そもそも膝丸という刀剣男士は、生来の真面目さと隙のない出で立ちゆえか、やや近寄りがたい印象を持たれがちだが、感情が顔に出やすいという特徴がある。そのおかげで雰囲気が和らぎ取っつきやすくなるのだが、薄緑は表情がほとんど変わらず、また淡々とした話し方であったため、特に感情が読みづらかった。
     膝丸は初め、周囲を警戒し感情を出さないように努めているのかと思っていたが、接するうちにそれが早合点だったと気づくことになる。薄緑はただ、ヒトのように振る舞う時間も必要もなかったせいで、情緒がほとんど発達していなかっただけなのだ。
     ――刀さえ振るえればいい。人の身の問題は顕現させた審神者が解決すべきだ。
     決して間違っているとは断ぜられない薄緑の信条に、膝丸は根気よく向き合っていった。同じ《膝丸》だからこそ、その思いには同調できる部分もある。しかし、それがすべてでないことも知っている。
     ――我らは心ある刀剣。この身は審神者に与えられたものなれど、心ひとつで如何様にも変化する。
     折に触れて示される膝丸の信条を、薄緑は少しずつ理解していった。戦うために顕現された存在とはいえ、この手足を動かすのは自分の意思だ。そして意思とは、ささいなことで揺らぎ、また強くなることもある。そしてそれはモノであり続けようとする限り、決して理解できないことだ。
     同じ魂から分かたれた二振りが、そうして少しずつ歩み寄るようになってから、いつの間にか二年が経過していた。

     用意しておいた内番着に着替え、部屋の障子を開ける。変わらず縁側に座っていた薄緑が、待ちかねたように膝丸を見上げた。
    「まだ朝餉には早いぞ」
    「知っている。せっかく目が覚めたのだ、庭の掃除でもしようと思ってな」
    「君に仕事を取られるのは癪だ、俺も手伝おう」
    「ああ、君は今日掃除当番だったか」
    「忘れていたのか? 昨日の近侍だった君が決めたことだろう」
    「すまない、そうだった。しかし、掃除当番にしてもまだ早いだろう」
    「君と同じだ。二度寝は性に合わない」
     揃いの内番着姿で庭に降り、物置から箒を持ち出す。季節は晩秋、落葉が敷き詰められた庭は掃除をするには事欠かない。
    「……焼き芋にちょうど良さそうだ」
     二振りで掃きあつめた落ち葉の山を見下ろして、何の気なしにつぶやくと、聞き逃さなかった薄緑が同じ色の瞳をぱっと輝かせた。
    「薩摩芋を焼くあれだな」
    「ああ、去年もやっただろう? 確か、一昨日収穫した薩摩芋がまだ厨にあったはずだ」
    「ならば早速行って分けてもらおう。なに、庭掃除の慰労となれば厨番も出し惜しみはしないはずだ」
     厨番の傾向まで覚えるとはずいぶん馴染んだものだ、とつくづく膝丸は思う。そして何より、
    「いい顔をするようになったな」
    「膝丸?」
    「君が来たばかりのころは、同じ《膝丸》とはいえ、何かしてやれることがあるのかと不安だったが」
     思わず本音を零せば、薄緑は照れたように目を逸らした。
    「その、……君には本当に苦労をかけた。感謝している」
    「君にそう言ってもらえたなら重畳だ。――どれ、厨には俺が行ってこよう。君はもう少し落ち葉を集めておいてくれ」
    「あ、ああ」
     薄緑の視線を背中に感じつつ、膝丸は縁側から母屋に上がるとまっすぐ厨へ向かう。この時間なら、朝餉の準備のために厨番が誰かしら詰めているはずだ。それから、誰か短刀にも会ったら声をかけよう。
     昨年の秋、大はしゃぎで焼き芋に歓声を上げていた短刀たちの姿を思い出し、膝丸は小さく微笑んだ。

     新たに舞い落ちてきた葉も掃きあつめ、薄緑は小さくため息をつく。それは決して疲れたからでも、終わりのない掃き掃除に嫌気がさしたからでもない。
     ――君ともっと二振りだけでいたかった、と言ったら、君はどんな顔をするのだろうな。
     膝丸のおかげで芽生えたヒトらしい感情のなかに、いつの間にか混ざっていた名も知らない思い。それを何と呼んだらいいか分からず、しかし本能的に秘めるべきものだと判じた薄緑が、やがて答えを得るのはそう遠くない未来のことである。
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