同一ケース展示の話 ―最終日― 展示物を眺める人々のささやくような声が、薄暗い室内の空気を密やかに震わせる。展示室の中央、ことさら目立つ位置に並んで展示されている膝丸と髭切は、空気を隔てる硝子越しに今日も流れゆく人々を見つめていた。
注がれるいくつもの熱心な視線、佩裏まで見られるのは面映ゆい心地でもあったが、そんな眼差しを受けとめるのが今代の彼らの役目のひとつだ。
――でも、今日の弟はそれどころじゃないみたい。
髭切が視線を走らせた先にいるのは、今回の展示の目玉のひとつであり、髭切がここに呼ばれる所以ともなった弟刀・膝丸である。刀身へ注がれる視線を前にして、今朝から何度も周囲を気にしては居住まいを正し、を繰りかえしている。人出が少なくなってきてからは、もはや動くまいと決した心を物語るように、両手を膝の上で固く握りしめていた。
膝丸が落ちつかない理由は、髭切にも察せられる。
――あっという間だったなあ。
今回の展示の会期はおよそ二ヶ月。今日がまさに、その最終日であった。
二振り並んで展示されるのは、東の地では初めてのことである。特別に誂えられた硝子ケースのなかで久しぶりに会った膝丸は、兄の前ゆえか分かりやすくはしゃいだりはしなかったものの、緩む口元に隠しきれない喜びを滲ませていた。髭切もまた、東へ単身送りだしたと思っていた弟の元へ参じられたのが嬉しくて、だからこそ、もっとこの時間が続けばいいのにと思っていたのだが。
「人、少なくなってきたね」
「……ああ」
閉館が近づくにつれ、行き交う来館者の数が目に見えて減っていく。今回の展示が終われば、二振りはともに京へ戻ることになる。しかし、戻る地こそ同じだが、今代の所蔵元は同じではない。
「また、しばらく離れ離れだな」
視線を硝子ケースの向こうに向けたまま、努めて穏やかにあろうとする膝丸の声音が、かえって募る寂しさを感じさせた。今代で改めて結ばれた二振りの縁は強い。込められた祈りが物語るとおり、いずれまた、同じ展示、同じ硝子ケースでこうして並べる日が来るかもしれない。
それでも、未来は確かに不確かなのだ。これが今生の別れでない保証はどこにもない。膝丸と同じように悠久の時を渡ってきた髭切にも、それは痛いほど理解できた。
「……寂しいね」
声音から拾いあげた感情を肯ってやると、膝丸が弾かれたように髭切をふりかえった。
「兄者も、寂しいのか?」
「当たり前だろう。せっかくこうしてお前と並べたんだもの」
答えれば、兄の思いがけぬ心情の吐露を喜んでか、膝丸の頬にさっと朱が上る。ころころと変わる表情は昔から今まで、何度目の当たりにしても愛おしいものだ。
「もう少し、長くやってくれてもいいのにねえ」
「是非に……と願いたいところだが、あまり社を空けるのもよくないだろう。兄者はあちらでの展示の機会も多いのだし」
「ああ、そういえばこっちに来たのは新春のお勤めの途中だった」
ふた月ほど留守にしている社のことを思い出す。今時分はちょうど、境内の梅が見頃を迎えていることだろう。
懐かしく想起する鼻先に、ふと、思い出したばかりの梅が香った気がして、髭切は虚空を見上げた。展示室の遠く暗い天井に、ぼうっと光るものがある。
「――あれは、」
つられて見上げた膝丸がつぶやくのと同時に、それは小さな鳩の姿となって髭切の元へ舞い降りてきた。肩口にとまったその鳩から香る霊力は、よく馴染んだ社のものだ。
「おや、僕宛ての便りかな?」
恐らくは、社でともに展示されている知己の誰かが寄越した遣いだろう。囁かれる一報に耳を傾ける髭切を、膝丸は少し不安げな面持ちで見つめた。
「兄者、何かあったのか?」
急ぎ遣いを飛ばすということは凶報かもしれない。兄の表情を窺っていた膝丸だったが、不意に髭切がぱっと顔を輝かせて
「弟!」
呼ぶや否や、膝丸の手を取った。
「来春にね、京の博物館で僕が展示されるんだって。お前と一緒に!」
「――本当か!」
鳩によってもたらされたのは凶報どころか、新たな縁を紡ぐ吉報であった。