同一ケース展示の話 ―会期中― 最後の来館者が通りすぎて、どれほどの時間が経っただろう。やがて展示室の灯りが落とされ、もともと薄暗かった室内は濃い闇に包まれる。ひと気の絶えたそこは、今や常夜の非常灯が随所に灯るのみだ。
しん、と耳に痛いほどの静寂のなか、次第に展示物に宿る付喪神たちの囁きが聞こえはじめる。今日もたくさんの人間が来た、みなずいぶんと熱心だった、私はたくさん写真を撮ってもらった、とそれぞれが嬉しそうに話すのを、膝丸は硝子越しに微笑ましく眺めていた。今回展示されている品々は、みな同じ寺で長く過ごした、いわば同僚のようなものだ。滅多に公開されぬものも含め、久しぶりの晴れ舞台に誰もが浮かれていた。
もちろん、それは膝丸とて例外ではない。特別に誂えられた、同じ硝子ケースのなかで一緒に並んでいるのは、
「ふふ、みな今日も元気だねえ」
「あっ、お前たち、いつの間に!」
隣に座した兄刀――髭切の周りに、いつの間にか数羽の野兎が集まっている。特徴的な毛色の彼らは、近くに展示されている襖絵から抜けだしてきたのだろう。膝丸の周りにも寄ってきて、構ってほしいと言わんばかりに鼻先を押しつけてくる。
「勝手に出歩くなと言っているのに」
「もう閉館したみたいだし、いいんじゃない?」
白い一羽を抱きあげて笑う髭切は、当初今回の展示への出展予定はなかった。それが後から急遽、出展ばかりか、膝丸と同一の硝子ケースで展示されることが決まったのである。
数年前の催しでも同じように展示される予定があったのだが、この時は世界的な流感の影響で中止になってしまい、膝丸は密かに嘆いていた。互いに京の地に納められて長いが、同時期の展示は多くも、同一の場所で、しかも隣に並べる機会はそう多くない。今回の同一ケース展示も、実に六年ぶりのことである。
――六年、か。
胸中で数えた年数に、膝丸は思わず苦笑した。打たれてからおよそ千年、今日に至るまでの年月を考えれば、六年など瞬きの間に等しい。たったそれくらいの時間を惜しむなど、まるで人のようではないか。
「おや、思い出し笑い?」
「え?」
「だって、笑っているから」
野兎たちと戯れつつも、髭切は膝丸のわずかな表情の変化を見逃さなかった。六年の別離が寂しかった――と言うわけにもいかず、慌てて適当な理由を探す。
「そ、そうだな。大勢の人間が、我ら兄弟を熱心に見ていた。東の地でこうして一緒に展示されるのは初めてだが、ここにも京のように、我らを求めてくれる者たちがいるのだな、と」
「そうだね。特にここ最近は、お前と一緒のお勤めが増えた気がするよ。京で一緒に並んだのは、ええと……」
「六年前だ」
「ああ、そうだった。あの後も一度、一緒に並ぶ予定があっただろう? あれは中止になっちゃったけど、今回、ここに来られてよかったねえ」
じわり、と胸の奥が温かくなる。ともにいられる機会を、中止になってしまった催しを惜しむ心が、同じように髭切にもあるのだ。
「ああ、――ああ、そうだな、兄者。今回、こうして隣に並べて、本当によかった」
俺たちは仲の良い兄弟だからな――なんて、みなまで言わずとも自明の理だ。こみ上げる万感の思いで肯うと、周りをうろついていた野兎たちがそろって膝丸を見上げた。
――薄緑、泣いてる。
――兄上様に会えたの、嬉しくて泣いてる。
――前にお会いできなかったときも泣いてた。
――兄上様にお会いしたいと泣いてた。
見目は野兎だが、彼らも立派な襖絵の付喪神である。発した言葉は、当然髭切にも聞こえていた。
「ええ、そうなの?」
「あ、違っ、泣いてはないぞ! ……お前たちも、そういうことは言わなくていい!」
「僕もっと聞きたいなあ。ほら、こっちにおいで」
「兄者ぁ!」
そんな、硝子ケースに納められた二振りのやり取りを、周りの付喪神たちは今日も楽しげに見守っているのだった。