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    再走(サイソウ)

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    POIPOI 13

    2025/2/9に開催されたVALENTINE ROSE FES 2025の無配です。
    上野の某展示が嬉しすぎて書かずにはいられなかった…。

    同一ケース展示の話 ―会期中― 最後の来館者が通りすぎて、どれほどの時間が経っただろう。やがて展示室の灯りが落とされ、もともと薄暗かった室内は濃い闇に包まれる。ひと気の絶えたそこは、今や常夜の非常灯が随所に灯るのみだ。
     しん、と耳に痛いほどの静寂のなか、次第に展示物に宿る付喪神たちの囁きが聞こえはじめる。今日もたくさんの人間が来た、みなずいぶんと熱心だった、私はたくさん写真を撮ってもらった、とそれぞれが嬉しそうに話すのを、膝丸は硝子越しに微笑ましく眺めていた。今回展示されている品々は、みな同じ寺で長く過ごした、いわば同僚のようなものだ。滅多に公開されぬものも含め、久しぶりの晴れ舞台に誰もが浮かれていた。
     もちろん、それは膝丸とて例外ではない。特別に誂えられた、同じ硝子ケースのなかで一緒に並んでいるのは、
    「ふふ、みな今日も元気だねえ」
    「あっ、お前たち、いつの間に!」
     隣に座した兄刀――髭切の周りに、いつの間にか数羽の野兎が集まっている。特徴的な毛色の彼らは、近くに展示されている襖絵から抜けだしてきたのだろう。膝丸の周りにも寄ってきて、構ってほしいと言わんばかりに鼻先を押しつけてくる。
    「勝手に出歩くなと言っているのに」
    「もう閉館したみたいだし、いいんじゃない?」
     白い一羽を抱きあげて笑う髭切は、当初今回の展示への出展予定はなかった。それが後から急遽、出展ばかりか、膝丸と同一の硝子ケースで展示されることが決まったのである。
     数年前の催しでも同じように展示される予定があったのだが、この時は世界的な流感の影響で中止になってしまい、膝丸は密かに嘆いていた。互いに京の地に納められて長いが、同時期の展示は多くも、同一の場所で、しかも隣に並べる機会はそう多くない。今回の同一ケース展示も、実に六年ぶりのことである。
     ――六年、か。
     胸中で数えた年数に、膝丸は思わず苦笑した。打たれてからおよそ千年、今日に至るまでの年月を考えれば、六年など瞬きの間に等しい。たったそれくらいの時間を惜しむなど、まるで人のようではないか。
    「おや、思い出し笑い?」
    「え?」
    「だって、笑っているから」
     野兎たちと戯れつつも、髭切は膝丸のわずかな表情の変化を見逃さなかった。六年の別離が寂しかった――と言うわけにもいかず、慌てて適当な理由を探す。
    「そ、そうだな。大勢の人間が、我ら兄弟を熱心に見ていた。東の地でこうして一緒に展示されるのは初めてだが、ここにも京のように、我らを求めてくれる者たちがいるのだな、と」
    「そうだね。特にここ最近は、お前と一緒のお勤めが増えた気がするよ。京で一緒に並んだのは、ええと……」
    「六年前だ」
    「ああ、そうだった。あの後も一度、一緒に並ぶ予定があっただろう? あれは中止になっちゃったけど、今回、ここに来られてよかったねえ」
     じわり、と胸の奥が温かくなる。ともにいられる機会を、中止になってしまった催しを惜しむ心が、同じように髭切にもあるのだ。
    「ああ、――ああ、そうだな、兄者。今回、こうして隣に並べて、本当によかった」
     俺たちは仲の良い兄弟だからな――なんて、みなまで言わずとも自明の理だ。こみ上げる万感の思いで肯うと、周りをうろついていた野兎たちがそろって膝丸を見上げた。
     ――薄緑、泣いてる。
     ――兄上様に会えたの、嬉しくて泣いてる。
     ――前にお会いできなかったときも泣いてた。
     ――兄上様にお会いしたいと泣いてた。
     見目は野兎だが、彼らも立派な襖絵の付喪神である。発した言葉は、当然髭切にも聞こえていた。
    「ええ、そうなの?」
    「あ、違っ、泣いてはないぞ! ……お前たちも、そういうことは言わなくていい!」
    「僕もっと聞きたいなあ。ほら、こっちにおいで」
    「兄者ぁ!」
     そんな、硝子ケースに納められた二振りのやり取りを、周りの付喪神たちは今日も楽しげに見守っているのだった。
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    Replies from the creator

    再走(サイソウ)

    DONETL膝膝企画、三回目の開催おめでとうございます&ありがとうございます!
    前作(https://poipiku.com/4918557/11429448.html)の続き、「懸想している」と自覚した別本丸出身の二振り目と、彼の片思い相手に思い当る世話役の一振り目の話。
    終わらせるつもりだったのが続いてしまいました…。
    ※二振り目が薄緑と呼ばれています
    傾ぎ流れる 空調の風が規則的に首筋を撫でては遠のいていく。温湿度が管理された書庫で、薄緑は今日も何冊かの書物を紐解いていた。
     書庫のすみに設えられた机の上に、まるで塔のように積みあがっているのは、いずれも恋愛に関する本である。医学的なものから風俗的なものまで、とにかく恋愛について触れたものなら見境なく本棚から抜きだして、ただひたすらに読みふけった。すべてはあの日、「まるで相手に懸想しているようだ」と膝丸に言われた一言がきっかけだった。
     ――しかし、果てしない……。
     非番のたびにこうして書庫を訪れるようになって二週間ほど経つ。これまでに読んだ本の数は……端から数えてなどいなかったので不明だが、その感情の底知れなさを証明するように、いくら知識として身に着けても自分事として咀嚼できるかはまた別問題だった。
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    再走(サイソウ)

    DONE2025/3/16に開催されたHARU COMIC CITY 34の無配…予定だった散文。体調不良で欠席し配布できなかったため、こちらで供養します。
    同日がトーハクのdkj展の最終日だったので、それに合わせたネタです。2月のVRFで配布したこちら↓とうっすら繋がってますが、単品でも読めると思います。
    https://poipiku.com/4918557/11382208.html
    同一ケース展示の話 ―最終日― 展示物を眺める人々のささやくような声が、薄暗い室内の空気を密やかに震わせる。展示室の中央、ことさら目立つ位置に並んで展示されている膝丸と髭切は、空気を隔てる硝子越しに今日も流れゆく人々を見つめていた。
     注がれるいくつもの熱心な視線、佩裏まで見られるのは面映ゆい心地でもあったが、そんな眼差しを受けとめるのが今代の彼らの役目のひとつだ。
     ――でも、今日の弟はそれどころじゃないみたい。
     髭切が視線を走らせた先にいるのは、今回の展示の目玉のひとつであり、髭切がここに呼ばれる所以ともなった弟刀・膝丸である。刀身へ注がれる視線を前にして、今朝から何度も周囲を気にしては居住まいを正し、を繰りかえしている。人出が少なくなってきてからは、もはや動くまいと決した心を物語るように、両手を膝の上で固く握りしめていた。
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